P&Gの左脳スキルもナイキの右脳スキルも活かせている
日本コカ・コーラに入社するまでのご経歴を教えてください。
大学・大学院では半導体の研究をしていたんですが、その研究室の1つ上の先輩方4名のうち2名が、偶然P&GにIT職として入ったんですね。それで私も興味を持ちP&GのIT職を受けてみたら、内定をいただけたんです。
ただ、P&Gで働いているうちに、より消費者に近いマーケティング職に興味を抱くようになった。それで、IT部門の中でマーケティングに最も近いインタラクティブマーケティングチームに手を挙げて移りました。3年目のことです。初めは化粧品を担当しました。そこでは、マーケティング職の先輩方に努力を認められ、ブランドマーケティングに誘われることを目標に頑張っていたんですが、そうしたら2年後、念願叶ってブランドマーケティング部署に移動することができたのです。アシスタントブランドマネージャーとして、スキンケアブランド・イリュームを2年ほど担当しました。そこで鍛えられて自信をつけた私は、改めて自分の強みを発揮すべく、デジタルマーケティングチームに戻って、ブランドサイト・バナー広告・メルマガなどのディレクション、SNSのコミュニケーション施策の立案実行をしました。
デジタルマーケティングマネージャーとして1年ほど働いた頃、ヘッドハンターから声がかかったことがきっかけで、ナイキに転職しました。ナイキはデジタルマーケティングのパイオニア的存在で、ブランディングも強力。マーケティング全体に一貫した姿勢を感じる企業でした。そうした点に惹かれたんです。デジタルマーケティング全体を統括するポジションに就いて、ランニング・サッカー・ライフスタイルアパレルなどのすべてに関わりました。部署のメンバーは6名で年上ばかりでしたが、P&Gですでにピープルマネジメントを経験していたこともあり、すんなり受け入れてもらえました。
私にとって、ナイキは刺激的な場でした。P&Gがとことんロジカルに考え抜く左脳派の集団だとすれば、ナイキは完全な右脳派。「とにかく新しいことをやろう!」と誰もが口々に言い合う会社でした。いま私はコカ・コーラで「新しいことをやろう!」と皆に声をかけているのですが、その原点はナイキ時代にあります。マーケティングの世界では、やはり新しいことに取り組むことが極めて重要で、そうしない限り、インパクトの波風はなかなか大きくなりません。それはナイキで学んだことです。
どういうことをしたかというと、たとえば、箱根駅伝の応援の一環として、各大学の応援メッセージをTwitterのハッシュタグで募ったことがあります。まだハッシュタグが本格的に広まりだす前のこと。そこで呟かれた応援メッセージは、各大学カラーの大きなタスキに自動的にミシンで縫われていき、それをリアルタイムで見られるようにしました。私たちは、最終的に応援メッセージでびっしり埋まった10メートルほどのタスキを、各大学に贈呈しました。これは「デジタルとフィジカルの融合」をテーマに掲げたもので、かなり先進的な取り組みでしたね。また、プロジェクションマッピング技術が出てきたときにも、私たちはすかさずイベントを立ち上げました。ランニングシューズ・ナイキフリーが台の上に置かれていて、それを曲げると、目の前にある横浜・赤レンガ倉庫も同じようにぐにゃぐにゃ曲がるというプロジェクションマッピングです。イベント当日はあいにくの雨にもかかわらず、2000人が会場に集まりました。この広告は、素足に近く、柔軟性が非常に高いナイキフリーの特性を前面に打ち出した広告として、注目していただけました。
こうした新しい企画を次々に実現していくのは確かに楽しかったんですが、一方で私には、ビジネス戦略を描きビジネスをドライブするマーケティングに取り組みたいという気持ちもありました。そうした想いが強くなってきたとき、たまたまP&G時代の先輩から声をかけられたんです。それで日本コカ・コーラに移りました。2013年になったばかりでした。コカ・コーラは「アート&サイエンス」の会社で、P&G時代の左脳スキルも、ナイキ時代の右脳スキルも活かせている。ピッタリの会社に来たと思います。
「Coke ON」はデジタルマーケティングの価値を変えた
日本コカ・コーラでの取り組みを教えてください。
