フランスで医学部へ、その後日本へ
グラクソ・スミスクライン株式会社(GSK)に入社するまでの経緯を教えてください。
私は日本人の父親とフランス人の母親を持ち、東京で生まれ、東京で育ち高校3年生まではフランスに足を踏み入れたことがありませんでした。ただ、ずっとフランス語のインターナショナルスクールに通っていましたので、授業は日々フランス語で受けていました。高校卒業時にバカロレアに合格し、18歳のときに単身フランスに渡りました。
実は日本では文系だったのですが、当時のフランスの景気が悪かったこともあり、手に職をつけなければと思い、もう一度高校に入り1年間理系科目を学び直しました。その上で、パリ大学医学部に入学しました。フランスの医学部は、日本と同様に6年間です。はじめての海外生活で、食べ物や習慣など最初の1、2年は何もかも日本と違う環境が辛かったのですが、徐々に慣れてくると、フランス人のおおらかな人間関係が好きになりました。
大学卒業後、フランスに本社のある製薬会社に入り日本で16カ月間の企業研修を受けた後、再びフランスに戻り、パリ大学救命救急センターの医師となりました。救急は良い意味でも悪い意味でも結果がすぐに出る職場で、患者さんに近い点が気に入っていましたが、当然ながら凄惨な事故・事件の現場にも多数出くわすわけで、とてもタフな環境でした。救急医療に携わった10年間で、私はさまざまな面で鍛えられたと感じています。特に、一つ先、二つ先を読みながら慌てずに行動する力、思い切って決断する力、シンプルに考える、チームで行動する姿勢などは、今の仕事でも十分に活きています。その後2001年に、日本に帰国しました。
日本に帰国してからのことを詳しく教えてください。
もちろん日本でも医師として働くことを検討しましたが、外国と日本の橋渡しをしたいという想いが強く、欧州系製薬会社で臨床試験を担当するメディカルドクター(以下MD)として入社しました。そして今度は、【日本の会社】にカルチャーショックを受けました。例えば、当時は職場でスーツを着ている人が多かったこと、ビジネスに即した日本語を使用すること、残業の考え方などにしばらく戸惑ったのを覚えています。
臨床開発の仕事は楽しかったです。一つひとつがショートスパンの仕事となる救急とは違い、短期間・長期間の仕事を同時にいくつも抱えながら、優先順位を考えて動く企業の仕事は新鮮でした。私は主に、海外で販売されている製品の日本での治験を担当しました。一度日韓の共同試験を行ったときは、韓国とのインテグレーション役として、まさに両国の橋渡しをしました。そのときは、やりたかった仕事ができたという実感がありましたね。その後、現在のグラクソ・スミスクラインにMDとして入社し、今に至ります。
MDについて詳しく教えてください。
本来は「フィジシャン」と呼ぶのですが、ここではわかりやすく「MD」と呼ぶことにします。MDとは、医師としての経験を積んだ上で、製薬メーカーで働く人のことです。医師が製薬会社で働くことは、日本ではまだまだ少ないのですが、欧米ではごく一般的です。
MDの強みは医療現場を知っていること。実際に医療現場でどういったニーズがあるか、医療現場でどういった薬が求められているか、その経験を生かして開発できることです。また、海外のMDの皆さんと対等に話せることも大きなメリットです。今後、製薬メーカーにおけるMDの存在はより重要視されてくると思います。
臨床開発と安全性には違うやりがいがある
GSKでの仕事について教えて下さい。
2005年に入社して、2012年までは臨床開発部で呼吸器系や抗がん剤などの臨床開発を担当しました。後半は臨床開発部長となり、免疫、AGA、眼科系などの薬の開発をマネジメントしました。その後、2012年から安全性・PMS部門に異動し、現在は部門長を務めています。
臨床開発のことからお話しすると、まったく新しい薬を世の中に送り出していくのは、とてもやりがいがあります。なかでも印象深かったのは胃がん薬の開発です。胃がんは日本を中心とするアジアにおいて多い病気で、欧米では少ないため、世界中のGSKメンバーが胃がんを学びに日本に集まってくるのです。彼らとのやりとりは大きな刺激になりました。
また、日本・韓国・中国・香港・台湾の5カ国共同の治験のプロジェクトマネジャーを務めたことは特に良い経験となりました。普段のプロジェクトでは、私と部員で2〜3名のチームを組むのですが、そのときは5カ国から10名の優秀なメンバーが集い、皆で力を合わせて試験を行っていきました。文化が近いこともあって、まとめるのはそれほど難しくなかったのですが、団結力をより深めるために私は頻繁に各国を回りました。それから、こまめにニュースレターを出して、試験の状況を伝え合うようにしました。
GSKはグローバル開発プロジェクトが多く、海外とコミュニケーションを取ることが多い会社です。英語を使って、海外とやりとりしたいという意欲がある方にとっても、やりがいのある職場だと思います。
現在の「安全性・PMS部門」とはどのようなお仕事をするのでしょうか?
