製品開発で最も重要なのは、開発チームとマーケティングチームがゴールを共有すること
「クロレッツ ミントタブ」はどのような製品でしょうか?
「クロレッツ ミントタブ」(以下、ミントタブ)は、同じブランドのガム「クロレッツXP」のブランド価値を受け継いだ、錠菓(タブレット菓子)というカテゴリーから2014年9月に発売した新製品です。ガムが「スッキリ感が30分間持続」をお客様に提供するのに対し、タブレットが提供するのは「1O分間息爽やか」です。会議の直前やちょっとした仕事の合間など、ガムが噛めない状況でもリフレッシュをしたいというニーズに応えられる「錠菓」なら、製品の使用機会をもっと増やせると考え、3年ほど前に企画が立ち上がりました。パッケージや製品ラインナップは、すべてガムと揃えることで相乗効果を狙っています。
実は「錠菓」と呼ばれているカテゴリーにはまだしっかりとした定義がありません。そこで「ミントタブ」というわかりやすい名前をつけ、クロレッツ独自の「錠菓」を定義しました。ガムやキャンディとは異なる市場をもう一つ作るという考え方です。現にこの分野は年々売上が伸びており、2013年には330億円を超える規模のマーケットにまで成長しています。※1
※1インテージSRI「キャンディ(錠菓・清涼菓子)市場」2013年1-12月累計販売金額
製品開発から販売まで、どういったポイントに力を入れられたのでしょうか?
クロレッツブランドは日本がリーディングマーケットなんです。ですから、モンデリーズ・インターナショナルの知見をふんだんに取り入れつつ、製品開発からマーケティング戦略まですべてモンデリーズ・ジャパンで行いました。まずは他社の競合品とどれだけ違いを出せるか、といった製品の「付加価値」に力を入れました。たとえば、一般的な錠菓製品は5分の「息爽やか」の持続時間ですが、弊社は研究開発の末に、一般的な持続時間の2倍である「10分間」を実現しました。開発に成功した要因は、マーケティングチームと開発チームでしっかりとゴールを共有できたことです。ただ、「持続時間を2倍にする」というのは、かなり挑戦的なゴールではありましたが(笑)。マーケティングチームと、開発チームとでゴールの落としどころを見つけるのは簡単ではありません。マーケティングチームが考えるゴールに対し、開発チームが「無理です」と言うこともありますから。それでも合意してもらえたのは、「持続時間を2倍にする」というゴールの意義やブランドが掲げるビジョンに共感してもらえたからだと思います。
次に「消費者理解」です。弊社では、消費者一般の動向を分析するチームと、お店を訪れた人を分析するチームの2つに部署が分かれています。消費者理解はマーケティング戦略の出発点であり、非常に重要です。単に消費者の潜在的な欲求を理解するだけではなく、その分析結果を製品のコンセプトにいかに落としこんでいくかが肝心であり、その知見を着実に積み上げることが良い製品の開発に繋がります。特に今回のミントタブは、消費者理解が製品コンセプトに活かされています。例えば、クロレッツというブランドは消費者にとって粒ガムのイメージが非常に強いです。ですから新製品はガムと誤解されるリスクがありましたが、ミントタブのテレビCMではそのリスクを逆手に取り「ガムじゃない」というフレーズを前面に押し出しました。「ガムじゃない?♪ガムじゃない?♪クロレッツなのにガムじゃない?♪」というコミカルなCMソングを使い、玉木宏さんに踊っていただきました。もちろん社内で「ガムじゃない」をメインにするのはどうかと物議がありました。ガムの延長線上で「息爽やか」をメインにした方がいいのではと考えて、実は私も反対したしたのですが、担当のブランドマネージャーは譲りませんでした。「ガムじゃない」のCMと「息爽やか」を伝える王道のCMを作り、視聴者の反応を調べました。すると「ガムじゃない」の方が非常に評判が良かったんです。「ガムじゃない」のフレーズはあくまでも入り口で、「クロレッツなのにガムじゃない」の部分が消費者の好奇心を引き出したのかもしれません。これには私も大いに勉強させていただきました。
