たまたま配属されたチームで携わったPFIが、キャリアの一貫した軸となった
これまでのキャリアについてお聞かせください。
大学時代から政治に興味があり、国会議員事務所や役所でインターンをしていました。学校で行政学や政策の形成プロセスを学びながら、インターンの場では実際の政治の現場を見聞きすることができました。その経験も踏まえ、就職先を考えるにあたっては、行政や政治の直接的な構成員になるよりも、少し違う立場から関わりたいと思っていました。そこで民間の立場から政策に関わることができる前職の大手シンクタンクに入社しました。ここで配属されたのが、現在まで一貫して関わっているPFI (Private?Finance?Initiative)事業のチームです。
私が入社した時期のPFIとは、公共建築物を新たにつくる際、行政が発注者となって民間に設計・建設・運営を任せるという公共事業の手法という位置付けでした。公共事業に民間の資金や優れたノウハウを活かせることから、日本では1999年に法律が制定されました。PFIの枠組みができた当初は、地方自治体の公共事業に適用されていましたが、私が前職に入社した2002年頃から、国の公共事業にもPFIを適用する動きが出ていました。その第1号として国が持っている国家公務員向けの宿舎の建て替えをPFIで行うことが決まり、そのアドバイザーチームに入りました。
PFIのアドバイザー業務というのは、様々な分野の専門家の意見を集約し、論点を整理して行政側に分かりやすく伝える仕事です。金融の専門家、財務会計や税務の専門家、法務の専門家、建築技術の専門家など、ひとつのPFI案件に対して、非常に多くの専門家が関わります。行政が民間に業務を発注するにあたって、どんな選択肢があるのか、それぞれについてどんなリスクが考えられるのか、多面的に論点を整理して、要点を把握してもらう必要があります。その際に様々な専門家の意見を顧客の立場に立って交通整理し、意思決定をサポートするのが、アドバイザーの役割です。専門家の意見をすくい上げてまとめつつ、行政の持つ問題をどう解決するか。クリエイティブで非常に面白い仕事ですが、そのためには様々な専門家と議論できる知識の習得が不可欠で、当初はこれに苦労しました。
PFIのアドバイザーとしてどんな苦労があったのでしょうか。
専門家たちの意見を集約し、論題の要点を掴むためには、専門家たちの仕事や立場をわかっていなくてはいけません。もちろん、同じくらい網羅的にその分野を知っている必要はありませんが、どの分野についても最低限の広く薄い知識が必要です。私は大学時代、行政のことを勉強していましたから、クライアントである行政の立場や業務についてはある程度の知識を持っていました。ただ、アドバイザーに求められるのは、“官側”の知識よりも“民側”の知識なのです。行政は、内部にない知識や問題解決法を求めてPFIを行うわけです。彼らが持っていないものを提供しなければ、アドバイザーの業務は成り立ちません。学生時代に学んできたこととはまったく違う知識が必要でした。財務諸表の読み方からはじめて、金融・財務・法務の知識を、ひととおり身に付けるまでは毎日が勉強でした。議論で出てきて知らなかった言葉を、戻ってから必死に調べて覚えました。その場では分からないことを気取られてはいけませんから、内心はかなりの冷や汗ものでしたね(笑)。
そんな状況で、入社3年目には一緒に仕事をしていた先輩たちが異動してしまい、PFIという世界で独り立ちせざるをえない状況になってしまいました。ですが、いまから振り返ってみると、あの頃に背伸びをして案件を回さなければならない状況に追い込まれたことが良かったように思います。日々の仕事を一生懸命にこなすうちに、自分の能力を最大限伸ばすことができました。そうした中で、当時のPFI事業の代表ともいえるようないくつかの案件に出会うことが出来ました。それを担当できたことで、PFIの市場で認知されるようになり、人脈も広がっていきました。
監査法人の持つ財務知識と、これまで培ってきたPFIのノウハウがあれば負けない
現職に転じるにあたっては、どのような心境の変化があったのですか?
