中学時代に出会った“日本”が、キャリアの原点に
周さんはご出身が中国・上海とのことですが、日本に興味を持ったきっかけから教えてください。

周:きっかけは中学生の頃に出会った日本のアニメやマンガ文化です。特に伝説のバスケットボールマンガと呼ばれる有名な作品には強く影響を受けました。その興味の延長で大学は上海外国語大学の日本語学科に進学し、日本語を専門的に学びました。日本のカルチャーが大好きでしたね。学生時代の当時はブログのようなSNSが流行っていて、日本の小説や音楽CDの内容を中国語に翻訳したり、紹介したりするボランティア活動をしていました。日本語を学ぶための実践の場としても、自分の関心を活かせる場所としても、とても意味のある経験でした。
その当時はまだ現実味がありませんでしたが、いつか日本で働けたら素敵だなとは思っていました。ただ、どうやってその道を実現するかは、まだ具体的には見えていませんでした。
日本発の処方を、現地のニーズにカスタマイズして届ける
最初のキャリアは、上海での日系化粧品メーカーでのご経験なのですね。
周:はい、最初はKOSÉに入社しました。日本の処方をベースにしながら、中国市場向けに香りやテクスチャー、パッケージを分析し、調整していく商品企画の仕事です。中国の女性と日本の女性では、好みも習慣も全然違いますから、現地のインサイトを踏まえた上で、アジャストする必要があり、まさに“翻訳”的な役割でした。日本の高品質な処方を活かしつつ、中国の消費者にとって魅力的な商品に仕上げる。そういったローカライズしてゆく仕事の面白さを、そこで初めて実感しました。
「なぜ、これは売れなかったのか」──マーケティングへの目覚め
周:とても楽しく仕事をしていましたが、商品企画の仕事の中で、「この製品は本当に素晴らしいのに、なぜ売れないのだろう?」という疑問が湧いてきたのです。その答えを知りたくて、ブランドマーケティング、とくにブランドコミュニケーションの世界に踏み込もうと決意しました。まずは、マーケティングのノウハウをしっかり叩き込みたいと思い、広告代理店の博報堂へ転職しました。
博報堂では、クライアントである日系大手消費財メーカーから発売したヘアケアブランド、のアジア展開をサポートする仕事をメインに行っていました。日本で開発された製品やクリエイティブを、そのまま海外に展開できるか──コンセプトの調査からメッセージ調整、現地での広告・PR施策まで、幅広く担当しました。現地消費者の視点で、何が刺さるのかを見極めていくという仕事にやりがいを感じていましたし、パッケージが可愛いだけで手に取る急速成長市場にいる海外生活者と、納得できる理由がないと購入に至りづらい成熟市場である日本の生活者。価値観や購買行動の違いを、現場でリアルに学べたのは、いまでも私の大きな財産になっています。
その後、事業会社への回帰をされています。
周:広告代理店では提案が採用されるかどうか、最終判断はクライアントに委ねられます。だんだん「自分がブランドオーナーだったらどう動くだろう?」という気持ちが強くなってきました。そして、もう一度、メーカーの中でブランドを“育てたい”と思うように。そこで、次に選んだのが、ヘアケア・ヘアカラーブランド「サイオス」を展開するヘンケルでした。「サイオス」は元々日本のヘアサロンから生まれたブランドで、担当した当初は本国(ドイツ)主導で、グローバル商品を日本に展開する形で、なかなか苦戦でした。ブランドのアイデンティティを辿りつつ、日本消費者のニーズを反映した製品を本国・リージョンマーケに提案し続けたところ、ようやく実現できたのは「たった1回で染まるカラートリートメント」でした。この製品のヒットをきっかけに、日本独自のトレンドに合わせた製品開発にも主体的に関わることができるようになりました。
「売れる仕組みを自分の手でつくりたい」という想いがあり、8年在籍したことで、ブランドを軌道に乗せるところまでしっかり貢献でき、もう少し広いカテゴリー、そして男性も含めた新しいターゲットに挑戦したいという想いが強くなってきた折、当時お話しのあった現職シック・ジャパンにチャレンジをしました。
シェービングから始まるスキンケアという新しい提案
新メンズスキンケアブランド「progista(プロジスタ)」の立ち上げは、シック・ジャパンとしても大きな転機だったのではないでしょうか?