私の最初のミッションは、「コカ・コーラ パーク」の再興でした。コカ・コーラ パークは、コカ・コーラが2007年に立ち上げたオウンドメディアで、ピーク時には1300万人の登録IDがありました。好調時には、セールスプロモーションと連動した施策の費用対効果が極めて高く、デジタルマーケティング業界では成功事例としてよく取り上げられていたんですが、私が移った2013年にはmixiなどSNSの台頭や携帯電話の普及で、来訪者が減りつづけていました。このメディアを再び盛り上げ、ユーザーとコカ・コーラの日常的な接点を増やすのが私の任務でした。
私は1年以上かけて、コカ・コーラ パークのリニューアルを手がけました。ロジカルに考え抜いて、スマートフォン対応やSNS接続などの改善点を詰めこんでリニューアル施策を実行しました。しかし、リニューアル後も来訪者は変わらず減りつづけていったんです。失敗だと認めざるを得ませんでした。何かしら貢献しなければ、と私は焦り始めました。
そこで目をつけたのが、Twitterです。というのは、当時、ツイートがリツイートで拡散されることによって、突然爆発的にヒットする商品がいくつか出たんですね。これらはすべて偶然起きたことでしたが、私はそれを生成的・戦略的に起こせないだろうかと考えたのです。
その考えのもとで、私たちは新商品「い・ろ・は・す もも」のティザープロモーションに取り組みました。「い・ろ・は・す」というブランドは、そもそもTwitterでの受けが良かった。そのブランド価値を利用して、いくつかの仕掛けを行いました。まずは、クイズ投票です。Twitterのポーリングカードという機能を使って、「新たに発売される『い・ろ・は・す』の味は何でしょうか?」と皆さんに投げかけたんですね。ぶどう・もも・なし・うめの4つの選択肢を用意したところ、最終的に約1万件の投票を得ることができました。その後、もも味の発売をTwitterのハッシュタグでお知らせしたところ、13万以上のリツイートを記録。さらに、もも味発売の発表後には、ソーシャルサンプリング企画を行いました。ももの形をした特別なボックスに入れて、1100名の方に先行で「い・ろ・は・す もも」をプレゼントしたんです。半数以上の方が写真に撮ってツイートしてくれました。
こうした仕掛けを重ねた結果、「い・ろ・は・す もも」は、発売20日で1500万本を突破するヒット商品となりました。こうして私たちは、SNSでのティザーストラテジーを築くことができましたし、この成功によって、社内では「SNSで商品をヒットさせられる」という認知が広まりました。
そして、「Coke ON」を立ち上げたのですね。
そうです。当然ながら、コカ・コーラ パークに代わる、新たなプラットフォームづくりが必要だという話になってきました。それがスマートフォンアプリ「Coke ON」です。私たちは、外部企業さんとタッグを組み、はじめてのアプリ制作に取りかかり、2016年4月にリリースしました。記者発表の前日はワクワクして眠れませんでしたね。「Coke ON」以降、デジタルマーケティングの価値がガラリと変わるという強い予感があったのです。
実は、コカ・コーラ パークには1つのジレンマがありました。それは直接購買につながらないということです。コカ・コーラ パークに関わらず、デジタルマーケティング施策は直接購買につながらないケースが多く、担当者として歯がゆい思いを感じてきたりしました。しかし、「Coke ON」はコカ・コーラ社の自動販売機にアプリをダウンロードしたスマホをかざして製品を買うとスタンプが貯まり、15スタンプ集めてドリンクチケットをもらおうという仕組みですから、購買と直につながるんですね。しかも、データが取れる。さきほど、ナイキ時代の事例で「デジタルとフィジカルの融合」という言葉を使いましたが、「Coke ON」もまさにそうで、デジタル×フィジカルで、購買を直接的に増やすエンジンを開発することができたんです。これは私たちにとって、画期的なことでした。
ただ、最初の頃は「Coke ON対応自販機が少ない」という悩みがありました。Bluetoothを埋め込んだ専用の自動販売機でなければ、「Coke ON」を使えないからです。当初は広告も控えめにせざるを得ませんでした。しかし、「Coke ON」対応自販機が10万台を超えたところでテレビ・Web上でCMを展開したところ、テレビCM初日に「Coke ON」アプリ17万ダウンロードを記録。最終的には、1年で目標の200万ダウンロードを大きく超える270万ダウンロードに辿りつきました。「Coke ON」はその後も順調に利用者を増やしており、コカ・コーラ パークの最大登録IDを抜き、つい最近1500万ダウンロードを超えました。弊社で最も収益性が高い販売チャネルである自動販売機での売上向上に貢献していることもあり、2年目から黒字化を達成。ビジネスとしても順調です。なお、コカ・コーラ パークは「Coke ON」のリリースから1年足らずで役目を終え、閉鎖しました。「Coke ON」の成功が、その決断をスムーズにしてくれました。
