ファシリテーター
日本ケロッグ合同会社
執行役員 経営管理・財務本部長(CFO)
池側 千絵氏
新卒でP&Gに入社して以来、外資系企業のファイナンス部門に勤務。P&Gでは、家庭用洗剤・紙製品・ビューティケア事業部門などで担当事業の財務業績向上に取り組み、また日本支社全体の利益・資金管理と報告、経理、税務、アジアHQでの研究開発・販売管理費管理業務など幅広いファイナンスの専門業務も歴任。その後、日本マクドナルドのフランチャイズ事業担当財務部長、レノボ・ジャパンのCFOを経て現職。同志社大学文学部卒。慶應義塾大学大学院経営管理研究科在学中。
参加者
レノボ・ジャパン株式会社
オペレーション本部長
山口 仁史氏
2001年にP&G入社。サプライチェーンファイナンス、カテゴリーファイナンス、CBD(カスタマー・ビジネス・ディベロップメント)ファイナンス、カスタマーチーム・ファイナンスマネジャー、流通戦略担当を経験。その後、2011年にモルソン・クアーズ・ジャパンのCFOに就任、バックオフィス全体を管轄。2014年、ハイアール アジア グループに移り、アジア全体のファイナンスVPや日本のマネージングダイレクターなどを歴任。2017年8月から現職。
アップリカ・チルドレンズプロダクツ合同会社
営業本部長
惣塚 利郎氏
1992年にP&G入社。工場ファイナンス、カテゴリ-ファイナンス、R&Dファイナンス、セールスファイナンス、ペット事業部のCFOポジションなどを経験した後、営業部に異動して、4年間営業マネジャーを担当。2011年アップリカ・チルドレンズプロダクツに入社し、CFOとなる。2014年7月から現職。
セールスファイナンスとはどんな仕事?
池側氏:今回のゲストであるお二人は、CFOを経験した後、現在はCFOではない仕事をしているという共通点がありますね。まずは自己紹介をお願いします。
惣塚氏:1992年にP&Gに入社して、以来15年間、ファイナンスを経験しました。工場ファイナンス、カテゴリ-ファイナンス、R&Dファイナンス、セールスファイナンスなど、いろいろなファイナンスを経験して、最後はペット事業部のCFOポジションに就きました。その後、営業部に異動して、4年間営業マネジャーを担当してから、アップリカ・チルドレンズプロダクツに転職。CFOを3年経験して、営業本部長に就き、今に至ります。
山口氏:私は2001年にP&Gに入社し、10年在籍しました。サプライチェーンファイナンス、カテゴリーファイナンス、CBD(カスタマー・ビジネス・ディベロップメント)ファイナンス、カスタマーチーム・ファイナンスマネジャーを経験。その後、モルソン・クアーズ・ジャパンでCFOを、ハイアール アジア グループでファイナンスを含むすべてのバックオフィス責任者や日本のマネージングダイレクターのポジションに就き、現在はNECレノボ・ジャパングループのオペレーション本部長を務めています。
池側氏:お二人とも、営業部をサポートするセールスファイナンスのポジションに就いた経験がありますね。最近は外資系企業でセールスファイナンスの募集が増えているそうですが、比較的新しい職種でよくご存じない方も多いと思います。いったいどんな仕事なのでしょうか?