周:そうですね。シック(Schick)といえば「カミソリ」のイメージが強く、実際に29年以上シェアNo.1の座を誇っており、ブランド認知度としては80%以上あります。本ブランドは「シェービングから始まるスキンケア」という新しい切り口で、カミソリだけではなくカミソリ後の肌にも着目し、男性の方々に肌をトータルでケアする習慣を提案したいと考えました。
スキンケアという新領域に踏み出すことに、不安はありませんでしたか?
周:もちろん、ゼロからの挑戦なので簡単ではありませんでした。スキンケアは競争の激しい市場で、しかもシック(Schick)は従来のビューティー企業とは異なる印象を持たれている。だからこそ、パッケージ、販路開拓、マーケティング、PRすべてにおいて“ビューティーらしさ”を意識した、新しい見せ方が必要でした。そのため、たとえば伊勢丹メンズ館をはじめとした百貨店でのポップアップ出店、店頭でのビューティーグルーミングアドバイザーによるカウンセリングなど、これまでとは異なるアプローチを実践しています。
ブランドの「美学」を形にする、感性とデザインの力
製品設計で特に意識されたポイントはどこにありますか?
周:使い続けたくなる機能性や効果はもちろんですが、毎日手に取ってくださるものですので、製品の手触りや質感にも意識しました。シルキータッチのボトルや、柔らかさのあるパッケージ素材、あえて透明な容器を選んだのも、シェービング中にジェル越しにヒゲが見えることで安心できるという消費者インサイトに基づいています。
また、色使いや世界観も大切にしています。実はインスピレーションのひとつが映画。色彩や構成から学び、店舗什器やビジュアルにもそのエッセンスを取り入れました。“見た目”の美しさが、ブランドの世界観を伝えるキーワードになると思っています。
ロジックだけでは人の心は動かない。直感的に「触ってみたい」「飾りたくなる」と思える美しさが、ブランドに対する愛着を生むのだと思います。ビューティー領域で長年働いてきた経験と、日常的にアートや音楽に触れていることも、感性を磨く源になっています。
日本が主導するグローバル開発──「作る責任」と「広がる喜び」
シック・ジャパンはグローバルブランドですが、日本での裁量も大きいのでしょうか。
周:日本はグループ全体の中で2番目の市場規模を持ち、<イノベーションリーディングカントリー>として日本からイノベーションを発信する役割を担っています。特筆すべきは、「意思決定のスピードと自由度」の高さが挙げられます。シック・ジャパンはグローバル全体でも戦略的に重要な市場であり、方向性の合意さえ取れば、日本市場に合わせた製品開発やブランディングが非常にスムーズです。外資系としては珍しく、リージョンやグローバルとの煩雑な決裁プロセスを経る必要が少ない点は、非常に魅力的ですね。
プロダクトでいうと、「progista(プロジスタ)」も、GENZ世代に向け提案する「Schick First Tokyo(シックファーストトウキョウ)も日本が主導しています。
日本発のプロダクトが、他国にも展開されるというのは、シック・ジャパンならではだと思います。コンセプト作りから始まり、製品・パッケージの開発、プロモーション設計まで、一貫してゼロから創り上げました。特に複数プロジェクトを同時進行で立ち上げたのは、とても大変ではありましたが、それ以上に「ゼロベースで創る」ことの面白さを感じられた経験でした。
また、台湾、香港、オーストラリア、フランスなど、同じコンセプトでのグローバル展開が進んでいます。海外の研究所や開発チームとの会議も定期的に行い、日本の施策をプレゼンする機会も増えてきました。
他国から「日本のやり方を、是非真似してみたい」と言ってもらえると、本当に嬉しいですね。ブランドの成長にダイレクトに貢献できている実感があります。
現場でブランドを育てる──「一歩踏み出す」人が輝ける組織
チームの雰囲気や働き方について教えてください。

