35年の職業人生でドイツに13年
これまでの職歴を教えてください。
大学卒業後、日系電機メーカーに入社しました。当時、その会社は大きく成長する途上にあり、そこなら早く海外に行かせてもらえると思ったからです。
国内営業を数年経験した後に27歳でドイツ法人に赴任しました。それ以来、10年ドイツで働き、最終的には現地法人取締役、欧州マーケティング責任者になりました。帰国後は、10年も日本を離れていたために日本本社で働くことにさまざまな面で違和感を抱くようになり、退社を決意し、金融系総合研究所で企業向けコンサルタントとなりました。ここでは大阪、東京における国際コンサル部隊の立ち上げなどを行い、10年ほど在籍しました。一からビジネスを立ち上げる楽しさを改めて感じた10年間でした。
その後、縁あって2006年にシーメンスの自動車部品子会社の日本法人代表取締役兼CEOとなったのです。その後ドイツ本社に移り、エナジー部門の事業開発ダイレクターとして2年ほどまたドイツで勤務しました。東日本大震災を機に、今度は日本でエネルギービジネスを本格的に立ち上げることになり、2012年からエナジー部門日本代表となって、2016年から日本法人代表取締役社長兼CEOを務めています。
働く上で、日本とドイツの違いはありますか。
最初に働いた日系電機メーカーでは、ドイツの現地法人と日本本社における意思決定のスピードや考え方にかなりの違いを感じました。現地化すればするほどこの感覚は強くなり、異文化マネジメントの重要性を認識しました。一方、2010年に赴任したシーメンスのドイツ本社では、それほど違和感はありませんでした。欧米型の企業はプレイイングマネージャーが基本なので、以前日系企業のドイツ法人時代の経験からもしっくりきました。またその欧米流の意思決定の速さも労働生産性の部分で非常に参考になります。私の執務室にも「ミーティングは30分で」、「結論は最初に」と書いてあります。
ドイツ人は極めて論理的でマジメで誠実です。実行すると言ったら実行しますし、約束できないことは口にしません。もうすぐデータの裏づけが取れそうでも、証明されるまでは決してアピールをしたりしません。この頑固さは損をする部分でもあり、ビジネス上の誠意を感じる部分でもあります。一方で、ウェットなところがあるのは日本人と同じです。
6つのCFTで組織を変革する
シーメンスの強みを教えてください。
第一に、どの事業でも総合力があり、バリューチェーンをすべてカバーしていることが私たちの強みです。たとえば、デジタルファクトリー事業本部では、製造業のお客様のバリューチェーンに沿ったシームレスなデータ統合を実現しています。あまり知られていませんが、シーメンスのソフトウェア売上高は世界13位です。私たちは、グローバルに17,500人ものソフトウェアエンジニアを抱える総合ソフトウェア企業でもあるのです。特に、製造業のソフトウェアに関しては全バリューチェーンを網羅しており、たとえば3D CADなどの領域で高いシェアを誇っています。また、他社メーカーの製品のデータを翻訳する技術力もあります。こうした総合力を活かして、多くの工場でスムーズにソリューションプラットホームと各種アプリケーションを立ち上げ、データを統合的に解析しています。
また、ドイツが中心となって推進している「インダストリー4.0」のコアプレイヤーであることも、私たちの大きなメリットです。インダストリー4.0の強みは、汎用性の高いオープンアーキテクチャです。オープンアーキテクチャだからこそ、コストを下げながら、お客様の状況にフレキシブルに対応することができます。
一例を挙げると、私たちは使った分だけ支払えばよい「pay for use」のビジネスモデルを現在検討中です。これによって、中小企業のお客様の導入ハードルを一気に下げることができるでしょう。あるいは、発電関連のメンテナンスでは毎年一定金額とする長期メンテナンス契約を既に実施済みです。通常のメンテナンスでは、数年に一度、点検や部品交換ごとに大きなコストがかかっていましたが、一律料金にするとキャッシュフローの平準化が可能になり、お客様の経営の安定につながります。このようなビジネスモデルは、ハードウェアの稼働状況や部品の状態をIoTでリアルタイムにモニタリングできるようになったからこそ実現できたことで、将来的には予防保全や発電所の運用最適化につながります。
日本のお客様は、これまではビジネスにシステムを合わせていく「クローズドなシステム」を開発する傾向がありました。しかし、それでは一向にコストが下がりませんし、工場の海外移転などのときにもフレキシブルな対応が取れません。それよりも、ビジネスをシステムに合わせながら、オープンアーキテクチャを積極的に利用したほうがよいのです。そうしたお客様の課題をしっかりと指摘し、デジタル化の観点からお客様のビジネスを変革していくのも、私たちの使命の1つだと考えています。
現在、どのようなことに注力しているのでしょうか。
今、シーメンスはグローバルで「デジタル化」「自動化」「電化」の3分野に注力しています。「デジタル化」とは、今お話ししたインダストリー4.0を含むIoT全般のことです。先に挙げた「pay for use」やメンテナンスにおけるビジネスモデルのほかにも、製品設計から出荷までの業務をデジタルで一気通貫にすることで、自動車の開発期間を半分にするといった成果を上げています。また、工場のモニタリング情報にいつでも誰でもどこでもアクセスできるようなクラウド環境も実現しつつあります。例えば社長が社長室でタブレットを開けば、すぐに各工場の稼働状況や生産状況がリアルタイムで確認できるようになります。
「自動化」とは、デジタルツインという概念で、人間の作業や判断を移植された機械やAIが自動的に作業を行うことを指します。自動化によって少子化をカバーできるだけでなく、従業員は製品企画や完成品の判断など、人間でなくてはできないことにより多くの時間をかけることができるようになるでしょう。
「電化」とは、EVの発達などでご存じの通り、さまざまな領域での動力に電気を使う製品が増えており、電化によってよりクリーンなオペレーションが可能となります。たとえば、私たちは現在、エアバス社と共同でハイブリッド飛行機の研究開発を進めており、すでにセスナクラスのハイブリッド飛行機を飛ばすことに成功しています。また、ガスタービンなどを積極的に電気モーターに置き換えている分野も数多くあります。
一方で、シーメンス日本法人独自の取り組みとして、2017年から6つの「クロスファンクショナルチーム(CFT)」を立ち上げ、組織変革にあたっています。そのうちの3つはビジネスに関するもので、「デジタル化推進チーム」「CRM推進チーム」「ブランディング推進チーム」です。デジタル化・自動化・電化のなかでも特にデジタル化が重要なので、日本では独自のデジタル化推進チームを立ち上げました。CRM推進チームは、営業メンバーが部門を横断してお客様情報を共有し、相乗効果を狙っています。互いにお客様を紹介し合うことで、ビジネス拡大のチャンスを増やそうとしているのです。それから、シーメンスはビジネス界ではよく知られていますが、一般的な知名度は決して高くありません。その課題を解決しようとしているのが、ブランディング推進チームです。
残りの3つはどのようなチームですか?
