外資系企業でマーケターとしてご活躍の方々に「仕事の魅力」「キャリア」についてお伺いしていくインタビュー。今回は、世界の化粧品業界のリーダー『日本ロレアル』高瀬 絵理さんです。(聞き手:鈴木玄)
デジタルエージェンシーから事業会社へ
日本ロレアルに入社するまでのご経歴を教えて下さい。
子どもの頃からテレビ・ラジオなどのメディアが好きで、大学では情報リテラシーを研究しました。学んでいくうちに特に関心をもったのは、インターネットの可能性と影響力でした。卒論はデジタル広告について書き、就職先は大手広告代理店傘下のデジタルエージェンシーを選びました。
最初の配属では大手広告代理店に常駐するコンサルティング営業となりました。テレビCMなどを提案する代理店の営業に同行して、広告キャンペーンの一環としてデジタル媒体を提案する役割です。提案が通ったら、クライアントと制作チームの間に立って折衝を行い、完成まで責任を持って関わります。多様なクライアント・部署と主体性を持って議論を重ね、中心に立ってプロジェクトを進めていく仕事には充実感がありましたね。データを分析するのも、代理店と歩みを揃えて協業するのも面白かったです。東京・大阪で合わせて5年ほど代理店に常駐し、仕事の基礎はこの間に学びました。
次に、デジタルエージェンシーの本社でダイレクトクライアントの営業を担当しました。特に大変だったのが、数カ月にわたって他企業とネット広告の成果を競ったことです。勝ったほうがビジネスを手にするというもので、社の売上を左右する大仕事でした。チームを組んでさまざまな工夫を凝らし、最終的に勝利を得たのは良い思い出です。この経験ではチームワークの重要さを学びました。
2015年、会社がタイ支社を立ち上げることになり、以前から海外勤務を希望していた私に白羽の矢が立ちました。1年はタイのパートナー企業に常駐し、次の1年は大手広告代理店のタイ支社に常駐しました。どちらも日本人は私1人。あとは全員タイやシンガポールの現地メンバーでした。最初は言葉の壁が高く立ちはだかりましたが、対話を大切にして乗り越えていきました。この2年で、メンバーに対する責任感は強くなりましたね。
実はその頃、「自分が中心に立ってビジネスを動かしたい」「広告の成果にもっとコミットしたい」「もっと多くのデータを扱いたい」という気持ちが少しずつ強くなっていたんです。事業会社へのチャレンジを視野にそこから転職活動を行い、最終的に日本ロレアルへ転職することを決めました。2017年のことです。
なぜ日本ロレアルを選んだのですか?
正直に言うと、当時はタイから日本に帰ることに不安もありました。海外に出て痛感したのですが、デジタルに関して、日本はかなり遅れているため、アジアに残るほうが学べることが多いのでは、と感じていました。しかし、面接を進める中で、ロレアルではデジタルに大きな投資をしており、世界中のデジタル事例を学びながら取り込むことができる、という話を聞き、興味を持ちました。実際に、新たなデジタルツールの導入を検討する際には、中国など他国の先進事例をいつでも参考にできます。
また、面接でさまざまな社員と話すうちに、その多様性を感じ、会社のビジョンや価値観にも共感しました。化粧品はもともと好きでしたし、スピード感のあるビジネスモデルは自分に合っていると感じました。タイに住んでいたため、スカイプ面接など柔軟に対応してくれた点にも好感を持ち、総合的に考えて日本ロレアルへの入社を決めました。
デジタルは振り返ってこそ意味がある
コンシューマー プロダクツ事業本部のマーケティングの仕事とは?
日本ロレアル入社後は、「ロレアル パリ」「メイベリン ニューヨーク」「エッシー」といったブランドを展開するコンシューマー プロダクツ事業本部で、「ロレアル パリ」のデジタルマネージャー、「メイベリン ニューヨーク」デジタルマネージャーを担いました。
デジタルマネージャーはブランドのデジタルマーケティングを統括する役割です。ブランド全体としての戦略やコミュニケ-ションについて話し合い、テレビCMやイベントとの連動も含め、デジタルでの成果を最大化するべく代理店と協業していきます。それまでの私の経験を十分に活かせるポジションでしたし、エージェンシー時代と比べると、より大きな裁量権を持って動くことができ、扱えるデータも格段に増えました。入社前に期待していたとおりの環境で働くことが出来ています。
2019年からは新しいチャレンジとして、ブランドビジネスリーダーに着任しました。「メイベリン ニューヨーク」のフェイス・リップカテゴリーの責任者として営業やサプライチェーン等他部署とも連携しながらブランド成長に向けた包括的な戦略を策定し、施策を遂行する立場です。デジタルマネージャーから、視界が一気に広がりました。
具体的な仕事内容を紹介すると、たとえば、日本では2018年に発売した「フィットミー リキッドファンデーション」という商品があります。最大の特徴は全15色で展開していること。お客様に最もフィットする色をご提案できるという利点があるものの、「15色もあるので選びにくい」という声も営業の現場から上がっていました。それを受けて、私たちは2019年夏に、この商品の再プロモーションを提案・実施しました。いかに色を選んでもらえるかにフォーカスするマーケティング方針を打ち出し、コミュニケーション・プロモーション・売場を一気通貫で変えました。
その時のプロモーションでは、15色をピンク系・イエロー系の2種類に大別し、さらに各系統を3つずつに分けました。分類を明確にして選びやすくすると同時に、売上実績を元に店頭の在庫量を色ごとに細かく調整しました。さらに、ブランドのウェブサイトを作り変え、一人ひとりに合う色がすぐにわかる「色診断」を用意しました。これらの再プロモーション施策を重ねたところ、結果的に発売時を超える売上を実現することができました。メンバーと協力しながら戦略を描き、一連の施策を企画・マネジメントするのが、ブランドビジネスリーダーの仕事の醍醐味だと実感した経験になりました。
これまでのキャリアとはかなり異なる仕事ではないでしょうか?