惣塚氏:セールスファイナンスとしていくつかの業務がありますが、重要なのは「予算マネジメント」です。ポートフォリオの概念をもって、本社が立てた経営企画案や予算案を、各営業部に数字の割り振りをしていくのです。自社だけでなく、お得意先様の成長予測、規模、財務状況などを考慮しながら、ヒト・モノ・カネを配分し、トラッキングしていきます。数字に強く、広い視野をもち、客観的な見方ができるファイナンスの出番です。2つ目は、投資案件の妥当性の判断です。 多くの企業が、売上の10%程度の経費を販促や値引きなどに使っています。その投資が本当に適切なのかを検証するのは、組織にとって重要なことです。売り上げの10%も使っているのに、投資の決定基準が比較的過去の習慣に基づいていたり、お取引先様との関係に基づいていたりすることが多く、純粋に投資の妥当性が考慮されていなかったり、検証されていないのが現状の問題だと思います。社員だけにとどまらず、お得意先様をも巻き込んで、予算立案、実施、検証、ヒト・モノ・カネの配分の最適化を目指すことは、セールスファイナンスの大きな役割です。
山口氏:もうひとつ挙げると、カスタマー(顧客)付きのセールスファイナンスの業務があります。お客様のPOSデータなどを分析し、今後の販売戦略を練った上で、どこにどれだけ双方で投資すれば、予算に到達するかの話し合いをリードします。どうすればお互いがWin-Winの関係になれるのかをお客様の社長や役員の方々とお話しするのです。カスタマー付きの場合、ときにお客様からコンサルタントのような動きを求められることがあります。そうなれたら願ったり叶ったりです。売上アップの絶好のチャンスだからです。
私がP&G時代にやっていた「カスタマーチーム・ファイナンスマネジャー」が、まさにカスタマー付きのセールスファイナンス業務でした。営業本部長の右腕として、さまざまな企業の社長の方たちと、中長期を見据えた商談をしてきました。ここで、日系企業のオペレーションを深く知り、小売業界の勢力図や関係図、オペレーションの変化のプロセスなどを学べたことが、その後の仕事に活きています。この経験がなければ、現職を含めその後のキャリアをステップアップすることが難しかったのではないかと思うほどです。
惣塚氏:私がセールスファイナンスのポジションに就いたのは、コストコやウォルマートなどが日本に入ってきた頃でしたが、そうした外国の流通ビジネスのやり方をいち早く理解し、お客様に説明する仕事もしました。そうした最新情報の調査・共有なども、セールスファイナンスの仕事の1つです。さらに、場合によっては債権管理などもします。
池側氏:なぜ今外資系企業にセールスファイナンスのポジションが増えているのですか?
惣塚氏:ごく簡単に言えば、それは多くの外資系メーカーが日本市場で売上を拡大してきた証です。売上が50億円規模の頃は、ファイナンス部門にはアカウンティングと本社へのレポートを行うマネジャーがいれば十分です。それより大きくなると、本格的なCFOやビジネスファイナンスが求められるようになります。さらにビジネスが発展したときに、はじめてセールス(流通系)ファイナンスやマーケティングファイナンスというポジションができると思います。
商品ごとの損益を分析してアクションを取る重要性
池側氏:ファイナンスの力で売上・利益を上げた経験はありますか?
惣塚氏:いろいろとあります。ファイナンスは幾通りもの方法で、ビジネスを改善できます。数字に基づきながらもちょっとした想像力と応用力が必要です。たとえば、私が入社した当初、アップリカのファイナンスは標準原価差異の分析をしていませんでした。そこで、単に標準原価差異を分析するだけでなく、それを中国工場の縫い子さん一人ひとりの給与にまで結びつけたのです。そうしたら、みんな頑張るようになり、みるみるうちに原価が改善しました。さらに不良率も伝えるようにしたところ、不良品も減りました。もう1つ簡単な例を挙げると、アイテムごとの損益目標設定をして、商品ごとの損益を見ていくだけで、ビジネスが変わっていきます。
池側氏:アイテムごとの損益目標設定や分析に効果があるというのは、よくわかります。なぜなら先日、ある日本企業でお話を伺ったからです。その企業では、新たに商品ごとの損益を見るようにしたのだそうです。そして、そのデータを基にして、利益の出ていない商品をカットしたところ、会社全体の利益だけでなく売上も上がったと驚いていました。彼らは、商品数が減った分だけ売上が下がると思っていたのですが、その予測が良い意味で裏切られたわけです。利益の出ない商品に対する投資や手間を減らし、より利益の出る商品にまわすことにより、その売上が上がるということのようです。
惣塚氏:私は今営業部門にいるのでわかりますが、営業は、商品数を減らすなんてことはまず考えません。それが実行できるのはファイナンスだけです。ファイナンスの重要な役割の1つだと思います。
山口氏:商品ごとの損益を見ていない企業は、もっと見たらいいのにと思いますね。池側さんのおっしゃるように、それだけでビジネスが改善するケースが少なくないのではないでしょうか。
CFOとファイナンスにこそアクセルを踏んでほしい
池側氏:いまはお二人ともCFOの職を卒業されていますが、CFOにどのようなことを期待していますか?