安全性・PMS部門は、医薬品の「安全性」を司る部門です。ちなみに、PMS(Post Marketing Surveillance)は、日本語では「市販後調査」といわれるもので、医薬品や医療機器が販売された後に品質・有効性・安全性を確認する調査のことを指します。
もちろん、私たちは臨床開発の時点で安全性を十分に考慮しています。しかし、治験は対象の病気に罹患している患者さんを集めてその領域の専門医のもとで行うこともあり、実際の臨床現場で薬が処方されるのとは少々状況が異なるのです。日常の医療現場では、さまざまな病気を抱える多様な患者さんがいて、ドクターの専門領域も多岐にわたります。そのような状況下で薬の使い方はドクターにすべて任されている中、臨床試験では想定していなかったようなことがいくつも起こり得るわけです。臨床の現場での処方を製薬メーカーが全てコントロールすることはどうしても難しい状況があるのが実際です。
そうした前提の中で、できるだけ安全性を担保するにはどうしたらよいかを考えるのが、私たち安全性・PMS部門の役割です。具体的には、使用方法などの注意喚起を行い、その注意喚起がどの程度届いているのかを計測しています。
安全性の注意喚起の効果を上げるためにまず重要なのが、「ステークホルダー」を決めることです。注意事項を知らせるべきなのは、医師なのか、看護師なのか、薬剤師なのか、はたまた患者さんなのか。それをはっきりさせるのです。その上で、より早い情報提供のためにどこでどのような方法で伝えていくのが最も効率的・効果的なのかを考えていきます。たとえば、医師がステークホルダーの場合、DMを送るだけでなく、直接訪問をして安全性の情報提供を行うことに加え、その薬剤の領域の学会などでも素早く告知をするなど早期に確実にメッセージを届けるためには工夫できることがたくさんあります。
薬は使い方を正しく守れば効果がありますが、使い方によっては患者さんに危険を及ぼしかねません。患者さんを守るために、私たちが適切に働きかけることが大切なのです。その意味で、安全性・PMS部門の仕事には、臨床開発とは違った意味で大きなやりがいを感じています。私自身、もちろん臨床開発部のときから安全性は重視していましたが、安全性・PMS部門の仕事をして、より安全性の重要性を身近に肌で感じています。安全性・PMS部門の仕事は単純なものではなく課題も少なくありませんが、今後も患者さんのために力を尽くしていきたいと思います。
自ら提案しチャレンジしたい方に向いている
GSKの良さを教えてください。
一言で言えば、提案できる環境がある、理解のある環境があるということです。グローバル本社の日本に対する期待度が高く、私たちの提案に深く耳を傾けてくれる姿勢があります。もちろんグローバル本社は様々な要望を出してきますが、「あれをしなさい」「こうしなさい」と頭ごなしに言われることはほとんどありません。
安全性・PMS部門に関しても、安全性の重要さを上司・経営陣・そしてグローバル本社がよく理解してくれており、提案・行動しやすい環境があります。実は、日本の安全性は世界一なのです。なぜなら、PMSを行い、製品販売後に安全性に関するデータを取ることが職務上の義務になっているため、安全性に関するデータが他国に比べて圧倒的に多いからです。
これらのデータはグローバルでも役立つものです。そのため、グローバル本社も私たちの重要性を認め、かなりの自由や提案のチャンスを与えてくれているのです。主体的に考え、行動できるチャンスが大きいことが、GSKで働く上での一番の魅力ではないかと思います。
どのような方がGSKに、安全性・PMS部門に合っていますか?
第一に、チャレンジ精神を持ち、積極的にさまざまな提案をしていける方です。GSKは、「患者さんのために」を日々考えながら、本質を捉えた提案を行い、実行していくメンバーの集まりです。その仲間になりたいと思っていただける方が合っていると思います。安全性・PMS部門に関して言えば、やはり安全性の重要さや魅力をご存じの方が嬉しいですね。それから、ここは新卒社員や若手も多い部署ですから、マネジメントや人材育成に興味がある方だと仕事に面白みを感じられるのではないでしょうか。
英語に関しては、もちろんビジネス英語が堪能であればベストですが、そうでなくても、英語を学ぼう、海外とコミュニケーションを取ろうとする意欲がある方なら十分です。安全性・PMS部門はグローバル本社と一緒に仕事をすることが多く、1〜2カ月間、イギリス本社やベルギー本社に短期滞在するメンバーもいます。このような経験をすると、英語にもなれますし、海外とのやりとりもスムーズにできるようになり、さらにグローバル本社との人脈が増えるという意味でもプラスに働きます。このようにビジネス英語力を鍛えられる環境も整っていますから、意欲のある方はいくらでも英語力を伸ばすことができます。
最後に繰り返しますが、患者さんのため、を考えながら仕事をしていただける方に来ていただけたらと思います。私たちのアクションの影響は、良くも悪くも計り知れません。その責任の大きさをやりがいに感じられる方に、ぜひ仲間になっていただきたいと思います。
吉田パスカル氏 プロフィール
1989年3月 (フランス)パリ大学医学部卒業。1989年から、日本ルセル(株)にて研修を受けた後、1992年からパリ大学救命救急センター医師として活躍。2001年、日本に帰国して Aventis Pharma Japan(2004年からSanofi-Aventis)にて臨床開発を行う。2005年、グラクソ・スミスクライン株式会社に転職し、臨床開発を経て現職。他に、2002年から横浜国立病院救命救急センター非常勤医師、2003年から帝京大学救命救急センター修練医、2011年から現在まで横浜市立大学医学部救急医学教室-客員講師を務めている。