マーケティングとは未来の「立ち位置」を考えていく仕事
大学卒業後、御社に入社するまでの経緯を教えてください。
新卒でリクルートインターナショナルという会社に入社しました。リクルートグループの1社で、旅行代理店業や学生の海外留学・海外旅行の斡旋などを行っていた会社です。ローテーションの多い組織で、経理、債権回収、海外旅行オペレーション、旅行企画、旅行パンフレット制作、社内SE、求人広告営業など、6年のうちにさまざまな職種を経験しました。たとえば、社内SEとしては、大型コンピューターを使った基幹システムの入れ替えプロジェクトをリードしました。社内のあらゆる部署から要望をヒアリングし、必要な情報を引き出し、優先順位をつけ、できる限り多くの要望を実現していったのです。プレッシャーの大きな仕事でしたが、逃げずに向き合い、課題を解決していきました。この時にさまざまな方とお話しし、多様なビジネスシーンを体感できたことが、確実に今の仕事に活きています。
その後、スキー・ゴルフ用品メーカーのサロモン&テーラーメイド(現:アメア スポーツ ジャパン)に転職しました。たまたま求人広告で募集を見かけたのがきっかけです。実は私は、学生時代はスキーサークルに所属し、毎年冬になれば50~60日は山に籠もって、スキー漬けの日々を送っていたのです。社会人になってからも、冬の週末にはよくスキー場に通っていました。サロモンの求人広告を見かけたとき、「長い職業人生で仕事と趣味が一致する時期があってもよいのではないか」と、思いきって広告宣伝職の募集に申し込みました。オファーをいただいたときはとても嬉しかったです。
入社初日、最初の仕事はマーケティング備品倉庫の整理でした。倉庫に行き、まだ市場に出ていない来期モデルの製品サンプルやカタログ、POPなどが雑然と置かれているのを見て、私は「なんて素敵な仕事なんだ!」と興奮が収まりませんでした。たまに仕事でくじけそうになったときは、このときの感動を思い出して頑張りました。その後も、仕事でニューモデル試乗会などに行っては、「好きなことを仕事にするのはすばらしいことだ!」とよく思っていました。
サロモンでの6年間で、マーケティングの基本を一通り学びました。製品カタログ制作、新製品発表展示受注会の会場選定やディスプレイ制作、雑誌広告制作など、どれも楽しい仕事ばかりでした。前職では目標は目先のものを常に考えていましたが、サロモンでは1年後・数年後の未来を見据えて、長いサイクルでブランドイメージやターゲットを深く考える習慣が身に付きました。このときに、マーケティングとは未来の「立ち位置」を考えていく仕事だと知ったのです。
あるとき私は、サロモンを辞めた先輩から声をかけられました。彼は、立ち上がったばかりのコロンビアスポーツウェアジャパンに転職していました。そして、「マーケティングのスターティングメンバーを探しているのだが、来ないか」と誘われました。かなり迷いましたが、会社やマーケティングの立ち上げなど、なかなか経験できるチャンスは回ってこないと思い、最終的に入社を決心しました。立ち上げではありましたが、マーケティングの基本は押さえていましたから、ある程度スムーズに仕事をスタートすることができました。
入社したときが1988年なのですが、まさか自分がその後19年も同じ会社にいるとは思いもしませんでした。実は当初は、3年くらい在籍して仕事に飽きたら転職しよう、と思っていたのです。それが、全然飽きなかったですね。
多様性こそが原動力
コロンビアスポーツウェアのマーケティング戦略を教えてください。
マーケティングの根幹はブランディングにあります。私がブランディングで最も重要だと思っているのは、会社や製品の「立ち位置」を考えることです。電車にたとえていえば、私は混んでいる場所にはあまり立ちたくありません。隣のドア付近や車両が空いていれば、そちらに移ります。重要なのは、自分にとって快適な位置を見つけることで、その点はマーケティングも同じだと考えています。各社が同じようなターゲットやメッセージをしているところを避け、独自の立ち位置やメッセージを探すようにしているのです。
たとえば、入社当時、私が行ったブランディングは「総合アウトドア・スポーツウェアブランド」を打ち出すことでした。その頃の日本では、コロンビアといえばフィッシングベストが有名で、多くの方からフィッシングブランドだと思われていました。しかし実際は、フィッシングだけでなく、登山、トレッキング、キャンプ、マウンテンバイク、スキーなど、さまざまな分野の製品を出しており、現実とブランドイメージの間に乖離があったのです。また、日本の市場状況を見ると、トレッキング、スキー、フィッシングなどはそれぞれ別ジャンルと考えられていて、各ジャンルに強いブランドがありました。しかし様々なジャンルを総合的にカバーしているアウトドアブランドは、今のように決して多くなかったのです。多様なアウトドアスポーツを気軽に楽しむアメリカのカルチャーを反映したブランドポジションを取ろうと考えました。そこで私たちは、普段着としても着やすい総合アウトドア・スポーツウェアブランドであることを強調しました。もちろんブランディングの成果だけではありませんが、当初は業界7位くらいだった売上は、現在3位にまで上がっています。