惣塚氏:CFOとファイナンスにこそ、ビジネスのアクセルを踏んでほしいと思います。特に、営業が弱気になった時、縮小均衡に入ってしまった時、連敗して弱気になった時に、「ここで1億円投資したら、状況がドラスティックに変わるんじゃないですか?」とファイナンスに言ってもらえたら、これほど勇気が出ることはありません。そうやって営業部門及び会社の空気をガラリと変えられるのは、ファイナンスだけです。なぜなら、営業はどうしても目の前の小さな売り上げを百万ずつ積み上げようとする方向に考えが向いてしまうからです。もう1億円投資したらうまくいくという発想は、ファイナンスにしかできないことなのです。
山口氏:私も同感です。一方で、ブレーキを踏むのは簡単です。値引率の高い取引比率を少なくするとか、業績が悪化していて倒産リスクの高い会社との取引をやめるといったことは、もちろんときには必要ですが、CFOとして当たり前のことです。優れたCFOやファイナンスとは、必要なときに、タイミングよく「攻めの営業をしよう、攻めのマーケティングをしよう」と声をかけられる人だと思います。
池側氏:どうやったら、アクセルを踏めるようになるのですか?
惣塚氏:数字・データ・事例などを通して、納得いくまで事象を調べきることです。その先に、アクセルを踏むべきかどうかの答えが見えてきます。ただ、もちろん金額によって決断が変わってくることは確かです。1000万円なら簡単にGOサインを出せても、3億円なら慎重にならざるを得ません。その点、大きな金額の投資を数多く決断した経験はものを言います。その意味で、私にとっては、何度も大きな決断ができたP&Gでの経験は大きいです。
山口氏:その決断をするためには、ビジネス全般、現場全体を深く理解する必要があります。だからこそ、攻めのファイナンスは難しいのです。
池側氏:日本企業では、ビジネスに直接関わる利益・投資分析業務は、経営企画や事業部の人たちが行うことが多いようです。経理財務の方は決算業務や予算の進捗管理業務に専念している場合があります。ビジネスに関わるファイナンス業務は、数字に強いファイナンス(経理財務)の人が行うと、効果が上がるのではないかと思います。ビジネスに強いファイナンス人材は、どうやったら育成できますか?
