INTERVIEW
企業インタビュー

 企業インタビュー
日本コカ・コーラ株式会社  和佐 高志

マーケティング×経営 ~マーケティング戦略を語る Vol.4

日本コカ・コーラ株式会社

マーケティング本部コーヒー&ニュー・グロース・プラットフォーム 副社長

和佐 高志

「太陽のマテ茶」は、厳選したマテ茶葉を100%使用した南米生まれの無糖茶です。
香ばしくすっきりした後味で、肉料理や脂っこい食事にぴったりです。日本のお茶にはなかった新しい味覚をお楽しみ下さい。

公開日:2014年3月17日
(インタビュー実施時の御所属・役職名にて
記載させて頂いております)

カテゴリーを作ってパイオニアになれば長年トップブランドとなれる

『太陽のマテ茶』とはどのような製品でしょうか。

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『太陽のマテ茶』は、南米で昔から国民的飲料として親しまれている「マテ茶」を焙煎し、日本人の味覚に合う飲みやすい味わいに仕上げたお茶です。日本茶にはない味わいなので、最初は不安もあると思うのですが、一度飲んでもらえば印象がすっかり変わります。

実は私は大学の卒業旅行でリオにカーニバルを見に行き、その時初めてマテ茶を飲んだんですよ。コパカバーナやイパネマの海岸で”Matikon Lemon!!”という呼び声でおじさんがタンクの片方にマテ茶、片方にレモネードを入れて1杯50円くらいで売っているマテ茶を飲んでおいしい、と思いました。それからずっと飲み続けています。本当においしいんですよ。当初は日本では簡単に手に入らず、マテ茶のブランド、マテリヤオ社の茶葉をブラジルから直接取り寄せたりしました。カフェインもほとんど入っていないので子供にも飲ませていますが、子供もマテ茶が大好きですよ。

コカ・コーラに入社されたときから、マテ茶を商品化したいと考えられていたのですか。

そうですね。グローバルブランドではなく、国内のお茶ブランドを作りたいと考えて2009年に入社し、最初のインタビューの際に新カテゴリーとしてマテ茶の導入を社長に提案しましたがそこから3年近くNOと言われ続けました。お茶のマーケットの約4割を占めているのは緑茶ですが、コカ・コーラのシェアは当時まだ低く、また発売以来弊社の旗艦ブランドだった「爽健美茶」も他ジャンルや競合他社からいろいろな商品がでてきてセールスが頭打ちになってきていました。 そこで新しいカテゴリーを作る前に、まずは緑茶ブランドの強化、そして「爽健美茶」の立て直しが優先課題で、「綾鷹」が緑茶カテゴリーのトップブランドに拮抗するまでに成長し数字も安定してきた2011年、やっと太陽のマテ茶の導入が承認されて発売にこぎ着けたのは2012年でした。

なぜ新カテゴリーを立ち上げようと考えられたのでしょうか。

日本のRTD(Ready To Drinkの略、缶やペットボトル入りドリンク)の歴史はまだ30年くらいなんです。80年代にまずKIRIN"午後の紅茶“が缶で出ました。その後缶のウーロン茶が出て、80年代後半から緑茶、ブレンド茶、ウーロン茶、麦茶などが次々市場に現れます。そして実はこれらの各カテゴリーのパイオニアがその後10-20年とNO.1のシェアを守っているんです。紅茶はKIRIN、ウーロン茶はサントリー、緑茶はITO-EN(伊藤園)、ブレンド茶はコカ・コーラの爽健美茶、という具合です。つまりカテゴリーを作ってパイオニアになれば”First Come, First Served”と言われるように長年トップブランドになっているわけです。ですからどうしても新しいカテゴリーを作りたかった。

新カテゴリーを作るにあたって、私が導入したいと考えていたマテ茶を含めて、まだ日本市場で知られていないお茶を十種類くらい選び、そこから最終的に市場にインパクトがあり、コカ・コーラにとってのもっともカンニバリゼーションの少ない点などを考慮してマテ茶に決定しました。例えば ポジショニングの近いカテゴリーで“からだ巡り茶”と言う商品をコカ・コーラで出していますが、これは65:35の比率で女性に多く飲まれています。ですから新しいカテゴリーではもう少し男性よりの商品を選びたかった。マテ茶は統計を取ると現在男女半々くらいでちょうど良かったのです。