前職では夢中でいくつもの案件を手がけてきましたが、PFIの先行事例が積み重なるにつれて、従来型のPFI自体は徐々に規格化されていきました。PFIの制度が導入されて間もない頃には、アドバイザーの創意工夫の余地が多く残されていました。しかし、規格化される中で徐々にアドバイザー業務も均質化していき、他社との差別化が難しくなりました。そうなってしまうと、アドバイザーの選定は価格入札になっていきます。
こうした状況の中で、入社7年目くらいから政府の中でコンセッションという新しい手法の日本への導入を提案する機会を得ることが出来ました。コンセッションとは、広い意味で言うとPFIのひとつの方式です。従来型のPFIが、新たに発生する公共事業を民間に発注するのに対して、コンセッションは、すでに事業として運営されている公共事業を民間に移行する方式です。その結果、幸いコンセッション自体はその必要性が認められて制度化の道筋が見えてきました。ですが同時に、コンセッションの制度ができたとしても、その際に出てくる案件に自分自身がアドバイザーとして関わることができなければ、ビジネスとしては元も子もないと考えたのです。そこで、よりアドバイザーとして関われる可能性の高い会社へ転職することを決意しました。
コンセッションのアドバイザー契約を結ぶにあたっては、2つのことが重視されることが多いです。ひとつは、日本で前例のない方法ですから、参考となる海外の先行事例を紹介できること。これは、多くの海外事例を持っている外資系企業が有利です。もうひとつは、財務や法務の知識。コンセッションの場合、ゼロから公共建築物等を作るわけではないので、従来型のPFIで中心を占めていた建築などの技術の専門家だけではやり切れません。政府によって運営されている公共事業に民間が参画するにあたっては、その事業価値を財務的に評価し、適切に開示することが求められます。外資系企業であって、財務に明るい人材が豊富なところと考えると、グローバルな四大会計事務所と提携している監査法人がいいのではないか、と思いました。
その選択肢の中では、前々からアーンスト・アンド・ヤング(EY)の公共事業のチームとは面識があり、問題意識と高い志を持ったチーム、という印象がありました。また、監査法人は、監査という関係を通じて企業とともに栄えている業態です。コンセッションを導入する公共事業が増えることは、従来は行政が行っていた事業が企業化されていくということも意味しますので、監査法人としてもビジネスの機会が増えることであり、この分野に注力して取り組む組織としての理由があり、バックアップも期待できるということになります。そこで、現職を希望したのです。
御社の強みは、どんなところにありますか?
まず、我々のチームには、コンセッション制度を国が検討し始めた段階から何らかの形で関わってきたメンバーが、様々な会社から集まっています。これほど初期の段階から、深く関わってきた経験を備えたスタッフがいる会社は、他にはありません。この仕組みに関わる行政側の担当者や民間企業の担当者の方より我々の方が知識や経験があり、制度設計の意図や細部の留意点を踏まえてアドバイスができます。このように制度設計の段階から関わり、実際に事業として動き出した後の実務的なPFIのアドバイスまで一括して提供できるところは弊社しかないのではないでしょうか。
また、弊社がEYというグローバル企業のメンバーファームであることのメリットも大きいでしょう。EYには公共事業専門のアドバイザリーチームがあります。このチームとは密接に連携しており、先行事例として興味深いものを紹介してもらったり、仕事を手伝ってもらったりしています。例えば、仮に国の財政が厳しくなった時どんな対応が必要なのか、EYギリシャの協力を得て財政危機後のギリシャにおけるコンセッション制度の活用について合流してケーススタディをしたこともあります。また、我々が日本の上下水道のコンセッションのアドバイザーをすることを知ったEYモスクワから「ロシアではこんな事例があるから情報交換しよう」という連絡が入ったこともあります。日本で案件が動き出すと、世界中のEY内部で関心を持たれる。グローバルファームならではの有意義な情報交換ができています。
最後に、組織としてコンセッションのアドバイザー業務を後押ししてもらえているという感覚があります。私がここに移ってきたときには、まだ社会人になってちょうど10年程度しか経っていませんでしたが、それでも新たなビジネスを立ち上げるというチャンスを与えてもらいました。また、会社全体でこの業務を新たに立ち上げていくという意思のもとで仕事をしているので、様々な場面で協力を受けたり助けられたりすることは多くあります。社会的な意義があることはやるべきだという企業文化は、監査分野のトップファームとしての責任とプライドなのかもしれません。
ニッチな市場の最前線で働くからこそ、大きな夢が見られる
この仕事で活躍できるのは、どんな人でしょうか?