また、私たちはこの10年ほど、フジ・ロックフェスティバル(FRF)をサポートしています。FRFは現在、毎夏に苗場スキー場で開かれていますが、雨が降ることが多く、足場が大変悪くなりがちです。また、夜にはかなり気温が下がることもあります。そこでFRF事務局は来場者の皆さんにアウトドアウェアの着用を啓蒙しており、私たちも彼らとタッグを組んで、音楽とフェスを楽しむためのウェアをいろいろと提案してきました。現在、FRFではアウトドアウェアを着るのが一般的になっており、FRFを入り口としてキャンプやトレッキングを楽しむ方も増えています。これは新しい流れ、新しいマーケットです。そのなかで、私たちは独自の立ち位置をつくってきました。この取り組みは、「stay out longer(長く外で快適にいられること)」というコロンビアのミッションとも合致しています。
さらに、3年前から、私たちはテレビ東京系列の「オレゴンを歩く」という番組を提供しています。番組では、コロンビアの本社があるオレゴン州・ポートランド周辺のトレイルコースを紹介したり、ポートランドの方々がどのようなアウトドアライフをしているのかを紹介したりしています。コロンビア独自のカルチャーやヒストリーを日本の皆さんにお見せすることで、ファンの方が増えるような施策もしているのです。
いずれの事例も、コロンビアらしいブランドの立ち位置、空いている快適な場所を模索する試みです。こうした取り組みを私たちは、次々に行っています。
コロンビアの強みはどこにありますか?
ビジネスをうまく回していくためには、「商品開発・企画」と「流通」と「広告宣伝」が歩調を合わせる必要があります。三者が目線を合わせ、方向性を揃えていかなければ、ビジネスは動かないのです。しかし、これは決して簡単ではありません。現実にはそれぞれの思惑や制約があり、簡単に歩調が揃うことはありません。しかし、私たちはそうした困難を超えて、いつもできるだけ皆で同じ方向に進もうとしてきました。この連動力が私たちの強みの一つです。
もう一つは、多様性です。コロンビアスポーツの創業者、ポール・ラムフロムは1938年にドイツからやってきたユダヤ系移民です。アメリカに受け入れられた彼は、オレゴン州ポートランドを中心にコロンビアスポーツを大きくしてきたのです。その創業時から、コロンビアでは互いのさまざまな違いを認め合いながらビジネスを進めてきました。日本法人もそのDNAを受け継いでいます。アウトドアメーカーやスポーツメーカー出身者だけでなく、アパレルメーカー出身者なども入り交じって、異なるバックグラウンドを持つメンバーが集まり、互いを尊重してビジネスを拡大してきました。その多様性が、コロンビアスポーツウェアジャパンの原動力になっています。
ブランド理解を深める姿勢を求めたい
今後はどのようなブランドを目指していますか?
課題はまだたくさんあります。たとえば、コロンビアは本格的な登山に適したウェアを作っているブランドだとはあまり思われていません。しかし実際は、独自素材の開発も行っており、機能性に関して登山に強いブランドにも決して劣っていません。ブランドイメージで大きく差がついているのです。この課題をどのように解決すればよいのか、現在模索している最中です。
こうしたブランドの方針に関する目線合わせは常に行っており、ときには注目するターゲットを変えたり、ときには大きくブランドメッセージを変えたりしながら、明確で独自の立ち位置をさらに確立し、コロンビアのファンを増やしていきたいと思っています。
どのような方を求めていますか?
先ほどもお伝えしたように、私たちは多様性を重視しています。たとえば、なかにはアウトドアやスポーツの経験が乏しい従業員もいますし、入社してからトレッキングやキャンプなどを始める者も少なくありません。この会社には、さまざまな志向・タイプの方を受け入れる用意があります。
ただ、いずれの職種でも、自分たちのブランドに対する理解を深め、ブランドへのロイヤリティを高めていっていただきたいとは思います。やはりコロンビアのブランドが好きでなければ、仕事のモチベーションは上がりませんから。
ブランド理解が深い従業員にとっては、ここはさまざまなチャレンジが実現できる環境です。ぜひ一緒に仕事を楽しみ、一緒にチャレンジしていけたら嬉しいです。