具体化すればするほど疑心暗鬼が晴れていく

マテ茶導入が承認されるまでに3年かかりましたが、いかがでしたか。

3年待ったことで十分に準備できた、と言う点もありますね。ビバレッジは他の製品に比べて、割合短期間で商品化できるんです。処方を決めてパッケージが出来れば3か月、6か月で商品化できます。それなのにこの商品は3年間かけて、ここまで石橋を叩くかっていうくらいにリサーチ、コンセプト、広告、PR、パッケージ戦略などを詰めて成功率を限りなく高めました。最初はマネージメントもチームも疑心暗鬼でした。しかし具体化すればするほど疑心暗鬼が晴れていくんですよ。いつでもこい、という準備ができていました。3年があったことで社内の壁も超えられたし結果的によかったと思っています。

社内の壁はどのように乗り越えられたのでしょうか

社内のあらゆる提案に対して取捨選択しながら、チームとして絶対に譲れないところは譲らず合意を得て行く過程が必要でした。一例としてマテ茶を出すのはいいが、新ブランドはだめだ、という意見がありました。”からだ巡り茶””爽健美茶“などのサブ ブランドとして出せ、ということですね。ポートフォリオ的にはできるだけ投資の分散を避けたいわけです。

これは日本人でも知らない人が多いですが、茶葉の違いの説明をしますと、従来の茶葉はツバキ科です。緑茶もウーロン茶も紅茶も発酵の程度が違うだけで、もとは同じ葉です。しかし麦茶は麦ですよね。それと同様にマテ茶はエルバマテという全く別の葉なんです。こういう説明で理論上はわかっても実際にどれくらい「別物」であるのかは爽健美茶のマテ・フレーバーと本当のマテ茶を飲んでみなければわかりません。実際に飲んでもらって納得してもらい、また、爽健美茶のマテ・フレーバーとして市場に出した場合、そして新しいブランドで本当のマテ茶を出した場合の市場マップやブランドストーリーを提示し、視覚的・論理的に新ブランド立ち上げの必要性を説明しました。

また、製品のフォーミュラの部分、特にマテ茶の濃度に関しても苦労がありました。マテもアルゼンチンなどではローストしていないグリーンマテというお茶が飲まれていますが、これはいくらか草っぽい飲みにくさがあります。『太陽のマテ茶』ではローストしたマテを主に使用しているのですが、この濃度を決定するのにいろいろな意見がありました。飲みやすさを採るとある程度薄いほうが飲みやすく、これは消費者テストでも男女共に同様の結果がでました。しかし「この商品はファンクショナルな商品なのだから少し苦いくらいの方が良い」という社内からの意見もあり、最終的にR&D担当者と私に一任されましたが、合意を得る難しさを感じました。しかし社長も含めてチーム全員のパッションが強かったし、皆でいいものを作ろうと言う気持ちは1つでしたから何とか乗り切りました。

マテ茶は日本ではあまり知られていませんでしたが、どのように認知度を高めたのでしょうか。

実は調べてみるとコカ・コーラで95年に九州でマテ茶を販売したことがあり、また他社でもマテ茶を出していたんです。しかしマテ茶と言えば「太陽のマテ茶」だと思わせるような大きなインパクトを与えたいと思い、2012年3月19日の発売開始の3か月前から広報活動を行い、認知度を上げようと考えました。もともと20%程度だった認知度を50%までに上げようということで、日本マテ茶協会やブラジル、アルゼンチンの大使館などとも協働して、肉食文化の南米で最も飲まれている健康茶としてのイメージ作りに邁進しました。こうして発売前日までに認知率は42%まで上がりました。

発売後は、販売戦略として焼き肉チェーンとのタイアップなども行っています。肉と一緒に脂肪を分解するマテ茶もどうぞ、ということですね。スーパーなどでも飲料コーナー以外にも肉のコーナーにも置くことで認知度を高めています。