周:今、私のチームには若手からマーケティング経験が豊富なメンバーまで4名のブランドマネージャーが在籍しています。この2年で体制が大きく変わり、より多様な視点とエネルギーが集まるようになりました。具体的には、ビューティーインダストリーでの経験を持つメンバーを迎えることで、開発プロセスや業界特有の文化への理解が深まり、チーム全体としてのドライブ力が増しています。
私が大切にしているのは、若手メンバーの「やりたい」を尊重しながら、それを戦略と繋げること。その上で軌道修正が必要であればサポートし、他部署との調整も含めて彼ら彼女らが動きやすい環境を整えるのが自分の役割だと考えています。
ある若手メンバーは、ポップアップ期間中に自ら希望して店頭に立ち、実際にお客様と対話しながらニーズを収集。「シックがスキンケアをやっているの?」という声から、「信頼できるブランドだから買ってみたい」という反応まで、すべてがリアルな学びになったと思います。
最近では、<アートサイエンス>という言葉も聞かれるようになってきました。良いプロダクトは大前提。そこからクリエイティブの力で、購買のモチベーションをあげていく。直感的にこの製品を見て手に取りたいかどうか、これはとても重要なポイントです。
ブランドは“デスクの上”だけでは育ちません。現場で得た気づきを製品やPRに活かしていく。五感で感じ、会話の中からヒントを拾い、アイデアを形にしていく──そういった「行動力」や「感受性」が、マーケターとしての成長を加速させるのだと思います。
今こそ「動けるマーケター」が求められている
どんな人がシック・ジャパンのブランドマネージャーに向いていると思いますか?
周:まず、ブランドや製品に対する“愛”がある方。どれだけロジカルでも、愛のないものづくりには魂が宿りません。そして、変革期のいま必要なのは「周囲を巻き込んで行動できる力」。私たちのバリューでいう“Move forward(ムーブフォワード)”ですね。
英語力もある程度は必要です。開発や調整で米国、中国、EUのチームとやり取りする機会が多いため、語学は「手段」として使えることが重要になります。
グローバルキャリアの可能性もあるのでしょうか?
周:はい。経営層も社員のグローバルでのキャリアの機会の具現化を進めています。社内でも海外の開発責任者とフランクに話す機会があり、実際に国境を越えたプロジェクトも進行中です。
ブランドとともに、自分自身も進化していく
最後に、転職を検討しているマーケターに向けてメッセージをお願いします。
周:どんなに環境が整っていても、「自分で動く」ことを忘れないでほしいです。待っているだけでは、チャンスはなかなかやってきません。私は過去の転職を通して、「自分がブランドを持ち、育てる」という夢に一歩ずつ近づいてきました。
シック・ジャパンは、ブランドをゼロからプロデュースし、国内外に広げていける数少ないフィールドです。今後はメンズだけでなくウィメンズやボディケア領域にも積極的な展開を計画中です。
一緒に、トータルビューティーグルーミングケアの文化そのものを共に創り上げていける仲間を、心からお待ちしています。
インタビューを終えて
聞き手:コンサルタント 鈴木秀和

周さんのお話からは終始、プロダクトへの愛着やパッションなどが伝わってきました。例えば、本文中に出てくる「progista(プロジスタ)」に関しても、こだわりが詰まった商品ですので、是非とも、店頭で手に取っていただけると、そのこだわりが実感できると思います。シック社はトータルビューティーグルーミングケアを扱う会社への変革の途上で、日本法人独自の取り組みを進めることができるなど、やりがいのある環境であることを再認識できました。外資系企業の中でも、これほど自由で裁量権のある環境はなかなか無いと思いますので、本インタビューを通じて、そのあたりもご理解いただけますと幸甚です。
Photo by ikuko
Text & Edit by ISSコンサルティング