日本ロレアル、ビジネスをドライブする
Brand Marketingの仕事
「ダイバーシティこそが力の源泉」、MBA留学で衝撃を受けた
ロレアルに入社するまでの職歴を教えてください。
大学を卒業して入ったのが、富士銀行(現みずほ銀行)でした。雇用機会均等法が施行されて2年目で、総合職として支店に配属され、2年半ほど法人営業を経験しました。その後、会社を辞めて、マーケティングを学ぶためにコロンビア大学ビジネススクールへ留学しました。衝撃を受けたのは、入学式で校長が「ニューヨークはダイバーシティこそが力の源泉だ」とスピーチしたことです。日本の銀行は均質が力の源泉という考え方でしたから、そこで180度環境が変わったのです。実際、コロンビア大学のビジネススクールは3~4割が留学生で、1人ひとりが違うバックグラウンド、違う考え方を持っていました。そこで2年間、英語で学び、仲間たちと対話したのは本当に良い経験となりました。特にマネージャーになってから、このときに学んだ戦略的思考のフレームワークを活用できるようになりました。
帰国後、ワーナー・ランバート(現ファイザー)に入社しました。銀行時代のお客様の1社で、縁あってインターンを経験し、そのままマーケターとして入りました。そこでは、女性用カミソリや入れ歯洗浄剤のマーケティングを担当しました。女性用カミソリは、ターゲットを20代後半から中学生・高校生に大きく転換し、当時流行していたギャル雑誌などとコラボレーションして売上を伸ばしていきました。そのとき、自分にとっては、消費者と同じ目線を持てるかどうか、ひらめきや直感を活かせるかどうかが、楽しみながら働く上で重要な要素なのだと気が付きました。それで、次の職場はロレアルにしました。ロレアルは自分に身近な商材ばかりを扱っていて、それらの商材に魅力があり、なおかつひらめきを大切にする私とフィットしそうな社風だと感じたからです。
ロレアルに入社し19年経ちますが、そのときは、まさか19年も勤めることになるとは思いませんでした。ブランドや製品が多様で、2、3年に一度は新たなチャレンジをする機会がいただけ、しかもそのチャレンジのプロセスを自分の自由に決められる点が、私の性に合っているのだと思います。
ロレアルではどのような経験を積んできたのでしょうか?
1999年に入社して、最初に、ケラスターゼやロレアル プロフェッショナルなど、美容室流通のプロフェッショナル用製品の部門に合計10年ほどいました。最初にケラスターゼのマーケティングを1年ほど担当し、その後、製品開発部に異動して、プロフェッショナル用のヘアケア剤、パーマ剤の開発に携わりました。本国から届くプロトタイプを日本の美容室でテストして、美容室や消費者の声を本国にフィードバックし、日本市場に合った製品づくりを進める仕事です。特に印象に残っているのは、製品の効果をアイコンで説明するラベルを日本独自で開発したことです。これは大変好評で、後にグローバルでも採用されました。その後、もう一度マーケティング部門に戻って、自分が開発に関わった製品を実際に日本の市場に展開しました。
その後、シュウ ウエムラの美容室用化粧品を扱う部門の事業部長となりました。化粧品まで販売する美容室は少数派です。そのため、美容室のお客様に化粧品を扱う意味や意義から説明し、提案する必要があり、この点は新たなチャレンジでした。また個人的には、事業部長となったのがキャリア的に大きなジャンプアップで、当時は特にマーケティング以外の部門をリードすることに戸惑いました。シュウ ウエムラは当時ロレアルの傘下になったばかりで、文化・人材の融和という意味でもマネジメントが大変な時期でした。ただ、そうした多様なバックグラウンドを持つメンバーが集っているということは、お互いの強みを活かし合い助け合えるメンバーが集っているということだと考えるようになってから、気持ちが楽になりました。このとき初めて、MBA留学時ニューヨークで聞いた「ダイバーシティが力の源泉」という言葉が腑に落ちたように思います。