3年目にリ・ステージするくらいの気持ちで臨みたい

発売開始時にはどのような点に注力されましたか。

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新商品はどのくらい売れるかはわからないですよね。特に予想より上振れし、品切れを起こし、コンビニの棚から商品が消えるというのは絶対避けなければいけない事態です。ところがこの茶葉はブラジルでしか取れないのでどこまで茶葉などの資材を積むべきかが重要でした。絶対に品切れを起こすな!というのが私のミッションでした。ですから緻密な計算とシミュレーションを壁一面に貼って、品切れさせない戦略を練りました。そのために裏方の調達チームが相当苦労して、生産計画、ボトラー社の受注、営業のPOS判断、など努力してくれました。

それでも3-4月にはマテ茶だけを積んだジェット機を何機かブラジルから飛ばさざるを得なくなりました。政府統計で2012年にマテ茶の輸入量が突然増えたくらいです(笑)。以前アサヒスーパードライのヒットの時、当時の樋口社長が大英断されて”COORS”のラインを止めてスーパードライのラインに切り替え、この商品のために工場に莫大な投資をした話を聞きましたが、初速(発売3週間)の状態ですぐに判断し、対応することが重要です。“私はコカ・コーラの樋口にならなければならない!”とこの時思いました。(笑)

2012年の発売スタート以来、順調に成功してきた要因をお聞かせください。

やはり消費者の美味しい、ヘルシーである、等のインサイトに応えてきたという事だと思います。発売開始から2年経ちましたが、まだまだ周知不足を感じています。3年目にはリ・ステージするくらいの気持ちで臨みたいと考えています。飲料の世界は1000に3つと言われるほどに定番化が難しい世界です。マテ茶も5年くらい売れれば定番になります。今年は3年目でちょうどワールドカップがマテ茶のふるさとであるブラジルで開催される年でもあるので定番のブランドにするチャンスだと考えています。

同じお茶のカテゴリーでの成功として、「綾鷹」の立て直しについてもお聞かせいただけますか。

当時、日本茶の市場には既に「おーい、お茶」「伊右衛門」「生茶」など強いブランドが市場を席巻していて、一般消費者にコカ・コーラの緑茶ブランドは?と尋ねても名前があがりませんでした。私が入社した2009年、当時コカ・コーラには「茶織」「茶花」「綾鷹」と3つの主力ブランドあり、どのブランドもマーケティング投資が中途半端で認知率も低いままでした。私たちはブランドを立てるのが使命であって、商品を次々に出すことが仕事ではない、そして一度出したブランドは少なくとも5年は継続して育てなければ駄目だと考え、まず緑茶ブランドを「綾鷹」に1本化し、再起させることにしました。

「綾鷹」を再起することに決定するまでに様々な議論がありましたが、「綾鷹」には450年の「上林春松本店の歴史」があり、急須で入れたような緑茶本来の“にごりのある色味”と“舌に旨みが残るふくよかな味わい”がある。なにより美味しいんですよ。一度飲んでもらえば必ずリピート客が増えると確信していました。そこで、CMも「このお茶は、急須でいれた緑茶の味?」と100人の舞妓さんや板前さんに問いかけるバージョンを流したり、上林春松本店さんにも登場してもらったりして、歴史と味わいをアピールしました。

また、マーケティングの原則として3Aという原理があります。Acceptability(受容度)Availability(配荷率)Affordability(値ごろ感)の、この3つが建たないとブランドは成功しないんです。Acceptabilityについては前述のTVCMやパッケージににごりや急須のアイコンを置く、長い歴史のある茶舗であることを強調しました。Availabilityについては緑茶ブランドを綾鷹一本に絞ることでボトラー社の協力を得ました。さらに価格もプレミアム戦略を撤回し、競合緑茶主要製品と同等価格で販売することを基本方針としました。これがAffordabilityです。配荷がほとんどなかったコンビ二での展開はまずは九州等のコンビニからテスト販売させて頂き、一気に数字が伸びはじめたのです。そこから全国で展開してもらえるようになり、他チャネルでも次々数字が上がるようになりました。現在では緑茶カテゴリーのトップブランドに拮抗するまでに成長しています。

「爽健美茶」はいかがでしたでしょうか。

「爽健美茶」は1993年の発売以来、コカ・コーラのお茶カテゴリーでは断トツのブランドでしたが、20年の間に他のジャンルからミネラルウォーター、グリーンティー、ゼロ炭酸、トクホなどが登場して「爽健美茶」の爽快で美しくなる、と言うイメージが減衰してきたんです。発売開始から20年、改めて「爽健美茶」に振り向いてもらう必要がありました。

