社長がすべてを決めて、それをやるしかない、という組織ではないんです。みんなの協力を得つつ、ひとつの方向にしていかないといけない。
グローバルな環境で活躍する「外資系トップ」として、信念にしていることを教えてください。
私が社長になるとき、ちょうど会社がビジネスユニット制、いわゆる事業部制に移っていくところだったんですね。日本法人を5事業部に分ける。私は日本法人の社長ですが、それぞれの事業部にはリーダーがいて、この人たちはダイレクトにグローバルの事業部門のリーダーにレポートする。組織そのものがいっそう、グローバルになったんです。
一方で、日本法人として、ワンカンパニー(ひとつの文化)を維持して、お互いが協力し合う関係を作らないといけない。そういう縦軸と横軸のある複雑な組織になった。
さらにこの10年ほどで、ファイザーは幾度かの大型合併をしていました。ですから、いっそうコミュニケーションの重要性が求められました。社長であれば、意思決定をするという責任はありますが、社長がすべてを決めて、それをやるしかない、という組織ではないんです。みんなの協力を得つつ、ひとつの方向にしていかないといけない。
ビジネスユニットがあり、外国人もいて、さらに異文化の会社の統合という中で、私の役割があるんですね。本当に多様な人たちが多様な仕事をしていく中で、これまで以上に重要になるのが、ワンファイザーとしての企業の理念、ミッションだと私は思いました。そこで、全社員に価値基準の浸透を図ろうとOPF(Our Path Forward)カードを全社員に携帯してもらうことにしました。これが、我々の羅針盤なんです。
カードには、企業目的やビジョン、ミッション、バリューなど、たくさんのことが書いてあります。私も覚えきれないんですが、だからこそ持って歩く意味がある。わからないときには、それに立ち戻ればいい。ファイザーのようなグローバルで、多様な背景を持つ社員が社是や社訓を、3つか4つ、暗記しておいたら、それでいいよ、というふうにはやっぱりならないんですよ。覚えきれないけど、なるほどこれはファイザーらしいと思っています。でも、ベースには立ち戻れる。羅針盤ですから。
どうして英語が必要になるのか。それは、信頼関係を作るため、だと思うんです。
「英語力」というテーマですが、グローバルな環境でのコミュニケーション力についてお聞かせください
39歳のとき、ニューヨークに半年、研修に行く機会があって。英語ができないから、2カ月間、ワシントンのジョージタウン大学で英語のトレーニングを受けたんです。ここは、アメリカ政府から奨学金をもらってアメリカの大学院に行く途上国からの若い学生たちがたくさん来ていました。そこにポンとその年齢で放り込まれてしまって。
びっくりしたのは、若い学生たちは、英語をどんどんしゃべることです。でも、訛りがすごくて、ひどい英語なんですね。それでも、しゃべる。ところが、クラスで作文のテストが出ると、私のが模範解答で貼ってあったりするんです(笑)。それでも私はしゃべれなくて、彼らはしゃべれる。なるほど、これが英語か、と思いました。多少きれいな英語を書いて模範になっても、コミュニケーションができないのでは意味がないわけです。
英語の勉強というのは、TOEICの点数を取ることとは違うんですね。100点でパーフェクトでも、それはキレイな英語を聞き取れますという話なのであって、そうじゃない英語もたくさんある。それを考えると、ノンネイティブな人間からしたら、英語の勉強には卒業なんてものはないんです。どこまでもやり続けなきゃいけないんです。
そういえば、今も覚えているんですが、社長になる前、前社長がこんなことを言いましてね。「梅ちゃん、ニューヨークの幹部に梅ちゃんのことを話したら、誰だ、それは、って言われちゃったんだよ。ちょっと、ニューヨークに行って、私が梅田です、と言っておいてくれ」と。思えばそれが、前社長からのメッセージだったんだと思います。でも私は、そういうことに、なかなか気づけませんでして(笑)。「いいですよ、そんなこと。別に特に目をかけてくれ、なんて思ってないですし、いいです」と返していて。
それでいよいよとなったとき、今のアメリカ人のCEOが就任直前、私を部屋に呼んでくれましてね。でも、お前が次の社長、だ、なんてことは言われないんです。これは本当の話なんですが、言われたのは、英語を勉強しておいてくれ、と。どんなに素晴らしい考えを持って、その国の人から尊敬されていても、英語ができない人間としゃべったとき、こいつは本当に大丈夫なのか、と思ってしまうから、と。
ただ、勘違いはしてほしくないんです。どうして英語が必要なのか。信頼関係なんです。うまくいっていることだけじゃなくて、うまくいっていないことまで、きちんとコミュニケーションできるか。外国人の前で、ピーター・ドラッカーの言う“真摯”でいるには、英語が必要になるのだということなんです。逆に言えば、どんなに英語ができても、それができないと信頼関係は生まれません。
いいことも、都合の悪いことも、きちんと伝えようとしているか。私はそれができれば、英語力は後からついてくるとも思っています。彼の英語、彼女の英語は今ひとつだけれど、僕は彼のことが好きだ、彼女のことが好きだ、信用できるから。そう外国人に言ってもらえること。まずはそこから、始めてみてほしいと思うんです。
Text by 上阪 徹
(書籍「外資系トップの英語力」では、梅田氏インタビューについて、さらに詳しい内容を掲載しています)