次に、ロレアル リュクス事業本部で、ヘレナ ルビンスタイン、ジョルジオ アルマーニ ビューティー、シュウ ウエムラなどのブランドの事業部長を担当しました。プロモーションや新製品の投入の結果が翌日にわかるリテールビジネスの醍醐味、面白さを初めて知りました。また、美容部員の方々とのコミュニケーションや彼女たちの育成も楽しい仕事でした。定期的な教育とともに、できるだけ頻繁に店舗を訪問して話を聞き、主に人と人の連携面の確認や改善を行っていきました。
そして現在は、アクティブ コスメティックス事業部の事業部長を務めています。
まさしくビジネスをドライブする部署
現在の仕事内容を教えてください。
アクティブ コスメティックス事業部は、ヘルスケアの観点からビューティーソリューションを提供する部門です。いま日本で展開しているのは、敏感肌のお客様を対象とした「ラ ロッシュ ポゼ LA ROCHE-POSAY」というブランドです。消炎鎮静作用に優れるラ ロッシュ ポゼ村の鉱泉水を使っているのが特徴で、敏感肌・乾燥肌用、にきびができやすい肌用の製品や紫外線ケア製品などを揃えており、世界で25000人以上の皮膚科医の皆様に採用いただいています。日本では、敏感肌でも安心して使えるスキンケアとしてクリニックや調剤薬局など医療系流通で取扱っていただいているほか、バラエティストアやドラッグストアなどの一般小売店やインターネットでの販売にも力を入れています。2017年は、敏感肌用のスプレータイプの日焼け止めが売上を伸ばしました。グローバル本社は手を汚さずにスプレーできる「手軽さ」を強調していたのですが、私たちは日本のお客様のニーズに合わせて「メイクの上からでも使える、日中の塗り直しの簡便さ」を強調しました。日焼け止めは本来3、4時間に一度は塗りなおさなければ効果が維持できないのですが、きちんとメイクアップをする比率の高い日本女性の場合、メイクを落としてまで日焼け止めを塗りなおすのは現実的に難しい。このニーズギャップにアプローチしたことが功を奏したのです。
このブランドが他と違うのは、敏感肌の方々のQOLに貢献するという使命がはっきりしている点です。製品の効果効能を超えて、ユーザーの方々の人生そのものを変える力を持つブランドだと思っています。また、医療関係者の方々が主なお客様であることも大きな違いです。医療関係者の皆さんは、患者さんの健康に貢献したいと真摯に思っている方ばかりです。製品の作用機序の深い説明や臨床データの開示など、美容室流通や百貨店流通の際とは異なる対応をさせていただいています。
また、事業部長就任に伴い社長直下のマネジメントコミッティーに加わることになり、経営幹部としてこれまで以上に会社視点で物事を考えるようになりました。単に事業部の売上・利益を最大化するだけでなく、ロレアルグループとして日本のマーケットをどう捉えるか、また日本ロレアルがどのような企業であるべきかを考える責任もあるとより思うようになりました。日本は、ビューティーマーケットとしては世界第3位で、お客様の成熟度が高く、優れた競合企業が多い。しかも、流行の変化が速い一方で、長年変わらないロングセラー商品も少なくないという二面性を持っており、世界でも極めて難しい市場です。私たちは、ロレアルの世界ベストの製品を日本に届けるだけでなく、折々に日本での出来事を積極的にグローバルにフィードバックして、議論を重ねています。
ロレアルのマーケティングの特徴を教えてください。
まずロレアルの社風を簡単にお伝えすると、本社がフランスという面もあるのかもしれません、議論の応酬を通して物事を決めていくところがあります。最近は、グローバル本社が世界各地の理解を深めている部分もあり、日本人の議論の仕方も理解されていますが、話し合いを重視する社風であることは変わりありません。そうした環境ですから、個人のクリエイティビティは発揮しやすいですし、ビジネスの展開においてスピード感や即応力も出しやすい。議論が噛み合えば、優れたアイデアはすぐに採用されますし、トレンドに合わせて柔軟に方針を変えていくこともできます。特に日本の競合企業はフットワークが軽いですから、私たちもスピードでは負けていられません。