もともと、「爽健美茶」には緑茶・プーアール茶の成分にカフェインが微量ながら入っています。消費者から「カフェインは入っているのですか?」という質問が多くあったのを受けて、新たなフォーミュラを開発し、緑茶・プーアールを20年の歴史で始めて抜いたんです。カフェインを完全にカットし、味もさらにすっきりしました。

そして、もともとの「爽健美茶」と新しいノン・カフェインの「爽健美茶」、どちらを売るか、国民投票で決定するというキャンペーンを行いました。決定を消費者に委ねるということにコカ・コーラは自分の商品に自信がないのか、という自問もあり、迷いもありましたが、「爽健美茶」は若い世代にはまだ浸透できておらず、この層を取り込むためにSNSを使用した参加型キャンペーンをしようとなったのです。消費者を巻き込むことで忘れかけられていた「爽健美茶」に光を当てることができ、発売当初から馴染みを持ってくれていた40歳代だけでなく、若い世代も取り込むことに成功しました。

ブランドは消費者に対するプロミス

コカ・コーラの戦略はなぜ強いのでしょうか。

cg_046_04まず基本にあるのは“おいしさ”をとことん追求していることです。私は今までお茶のカテゴリーを担当していましたが、2013年12月よりコーヒーカテゴリーの担当となりました。現在缶コーヒーで消費者から圧倒的な支持を集めているジョージアブランドの例で言うと、おいしさの秘密は、エメラルドマウンテンです。ジョージアのエメラルドマウンテンはコロンビアの最も厳選された手摘みの豆だけをブレンドしています。こうしたおいしさを徹底的に追及することが基本です。

2つめには「気持ちを提供する」ことを非常に大事にしていることです。飲料の世界は嗜好品の世界です。商品がなくても生きていけるわけです。だからこそ単に“おいしい”を超えたエモーションが必要なんです。Happiness, Uplifting などの気持ちを提供することが私たちの仕事です。

最後に、和佐さんにとって“ブランド”とは何かお聞かせください。

消費者に対するプロミスでしょうか。ブランドの語源は”burn”つまり焼印だと聞いたことがあります。焼印は消えずにずっとそこに残ります。それと同様に、消費者に対するプロミスを守り続ける、それがブランドに託された意義です。綾鷹・マテ茶・爽健美茶・ジョージア・いろはすやアクエリアス。日本コカ・コーラのこれらのブランドは日本のみならず現在ではアジアを中心に世界中に進出しています。 私達が作り上げたブランドが世界中広がって行くことは非常にうれしいですね。

日本コカ・コーラ株式会社
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コカ・コーラは、清涼飲料業界のリーダーとして、新しいビジネスモデルやライフスタイルを提案しています。

<b>マーケティング本部
コーヒー&ニュー・グロース・プラットフォーム
副社長 和佐高志氏 プロフィール:</b>

プロクター&ギャンブル日本・韓国支社での、洗剤、ホームケア、紙製品、化粧品部門等のブランドマネージメントの要職を経て、2009年、日本コカ・コーラ株式会社入社。マーケティング本部ティーカテゴリー担当バイスプレジデントとして、爽健美茶、綾鷹、からだ巡り茶、紅茶花伝等の売り上げ拡大を達成。特に綾鷹ブランドの再活性化では緑茶市場占有率を2%から16%に押し上げることに成功。また2011年のマテ茶の導入では、太陽のマテ茶をナショナルブランドに成長させる事により、マテ茶という新しいお茶のセグメントの日本市場開拓を推進。

これらの綾鷹や太陽のマテ茶のビジネスケースにおいて国内外を問わず一連のビジネス賞を受賞。

2013年にはティーカテゴリーの他にニュー・グロース・プラットフォームが担当に加わり、ブランド新規イノベーションにも携わる。同年副社長に就任し、2014年からコーヒーカテゴリーとニュー・グロース・プラットフォームを担当する。目下ジョージアブランドの再活性化に取り組む。

同志社大学文学部社会学科新聞学科専攻1990年卒業。
ACCや日本能率協会主催マーケティング総合大会等でのゲストスピーカーやパネルストとしても活躍。

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