正直なところ、デジタルエージェンシーでの経験は4割ほどしか役に立っていません。営業やサプライチェーンは未知の領域ですし、プロダクトマーケティングの知識は就任時にはほぼありませんでした。そうした点でも勉強の日々で、メンバーに助けられることも多いですね。先ほど紹介した再プロモーション施策のときも、在庫調整などについては、プロダクトに詳しいメンバーの助言を積極的に仰ぎました。ただ一方で、未知数だからこそ、ユニークな発想を生み出せるチャンスもあるので、臆することなく意見するようにしています。
デジタルの専門家だった私に、思いきってブランドビジネスリーダーのチャンスを与えてくれた会社には、本当に感謝しています。上司からは「デジタルマネージャーからブランドビジネスリーダーへの昇進は、グローバルでも稀有なケースだ」と聞きました。入社時から「いずれはブランド全体を統括するポジションに就きたい」とアピールしていたのですが、こんなに早くチャンスをいただけるとは思いませんでした。せっかくの機会ですので、無駄にしないよう毎日全力投球しています。
ビジネスを推進するうえで、どんなことを大切にされていますか?
入社以来、一貫して取り組んできたのは「振り返りの強化」です。デジタルマーケティングは振り返ってこそ意味があるからです。デジタル施策の一番の特徴は、数字で具体的、客観的に結果がわかること。ですから、数字を振り返れば、何が機能して何が機能しなかったか、何を継続して何を改善しなければならないかが一目瞭然です。ですが、忙しさもあり、前を見ることばかりにフォーカスする現状が見られ、課題感を感じていました。
そこで私は、マーケティング施策の振り返りをプロセスに組み込み、チーム全員へのフィードバックを仕組み化していきました。メンバーからは、施策結果のフィードバックを聞くことで、マーケティングチームが何をしているのか、その価値がどこにあるのかがよくわかる、といったポジティブなコメントをもらっています。こうして振り返りを繰り返すうちに、ブランドに関わるメンバー全員が互いの仕事内容を理解しあうようになり、自然に一体感が強まっていったと思います。ブランドビジネスリーダーに着任した後も、振り返りとフィードバックにはいつも注意を払っています。
いずれはブランドを統括するポジションに就きたい
日本ロレアルはどのような会社ですか?
1つ目の特徴はビジネスや組織のあり方が、エージェンシーと同じくらいの速さで変わっていくことです。このスピードと柔軟性には良い意味でいまも本当に驚いています。
また、日本で行うビジネスの方向性については、日本ローカルで決められることも多くあるので、新しいスキームの提案など、ビジネスにおけるクリエイティビティを発揮する余地が大きいことも特徴です。チャレンジ精神を持ったメンバーには、裁量権をどんどん与えていくのもロレアルらしさですね。私自身もその恩恵を実感しています。
社内では、常に議論が活発に行われていて、ポジティブなフィードバックが多方向から飛び交うことが多く、物事がトップダウンで一方向的に進むことは少ないように感じます。風通しの良い環境の中、若手メンバーも多く活躍していますので、若い彼らから学び、自分をアップデートしつづけていくことも大切だと思っています。
どのような方を仲間に迎え入れたいですか?
一言で言えば、新しいことに前向きで、売上をより高めるために何ができるのかを考え続けられる方です。私が所属するコンシューマー プロダクツ事業本部のビジネスは特に変化が激しく、あっという間にそれまでの常識が変わっていきます。変化をポジティブに捉え、発想を転換できる柔軟性が欠かせません。
デジタル関連で言えば、デジタルツールの新たな使い方を考え出せたら売上の飛躍的向上にインパクトを与えることができます。新しいことに果敢にチャレンジするマーケティングのプロフェッショナルと働けたら、本当に嬉しいですね。
今後はどんなことにチャレンジしたいですか?
時代の変化をポジティブに捉えながら、信念を持って新たなことに取り組みつづけたいと思います。いずれはブランドを統括するポジションに就きたい、という野望も抱いています。