山口氏:その育成は、やり方次第で十分に可能だと思います。なぜなら、私自身、アカウンティング出身者がビジネスに詳しくなっていくプロセスを見たことがあるからです。以前、ある企業で、ビジネスファイナンスのメンバーが必要になり、未経験者を採用したことがありました。入社したのは、10年以上アカウンティング一筋でやってきた30代の方でした。その企業では、彼に、あるブランド付きのファイナンスを経験してもらいました。すると、2年ほどで十分にビジネスファイナンスができるようになったのです。本人に意欲があり、営業やマーケティングの現場に日常的に接していれば、後々からでも、ビジネスファイナンスのスキルを身に付けられるという好例です。
池側氏:確かに、私のところでも、ビジネスに貢献したい意欲のあるアカウンティング経験者にFP&Aを担当してもらうと、できるようになった例があります。ただ、そう簡単ではありません。アカウンティング業務では正解と不正解が明快ですが、ビジネスファイナンスには正解がない場合があるからです。ビジネスファイナンスでは、どのような決断でも多少のリスクを取らなくてはなりませんし、ときには失敗も起きえます。慣れていくことが重要ですね。
山口氏:私がアカウンティングの方によくお話ししているのは、「10年後にはアカウンティングの仕事はAIに置き換わってしまうよ」ということです。これは大げさな表現や脅しなどではありません。今後、AIによってファイナンスの仕事がどうなるかはわかりませんが、アカウンティング業務がAIに代替される未来だけはほぼ確実なのです。そうなったとき、アカウンティングだけをしてきた方は大変なことになってしまうでしょう。「だからこそ、ビジネスファイナンスもできるようになったほうがいいですよ」と話すと、多くの方が真剣に聞いてくれます。
池側氏:慣れない環境だとしても、今のうちに正解主義から脱皮して、ビジネスファイナンスをできるようになっておく必要があるのですね。
山口氏:逆に、ファイナンスで他の企業に転職しようとする方々には、転職前にアカウンティングの経験を積むことを勧めています。CFOやCFO候補として転職する場合であれば、どれほど優秀でも、アカウンティングがわからない方をCFOに抜擢する経営者はいないからです。経営者からすると、そんなCFOは怖くてたまりません。
池側氏:つまりCFOには、ビジネスファイナンスのスキルもアカウンティングのスキルも、両方が必要だということですね。
CFOは社長を止めることができる
池側氏:ほかに、CFOに期待することはありませんか?
惣塚氏:私としては、CFOに「企業カルチャーの番人」の役目も果たしていただきたいです。企業には、コンプライアンス、ルール、ディシプリンを厳しく意識し、何よりも企業文化を大切にして、やってはいけないことに「ダメ」と言える存在が必要です。その役目をファイナンスが担わないと、営業やマーケティングが、どこかで一線を踏み越えてしまう可能性があります。もちろん、法務や人事にもカルチャーの番人が必要ですが、実はビジネスに精通しているファイナンスが適任だと思います。
山口氏:もう1つ重要なのは、「CFOは社長を止めることができる」ということです。私はCFO時代、そこは攻めたほうがいい、そこは守ったほうがいいと、よく社長と意見をぶつけてきました。それができるのはCFOだけです。それは一方では、最終的に責任を取って、社長に怒られる立場でもあるということですが。
池側氏:最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
山口氏:以前、P&Gのアメリカ研修のときに現地の上司から言われた言葉をときどき思い出します。「企業は刻々と数字が動き続けるところだ。その数字のどことどこが紐づいているのかをよく理解して、数字の動きをよく観察しなさい。数字の動きやつながりから得た洞察を基に、会社を守ったり、大きくしたりするのがファイナンスの役目だ」。本当にその通りだと思います。数字のつながりで会社全体を見ているからこそ、私たちは会社のどこにでも口を出すことができます。ファイナンスの大きな特徴です。
惣塚氏:先ほど山口さんも話していた通り、おそらくビジネスファイナンスは、多くの方が抱くイメージほどは難しい仕事ではありません。多くの方が、慣れればきっとできるようになります。私としては、管理職になろうとする方全員に、一度ビジネスファイナンスの経験を積むことをお勧めしたいくらいなのです。なぜなら、組織の階層を上っていくほど、P/Lを読むといったビジネスファイナンス的なスキルが必要になるからです。ただその一方で、ファイナンスは奥深く、幅広い仕事でもあります。たとえば、タックススキームを考える仕事などはクリエイティブじゃないと務まりません。その点、CFOも追求しがいのある仕事です。
山口氏:CFOは、ビジネスファイナンスだけでなく、アカウンティングや内部統制ができなくてはなりません。さらに、人間性も問われる仕事です。そういうCFOじゃないと、社長は困るのです。
惣塚氏:CFOはまさにスーパーマン、スーパーウーマンですよね。易きに流れる者にはなれない難しい仕事です。でも、だからこそ、やりがいがあって面白いのです。