自分に秀でたものが何もないのがコンプレックスだった
瀬谷さんがREALsを始めるまでの経緯を教えてください。
瀬谷:子どもの頃は、自分に秀でたものが何もないのがコンプレックスでした。進路に悩んでいた高校3年生のときに、ルワンダで起きた内戦により難民となった親子の写真を見たんです。当時の日本はバブル経済がはじけ不景気ななか、政治家の汚職事件も起こっていたので、庶民が権力闘争に巻き込まれている様子に共通するものを感じました。ルワンダ内戦では100日間で100万人が亡くなりましたが、「なぜそんなことが起きたのか」と思って調べたところ、日本には紛争解決について学べるところがなく、世界的にも専門家が少ないことがわかりました。幸い英語だけは得意だったこともあり、「ニーズはあるのに専門家がいない分野なら、取り柄のない私でも必要とされるのではないか」と思ったんです。「紛争解決」の専門家を目指したきっかけです。
中央大学時代には、アルバイトで資金を貯めて語学留学をしたり、3年生のときに独りでルワンダに行ってホームステイしたりしました。人より不器用な分、早く経験を積むためにまず行動を起こすのが、昔もいまも変わらない私のやり方です。大学4年生のときに数カ月進路を探し、紛争解決学を学べるイギリスのブラッドフォード大学にたどり着きました。
ブラッドフォード大学で印象的だったのは、修士論文を書くために訪れたボスニア・ヘルツェゴビナです。当時は2000年。内戦から数年経っていたので、民族間の和解について現地調査をしたかったのです。でも、調査を始めてすぐに、自分が酷なことをしていることに気づきました。「和解について聞かせてください」というと、現地の人たちの顔色がさっと変わったんです。その時にようやく、自分がしていることは、日本で殺人事件の遺族に「犯人との和解について聞かせてほしい」と言っているのと同じくらい配慮のないことだと気づいたのです。平和や和解という一見耳障りの良い言葉も、人によっては凶器にもなるのだ、とその時学びました。その後の調査では、私が知りたいキーワードを出すのではなく、現地の人々が感じていること、必要としていることを話してもらい、そこから自分なりの分析をするようにしました。
それ以来、自分の価値観や思想の押しつけになっていないかという視点をいつも忘れないようにしています。また、それぞれの社会の当事者が望んだうえで平和をつくるプロセスを進めるべきなのだ、ということも、このときに学んだ貴重な教訓です。
イギリスの大学院の時代は、ルワンダでNGO事務所の立ち上げも行い、卒業後は自費でシエラレオネに調査に行きました。その後、シエラレオネの国連PKOで除隊兵士の社会復帰を担当し、アフガニスタンの日本大使館とコートジボワールの国連PKOで武装解除を担当しました。2007年、日本紛争予防センター(現: REALs) の事務局長に就任、2013年に理事長となり、ソマリア、南スーダン、ケニア、シリアなどで紛争予防活動を行っています。同2013年にはJCCP M株式会社の設立を支援し、いまに至ります。
堺さんがJCCP Mを起業するまでの経緯を教えてください。
堺:父がアニメーション作家で、いつも絵の具の匂いがしている家で育ったこともあって、中学卒業後は美術系の専修学校に通いました。美術エリートの仲間たちに囲まれて油絵を描くのは楽しかったんですが、あまりにも周囲の個性が強すぎて、かえって普通の世界が覗きたくなり、ICUに進学しました。卒業後は2001年にアンダーセン・コンサルティング(現・アクセンチュア)に入社し、15年間にわたって、新規事業立ち上げ・業務改革・ITコンサルティングを担当しました。15年も続いたのは、社内外で多くの魅力的な人たちと一緒に仕事をすることができたからです。いろいろなお客様、プロジェクトに関わることができ、スキルや専門領域が広がっていくのが楽しかったんです。
15年の間に、結婚して3人の子どもを授かりました。以前は上司にも部下にも厳しく接していて、社内では時に「鬼軍曹」と呼ばれていたこともあったのですが、子育てするようになって考え方が一変しました。仕事に使える時間がガクンと減り、独りでは何もできないことを痛感して、チームでパフォーマンスを出すことを目指すようになりました。そこでやっと部下のマネージができるようになったと思います。出産以前はマネジャーとは言えなかったかもしれません。
2013年、瀬谷さんに出会って人生が変わりました。当時は独立する気などまったくなく、このままアクセンチュアで働きつづけるのだろう、と漠然と思っていました。でも、瀬谷さんの話を伺って、「瀬谷さんの仕事は、自分の子どもたちに胸を張って言える仕事だ。協力したい」と感じたんです。斜め上の選択肢が突然やってきて、目の前がパッと開けた感じで、JCCP Mを共同で設立しました。もちろんリスクは感じましたが、ワクワクと面白さが上回りましたね。