いずれも社内改革を進めるチームで、1つは「ワークライフバランス変革チーム」です。誰しもさまざまなライフステージがありますし、生き方は一人ひとりの考え方次第で大きく変わります。たとえば、結婚すれば家庭の時間を大切にしたくなるかもしれないし、子どもができれば育休を取ることを考えるかもしれない。子育て中であれば、早く帰って学童保育に子どもを迎えに行く必要がある従業員もいるでしょうし、家族の自宅介護をする必要がある従業員もいます。
すでにシーメンスではライフステージにあわせた、ワークライフバランスに関するさまざまな制度を整えています。時短勤務制度を使えば学童保育の迎えにも行けますし、自宅介護が必要な従業員のためには、事業部単位での在宅勤務制度の導入を進めています。また、男性従業員の育休取得率もかなり高くなりました。しかし、まだまだ制度の進化が必要だと思っています。ワークライフバランスとは、仕事と家庭の両立問題のみを取り扱うものでなく、社員自身が会社の期待に応じ納得できる仕事ができ、仕事以外の生活(ライフ)でも、やりたいことや、やるべきことができる状態と考えています。ライフの充実が仕事(ワーク)の充実につながり、また仕事(ワーク)の充実がライフの充実につながる相乗効果をもたらす関係にあるととらえ、社員も会社も共にイキイキと成長し、ブランドスローガンである”Ingenuity for life”を実践する、つまりイノベーションと起業家精神を通じ、お客様や社会に貢献してゆきたいと考えています。そのために、必要な環境・働き方をカスタマイズできる状態・オプションを作るため、あらゆる考え方を洗い出して、制度を見直そうとしているのです。同時に、会議の時間を短くする、権限を委譲して個人の判断を増やすといった取り組みを通して、生産性の向上にも努めています。現在、日本の生産性はドイツの2/3程度に過ぎません。日本での生産性向上は欠かせないものだと考えています。
次に、「人材育成システム変革チーム」があります。より良い人材に入社していただき、より多くの従業員をシーメンスに惹きつけるため、入社翌日から計画的に人材を育成するシステムを新たに構築することをミッションとするチームです。
最後に、「コーポレートカルチャー変革チーム」があります。もっと部下に権限委譲し、意思決定の速い組織を創るにはどうしたらよいか。多くの従業員がイキイキとチャレンジする文化を創るにはどうしたらよいか。こうした課題をクリアして、風土改革を進めていくチームです。
これらのチームは、それ自体が人材育成も兼ねています。3つのビジネス変革チームは私を含めた役員がリーダーをしていますが、3つのカルチャー変革チームは、いずれも中堅社員が中心となってプロジェクトを動かしています。当然ながら、女性従業員も数多く参加しています。これからのシーメンス日本法人のためには、全チームの活躍が欠かせません。彼らの行動が、私たちの将来を大きく変えるのです。
個人の判断に必要なのは自由と自己責任
どのような方を求めていますか?
端的に言えば、自由と自己責任の両面がよくわかっている方です。先ほどから、シーメンスでは基本的に個人が判断すると言ってきましたが、それはもちろん、その判断には自己責任がつきまとうということです。自分の判断や発言は、きちんと責任を取らなくてはならないのです。このことがよくわかった上で、周囲を尊重しながら、自分の考えをしっかりと発言できる人材をシーメンスは必要としています。
また、オ―ナーシップを持ち自分なりに工夫していける方、自ら手を挙げてチャレンジできる方を求めています。たとえば、先に紹介した6つのクロスファンクショナルチームは2017年1月に立ち上がったばかりです。このいずれかに参画して、ビジネスや組織の変革をともに加速していけるような方が増えると、私たちはもっと強くなれるでしょう。一緒に、心地よい緊張感のなかでビジネスや組織を変革していけたら嬉しい限りです。