最後に製品の「パッケージ」です。お菓子市場にとって、特に重要な売り場はコンビニエンスストアです。しかし、コンビニは売り場面積が極端に狭く、POPなどの販促グッズを置けません。ですから店頭に並ぶパッケージ自体が、最も重要な宣伝媒体となります。製品のコンセプトやブランドイメージをパッケージに凝縮させ、お客様の手にとっていただけるものを模索する必要があります。今回はパッケージのデザインに際して、コンビニ担当の営業チームに開発段階から参加してもらい、マーケティングチームと営業チームでどのようなパッケージが最適か意見をぶつけ合いました。マーケティングチームが「もっとブランドを全面に出した方がいいのではないか」と主張すれば、営業チームは「まず店頭で目立つことが重要ではないか」と主張する。お互いにプロフェッショナルなので、とても有意義な議論ができます。その過程を経て、現在のデザインに落ち着きました。金属製のパッケージを採用し、エンボス加工(浮き彫り)をしています。ディテールにこだわり、いつも持ち歩きたくなるように仕上げました。実はこのパッケージは、弊社が中国で販売している「ストライド」というガムにも使われています。パッケージの供給源を1つにすることで大幅なコストダウンを可能にしました。グローバルで展開している強みを活かしながら、ローカルでも柔軟に対応する。弊社で「Power of Big and Small」と呼ぶ信条の良い例です。
いかに市場全体を成長させながら、ブランドの価値を高めていけるか
御社ではどのようなマーケティング戦略をとっていますか?
全てのマーケティング戦略の根底に、カテゴリー・グロース・ストラテジー(Category Growth Strategy)、いかにしてガムやキャンディというカテゴリーそのものを成長させるかという考え方があります。たとえば、コンビニのレジ前に小さな棚を設置すると、そのカテゴリーの売上が20%ほどアップすると言われています。弊社ではその場所を「ホットゾーン」と呼びます。そのホットゾーンを、ガムやキャンディといったカテゴリーで狙っていきたい。もちろんそこには他社製品もありますが、一緒にカテゴリー全体を成長させようという考え方です。カテゴリーの市場全体が成長すれば弊社だけでなく、小売店、競合他社にとっても有益です。我々の成長に、競合他社とマーケットシェアを奪い合う必要はありません。
ガムやキャンディなどのカテゴリー別ではいかがでしょうか。
ガムカテゴリの戦略では各ブランドが「ガムを噛む理由」を明確に打ち出し、競合品とは違うポジショニングを目指しています。クロレッツなら「30分間息爽やか」。長時間爽やかさを持続することは、錠菓やキャンディにはできません。爽やかさを長時間キープするのがクロレッツの原点です。そしてリカルデントなら「歯を丈夫で健康に」、ストライドなら「集中力の持続を応援」。ガムの使用機会を提案し、使用頻度が上がれば自然とカテゴリー全体の市場が活性化していくのです。数年前、ガム市場は縮小傾向にありました。「味」や「楽しみ」を重視するあまり、気がつくとキャンディや錠菓で代替可能な存在になっていたのです。そこで1年程前から「ガムでなければ提供できない機能」に立ち返りました。現在では粒ガム※2市場全体の売上も下げ止まり、前年比では回復傾向※3にあります。
キャンディでいえば、キシリクリスタルの戦略がわかりやすいでしょう。キシリクリスタルは袋入りハードキャンディの中で11年連続売上ナンバー1※4です。袋入りハードキャンディの市場はキャンディ全体の約40%※5を占めます。その中でキシリクリスタルは多くの方々に愛されるロングセラー製品となりました。このナンバー1をさらに10年、20年と継続していくことが大きな目標です。キシリクリスタルの戦略を一言でいえば「ブランドが持つ資産価値を活かしながら、新規性を出し続ける」です。製品改良を重ねることで、ブランド価値を高めています。キシリクリスタルは3層構造で、中央にひんやりとするキシリトール層、まわりに甘いキャンディ層があります。