貧困をなくして平和を分かち合うため、ケニア・ルワンダなどに進出する日本企業を支援
瀬谷さん、REALsについて詳しく教えてください。
瀬谷:一言でいうと、私や仲間が培ってきた「争いを防ぐとりくみ」を世界中に広めて、争いと問題の火種を自分たちで消すことができる社会を目指すのが、REALsの活動です。
具体的には、アフリカや中東地域などで、女性をはじめとする現地の人々に紛争解決のスキルを身につけてもらうことで平和の担い手として育成し、その人々と共に争い予防に取り組んでいます。争い・テロ・暴力が起きる前には、何らかの予兆があります。たとえば、民族間の対立がある社会で選挙が近づくと、異なる民族の夫婦の離婚が増えることがあります。わかりやすい予兆の1つです。親の影響から学校で子どもたちの発言が変わり、民族間の悪口を言い合うようになるのも危険なシグナルです。それから、商店が早く店じまいするようになることは、暴動の典型的な予兆です。商店は暴動で最も被害に遭いやすい対象ですから、空気の変化に敏感なのです。
こうした変化やSOSのサインを感じ取ったら、私たちはすぐに現地で育成した女性や若者たちや行政・警察などと協力して状況を確認し、争いの火種を見つけたらすかさず調停に入れるようなしくみをつくっています。口論の段階で食い止めることができれば、大きな問題には発展しません。逆に言うと、紛争が起こる社会では、ちょっとしたケンカや予兆を放置したことで、本格的な争い・テロ・暴力、そして紛争に発展するケースが多いんです。時間がかかっても、難民や避難民、貧しく治安の悪いスラムの住民などの現地の人々のうち、とくに女性や若者を一から育成することをポリシーにしています。現地の人々を育成して、REALsがいつかいなくなってもこうした早期発見・早期対応をできる仕組みを構築するのが、私たちの狙いです。
草の根レベルでこうした活動を行う一方で、政治レベルでも、行政・警察の教育活動などを進めています。争いの根本には、政治や行政が民族や宗教の違いを利用する行動があり、住民がプロパガンダなどにあおられて暴力やヘイトに走ってしまう構図があります。ただ、これは決して途上国だけの話ではありません。日本でも似たようなことが起こっているのが現状です。こうしたことを未然に防ぐため、住民間のしくみをつくると同時に、政治・警察・行政など政策レベルと縦のつながりをつくっています。
全ての地域で皆が手を取り合って仲良しの社会を作ろう、とは必ずしも思っていません。殺し合ったり殴り合ったりせずに共存できている状態も、ひとつの平和です。そのためには、争い予防に加えて、すでに争いが起きてしまった社会で再発を防ぐため、「対立する集団に共通するニーズを解決する場」を設定するのが有効です。たとえば、食糧難の南スーダンでは、民族を交えて、効果的な野菜の育て方や長期保存のための加工技術の研修を行いました。民族を超えて道具の貸し借りや役割分担することで成果があがるようなしくみにしています。最初は不信感があった集団間で、共通の話題ができ、徐々に民族間の理解が進み、交流が進んでいきました。ケニアでは、民族を交えて畜産を学んでもらいました。他民族の家畜と交雑させてよい品種としたり、他民族と家畜の伝染病の情報共有などの交流をすることで病気を予防したりする方法を教えたところ、当初は物資を奪い合う敵対関係だったのですが、いまでは民族間の結婚が当たり前になったり、民族が一緒になって1つの村を形成するまでになっています。私たちはあくまで、「争い・テロ・暴力を防ぐ」という最低限のゴールを設定するだけでも、現地の女性や若者自身が担い手となるようにしくみをつくると、こうやって素晴らしい共存関係をつくることもできる。また、子どもたちの憧れの存在になり、次世代にも波及していきます。
ちなみに、次世代を担う若者に加え、女性を平和の担い手として育成しているのは、争いや戦争によってしわ寄せを受けやすい存在だからです。彼女たちは、本当に弱い存在が平和に過ごせるか、という視点で物事を考えるため、平和を築きやすいのです。実際、女性が参加した和平プロセスは、その後15年以上平和状態が続く可能性が35%高まる、という調査結果があります。しかし、過去20年間に女性が参加した和平プロセスは、世界全体でたったの9%しかありません。女性を平和の担い手として育成することも、私たちの大切な使命の1つと捉えています。
堺さん、JCCP Mについて詳しく教えてください。
堺:JCCP Mでは、開発途上国に進出する企業に対しコンサルティングサービスを提供することにより、紛争などで傷ついた社会における経済発展を促し、進出企業と地域住民が長期にわたり共に繁栄することを目指しています。現在は、ケニアとルワンダでプロジェクトを進めています。