ただし、良くも悪くも製品開発には慎重です。研究開発への投資は化粧品業界世界NO.1で、何年もの時間をかけて基礎研究からじっくりと取り組みます。技術力に自信があるので「消費者の声にならない潜在的ニーズを見極めてイノベーションを生み出すことが重要だ」という考え方が根本にあるためです。その意味で、ものづくりの醍醐味を味わえる会社だと思います。一方、早いサイクルでどんどん製品仕様を変える、小さな改善を積み重ねる、ということは必ずしも得意としてこなかった面がありました。しかし、近年の消費動向の変化のスピード感についていくためこの点を改め、消費者インサイトを開発の川上から積極的に取り入れるようになりました。ますます多様なものづくりが可能になってきていると思います。
その上で、ロレアルのマーケティング部門は、まさしくビジネスをドライブする部署です。単に商品のブランディングや広告施策を考えるだけでなく、ブランドのビジネスポテンシャルを見極め、いまの日本市場に最適なビジネスモデルを構築して、売上だけでなく収益に対しても責任を持ちます。特に難しいのは、グローバルでのビジネス成功モデルをどう日本の市場に最適化するか、製品の価値を日本の消費者にどう伝えればよいかということで、私たちは、いつもこの課題のブレークスルーを求められています。
それから、ロレアルはデジタルへの取り組みをグローバルで強化しているのも特徴で、この業界ではいち早く自社サイトでの直販をスタートし、そこでの売上を高めてきました。またメディア投資も大きくデジタルへシフトさせています。今後は、メディアとしても売り場としても、デジタルにはさらに力を入れていきたいと考えています。
プラス面を評価する「加点主義」の会社
今後の目標を教えてください。
私の担当する「ヘルス×ビューティー」の領域は、日本でもこれから大きく伸びる余地のある分野です。特に敏感肌の方のスキンケアニーズには、化粧品ならではのアプローチの仕方がまだまだあるはずだと感じています。臨床皮膚医学に基づいた確かな効能効果があることは大前提ですが、化粧品らしいわくわく感・ある種のあこがれ・夢をユーザーの皆様にお届けするようなブランド作りを目指していきたいと思っています。
ロレアルは、グローバルでは世界最大のビューティーカンパニーですが、日本市場ではまだまだ小さな存在です。まずは外資系ビューティーカンパニーとして第1位になることを目指しています。そのために、成長カテゴリーである「ヘルスxビューティー」市場を担当する私の事業部の果たすべき職責は大きいと考えています。日本の消費者の皆さんのニーズに愚直に応え続けていくこと、特にデジタルを最大限に活用して、即応力を発揮することが重要でしょう。
また、個々のブランドや製品の価値だけでなく、企業としてのロレアルの魅力を微力ながらもっと発信していきたいとも思っています。たとえば、「温室効果ガスの排出量を半分に削減」「製品1個当たりの水消費量を半分に削減」「製品1個当たりの生産から生じる廃棄物発生量を半分に削減」といった工場での環境負担を減らす取り組みを行っていたり、ユネスコと共同で女性科学者を支援する「ロレアル-ユネスコ女性科学賞」を長年続けていたりするのですが、あまり知られていません。女性管理職の積極登用などダイバーシティ分野でも実績があります。そういった部分を社会に発信していく一助になれればと思っています。
どのような方を求めていますか?
ロレアルでは、4つの価値観を大切にしています。美に対する高い感性と誇りを持つ「美への情熱」、挑戦者として自ら進んで未知の美を切り拓く「開拓者精神」、個の力と多様性を活かし、お互いを刺激し合いチームとして相乗効果を生み出す「多様性と個の化学反応」、お客様に対しても、社員同士も信頼と尊重の心で誠実に向き合う「信頼と尊重」の4点です。この4つの価値観に共感していただくことが大切です。
果たすべき目標は明確に示されますが、達成のための道筋やルールが厳格にあるという社風ではありません。むしろ前例に無い斬新なアプローチを尊ぶカルチャーです。ゴールへのロードマップを自ら描きぐいぐいと進んでいくような、自己推進力のある方が力を発揮しやすいと思います。
それから、ロレアルの特徴の1つはプラス面を評価する「加点主義」の会社であるということです。人材の欠点よりも長所にフォーカスし、そこを積極的に評価する傾向が強いのです。ですからおそらく、外から見れば個性の強い集団でしょう。そうした環境で自らネットワークを構築し、周囲を巻き込みながら、前例のないことに果敢にチャレンジしていける方は、きっと楽しく働けると思います。