PFIの仕事は新しい分野で、これまでになかった官民の役割分担を実現させていく創造的な仕事です。一方で、行政から民間へ事業を移行するにあたっては、体系的に情報を整理して緻密な文書を作成する能力も不可欠です。議論の末に決まった役割分担を、何十ページもある契約書に落とし込んだり、事業者を選定するための提案依頼書を作成したり、求めるサービスの内容と範囲を明文化して、サービスレベルの基準をつくったり様々な文書を作成しますから。創造的な仕事と緻密な仕事というのは、ある意味で相反してしまうこともあります。そういう意味で、両方身に付けることが望ましいですが、少なくともどちらかに強みを持っていれば十分ではあります。ただ、経験が少ない段階では、前述のような複数の専門家の意見を取りまとめて、契約合意のゴールまで導くクリエイティブな役割をいきなり果たすのは難しいと思います。そういう意味で、まずは顧客と議論をしながら文書を作成していく経験を積み、そこで、いろいろなPFI案件を見聞きしていくなかで、どちらの役割に進むかを考えていく、そういうことを厭わない人材である方が、活躍しやすいかもしれません。
もうひとつ、民間企業ではなく、行政を顧客とするコンサルティングならではの苦労として、ひとつの案件が終着するまでの期間が長いということがあります。行政の場合、アドバイザーとの契約が単年度で行われるのが通例です。また、担当者も2年で異動となることも多いです。そうなると、年度替わりのタイミングで次の契約が結べるまで業務がストップすることもありますし、新しくやってきた担当者とまた一から関係を築き上げる必要が出てくることもあります。こういったことの積み重ねで、民間で1年あればできることが、行政相手の場合は4?5年かかることがざらにあります。私自身もそうでしたが、この分野について一人前になるまでに、10年はかかります。できる限り多くの案件をこなして早くスキルアップしたい、それによってキャリアを展開させていきたい、と考える方もいらっしゃるかもしれません。ですが、我々の場合はクライアントが行政ですからそう多くの案件を一気に回すことは難しいのです。こういった特殊性に適応して、じっくりと取り組める人が向いているのではないでしょうか。
最後に、御社に興味を持っている方に向けてメッセージをお願いします。
私のやっているコンサルティングは、ここまで聞いていただいた通り、ニッチな市場を対象としています。ただ、大きな市場では案件が多く、たくさんのチャンスがありますが、同時に多くのライバルがいて能力の差別化がしにくいものです。私たちが取り組んでいるコンセッションの分野はまだ確立されていない市場です。今後大きく発展していくのかどうかわからない状態で、個人として一人前になるまで時間がかかる長期投資でもある。ただ一方で、私たちと一緒に10年働いて、この市場を立ち上げることができたら、かならず第一人者になれます。また、私自身がPFIの初期段階に参加した経験からも、新しい分野で象徴的な案件を手がける楽しさ、キャリアにおける付加価値は保証できます。立ち上がりの時期の今だからこそ、個人として、他の人には真似できないキャリアが身に付くはずです。ニッチな市場であることを承知の上で、この分野に賭けるつもりで飛び込んできてほしいですね。
そして、私たちが手がけるのは、どれも社会的な注目が大きい仕事です。自分が関わっている事業が、日本経済新聞の一面で取り上げられることもあります。その分、社会的な責任は大きいですし、行政という民間企業にはないルールに縛られたクライアントと共同作業を行うには、特有の難しさもあります。それでも、日本という国が20年後、30年後に良くなっているかに影響を与える仕事ではないかと自負しています。行政や公務員の方でなくとも、日本の国に対する貢献ができる仕事です。多くの人材を求めている分野ですから、腕に覚えのある方はぜひ私たちのチームに入ってほしいですね。