そもそも、紛争の根本原因は貧困です。経済が発展して安定すれば、殺し合わない程度の平和を分かち合うことも可能です。経済発展は、国連などによる一時的な援助ではなく、民間企業が持続的に進めていくことが望ましい。そのために、一つでも多くの日本企業に開発途上国に進出してもらいたい、というのが私たちの願いです。
私たちの強みの源泉は、REALsと現地事業に関する豊富なノウハウや人材、さらに現地政府や国連等の国際機関及び現地で活動する国際NGOが持つネットワークを共有しているところです。いまどの国がどのような状態にあるかを現場レベルで知っています。たとえば、ご存じない方も多いと思いますが、94年に100万人ともいわれる犠牲者を出す大虐殺が発生したルワンダは、いまや「アフリカの奇跡」と言われるほどの経済発展を遂げました。安全で、世界銀行が発行するレポートでは、「ビジネスのしやすさ」ランキングで世界38位と、29位の日本とあまり差がないほどビジネスがしやすい環境にまで変わってきています。ITの発展にも力を入れており、ドローンを活用した医薬品の緊急輸送サービスやモバイルマネー技術など、日本より進んでいる分野もあります。新しい市場ゆえの柔軟性が、新たなビジネスチャンスを生み出しています。ルワンダに限りませんが、アフリカの都市部で過去にマッキンゼーが実施した調査では、現在よりも将来の生活が良くなると思っている人が8割を超えていました。明るく活気のある社会です。
一方で、日本企業のプレゼンスは、欧米やインド、中国と比較して、決して高くはありません。例えばケニアやタンザニアのバイク市場では、バイクタクシーを営むビジネスユーザーの中では中国バイクからインドバイクへの乗り換えが起こっています。日本企業は出遅れており、これ以上遅くなると挽回が利かなくなるでしょう。私たちはこうした現地情報もリアルタイムで更新し、お客様に提供しています。
アフリカ進出を考える日本企業も増えており、彼らのニーズやビジネスチャンスを探るため、マーケティング調査・市場分析・戦略立案などを手がけるのが私たちの仕事です。現地低所得者層向けのマーケティングをどうやって進めたらよいか、JICAの民間連携事業などの補助金を獲得するためにどうしたらよいか、といった具体的なノウハウ、また、昨今ビジネスの場でも議論されるようになったSDGsに関連するような社会課題ニーズに関する豊富な知見が私たちの強みです。
今後は近々、ケニアに現地オフィスを構えたいと考えています。現地に倉庫を持って、私たち自身がお客様の商品を販売するようなビジネス展開も構想しています。一方で、日本では日本企業向けのICTコンサルティング事業も展開しています。なお、JCCP Mの売り上げの一部はREALsに寄付しており、紛争予防に役立てています。
ICT経験者で、アフリカでのコンサルティングに興味がある方を求めている
どのような方を求めていますか?
瀬谷:REALsはプロボノを主に求めています。特に必要としているのは、人事・経営企画・財務などの「組織づくりのプロ」ですね。現場での取り組みは成果を上げてる手ごたえがありますが、私自身は紛争解決が専門のため、組織運営について相談に乗っていただきたいことがたくさんあります。たとえば、現地職員のなかには、いつか他国で自分の経験をいかしてみたい、日本の本部でも働いてみたいと願う女性や若手スタッフたちがいます。人事異動できる仕組みはいったいどのようにつくったらよいのでしょうか。こうした課題が山積みなのです。私たちの存在に興味のある方に支援していただけたら嬉しいです。
堺:JCCP Mが、社員としていま最も必要としているのは、ICTコンサルティングやシステム開発の経験者で、アフリカでのコンサルティングに興味がある、という方です。日本企業向けのICTコンサルティングを手がけながら、アフリカビジネスにも入っていただきたいと思っています。実際、前職で銀行システム開発に関わっていた社員は、JCCP MではICTコンサルティングやシステム開発に加えて、ルワンダの現地ニーズ調査なども手がけており、さらには日本企業向けのアフリカビジネスセミナーの企画・運営・司会なども行っています。今後は、新しく設立するケニア事業所で利用するシステムの構築や、ITの発展に力を入れているアフリカならではのサービスを立ち上げたいとも考えています。このような形でアフリカに関わってみたい、という方のチャレンジをお待ちしています。
採用の際に最もよく見ているのは、やはりJCCP MとREALsの理念への共感です。私たちが最終的に目指すのは、あくまでも紛争予防と平和構築です。そのために開発途上国の経済発展支援に貢献することが最も大切なのだ、という考えに共感していただける方と、長く一緒に働けたらと思っています。