「Coke ON」についてもう少し詳しく教えてください。
アプリを立上げてスタンプを貯めるだけでなく、アプリを立ち上げていれば、単に歩くだけでスタンプが貯まる「Coke ON ウォーク」があります。これを開発したのは、スマホアプリを起動して自動販売機にかざしてもらうという障壁がそれなりに高いからです。社内では、このサービス投入が議論になりました。無料でスタンプを配るわけですから、当然のことです。しかし、このサービスを試しに加えたところ、実際に「Coke ON」を使った購買が増えたんですね。そのため、いまでは社内でも良いサービスだという理解になっています。それに、歩くことを後押しするのは、ヒューマングッドなことですよね。私たちは、こうしたヒューマングッドなイベントを重視して積極的に開催しています。たとえば、昨年は、早起きスタンプの期間限定イベントを行い非常に好評でした。
また、キャッシュレス決済の「Coke ON Pay」、電子マネー決済の「Coke ON IC」といったサービスも充実させていますし、「Coke ON」ならではの「リアルタイムマーケティング」にも力を入れています。たとえば真夏時には、位置情報を使って、最高気温35℃を超えた地点にいらっしゃる方々を対象にして、「アクエリアス」の無料ドリンクチケット抽選キャンペーンを行うなどしてきました。
それから、「Coke ON」の存在価値として大きいのは、データ取得です。すでに3億3000万件以上のデータが貯まっており、それを活用して、ユーザーの行動を可視化する取り組みを強化しています。一例を挙げると、私たちは現在すでにデータ分析によって、近いうちに「Coke ON」を使わなくなる可能性の高いユーザーを見分けることができます。そこで私たちはAIを活用し、そうしたユーザーに対して、自動的にプロモーションを強化する施策を実行しています。
今後は、東京2020大会にまつわる企画を立ち上げていきます。6月17日から8月末までの期間中、「Coke ON」から「コカ・コーラ オリンピック応援ポイント」をためて、東京2020オリンピック聖火リレーの聖火ランナーに応募できるというキャンペーンを始めましたが、開始から多くの方に参加していただいています。前回の2016リオ大会の期間中には、日本人アスリートが金メダルを獲得した瞬間に、ユーザーへドリンクチケットがプレゼントされるという企画を行いました。今回はこれから何をしようか、企んでいる最中です。他社とアライアンスを組んだりするのも面白いかもしれませんね。
新しいことに取り組むパッションを持つ方と働きたい
どんな方と一緒に働きたいですか?
一言で言えば、企てられる人、仕掛けられる人ですね。
コカ・コーラにやって来たとき、私はiマーケティングを「デジタル時代に勝てるマーケティングを創る部署」と再定義しました。そして、「去年と同じことをしていたら、iマーケティングの存在意義はない!」「とにかく新しいことをやろう!」と声をかけつづけてきました。とはいえ、新しいことをやるのは本当に大変なのも確かです。特に、「Coke ON」は社内の自動販売機チーム、コカ・コーラシステム(※)の一員であるボトラー各社なども巻き込んだ施策で、ステークホルダーが非常に多い。ですが、「Coke ON」のようにクリティカルな結果を出せるプロジェクトを立ち上げるには、そうやって社内外の多様なメンバーを巻きこんでいくことを避けられないんです。ビジネスを進めるなら、他者と巻き込んで、より良いものを創っていくことが本当に大切です。
こうやって新しい挑戦をするのは、決して簡単なことじゃありません。すでに成功するとわかっていることをまた繰り返すほうがずっと楽です。しかし、それでも新しいことに取り組みたいというパッション、好奇心、引き出しを持った方、そうした方とぜひ一緒に働きたいですね。一緒に新しいことを企てていきましょう。
※日本のコカ・コーラシステムは、原液の供給と製品の企画開発やマーケティング活動を行う日本コカ・コーラ株式会社と、製品の製造・販売などを担う5つのボトラー社・関連会社で構成されています。