「冷涼感」と「甘さ」のコントラストが人気の秘密ですが、実は、味のコントラストがより引き立つように常に改良を続けています。キシリクリスタルの良さを維持しながら、新しさを出す努力です。さらに「新規性」を出すために抹茶、しょうが、塩キャンディ、エスプレッソなどの味のバリエーションを積極的に増やしています。業界ではフレーバーローテーションといい、季節に合わせて新フレーバーを出していく戦略です。キャンディ市場は、競合他社から新製品が頻繁に出て競争がものすごく激しい。その中で「キシリクリスタルの価値とは何か」「キシリクリスタルとは何か」という本質的な問を追究しています。そのためには地道な製品改良、消費者とのコミュニケーションしかないと思います。
※2 糖衣ガム
※3 インテージSRI調べ 対象カテゴリー:ガム 2012年1月?2014年12月 販売金額ベース
※4 インテージSRI調べ 袋ハードキャンディ市場 2003年10月?2014年9月 販売金額ベース
※5 インテージSRI調べ 対象カテゴリー:キャンディ 2012年1月?2014年12月 マーケットシェア(金額)
「喜びあふれるおいしい瞬間をつくりだそう」
御社のビジョンをお聞かせください。
私たちが「Dream」と呼んでいるミッションに「Create Delicious Moments of Joy(喜びあふれるおいしい瞬間をつくりだそう)」があります。世界トップレベルのお菓子企業として、単にお菓子をつくるだけでなく、美味しいお菓子を楽しむ時間を提供したい。それとともにお菓子市場のリーディングカンパニーとしてより成長したいです。今、お菓子市場全体が非常に厳しい。その中で長期的に安定的に売上を伸ばしていける会社を目指しています。弊社は今、大きな方向転換の時期です。2012年に本社が分社化したことにより、2013年7月に「日本クラフトフーズ株式会社」から現在の社名に変更をし、新しいモンデリーズ・ジャパンとして社内に新たなカルチャーをつくろうとしています。新たなカルチャーを作るのは非常におもしろいことです。変化を楽しみ、それを自分自身のモチベーションに変えてしまえる人が活躍できる場がたくさんあります。
モンデリーズ・ジャパンが求めている人材像を教えてください。
自分がブランドの責任者といえるようなオーナーシップがある人です。グレーゾーンにある仕事を遠慮するのではなく、私がやりますと動く人。視野を広く持ち、経験はありませんがチャレンジしますといえる人。そういう人にはチャンスが与えられますし、周りもサポートします。経験は積み重ねで得るものなので時間が解決してくれます。それよりも、仕事に対する姿勢やコミットメントが大事です。「この会社で何をしたいか」を理解し、言われたことをやるだけでなく会社を変えてやるぐらいの意気込みが欲しいです。
弊社で働く醍醐味の1つは、End-to-Endで製品コンセプトから製品開発、市場に出すまでのすべてを手がけることができるところです。消費者理解をし、購買意欲をそそるようなコンセプトに落としこみ、リサーチにかけて製品開発をしていく。自分で考えていたものが徐々に形になっていくのは非常に面白いです。他社だとここまで全部やらせてもらえないと思います。上から川下まですべてできる面白さを味わいたい人には最高の環境だと思います。
最後に川鍋さんにとって「ブランド」とは何かお聞かせください。
間違いなくいえることは、ブランドは「会社の資産」であるということです。積み重なって成長していく我が子のような資産です。ですから自分たちの原点はブランドにあると思います。ブランドには人と同じように強い個性が必要です。誰にでも受け入れられようとすると個性がなくなってしまいます。ブランドが消費者を選ぶぐらいの明確な個性がなければ、人の心に突き刺さるものは作れません。会社が合併、分社化してもブランドは残ります。ブランドを管理するマーケティング手法は多くありますが、ブランドを育てるのはそのブランドに携わる人々の想いだと思います。