外資グローバル企業の本社や企業内リーダーシップ開発機関で人材開発・組織開発のプロとして働いてきた
現職に至るまでのご経歴を教えてください。
父が「学歴競争のレールに乗る必要はない」という考えの持ち主で、私たち兄弟は中学から自由学園に入学しました。自由学園とは、「生活即教育」をモットーに、机上の勉強だけでなく、養豚や農業が授業の一環であったり、寮生活での集団生活を行ったりするなど、24時間の生活全てを学びの場と考えている学校です。そこで学ぶうちに、開発途上国の経済発展に関わる仕事をしたいと思うようになりました。また18歳の時、東京都内高校生国際交流プログラムに参加して、米国のプリンストン大学で1週間ほど海外の高校生たちとの共同生活を経験したことで、米国で勉強することに興味を持ちました。その2つの興味が合わさって、政治学・国際関係学を学ぶために米国のローレンス大学に進学することを決めました。
最初は、授業の英語が半分しか分からずに大変でしたが、1年ほど必死に学ぶうちに付いて行けるようになりました。当初は政治学を専攻として学んでいたのですが、NGOでの活動などの経験を通して、人と組織の営みに興味が湧いてきました。そこで、大学卒業後はコロンビア教育大学院で、国際教育開発を専攻し、産業組織心理学や行動科学、人的資源管理学などを学びました。当初は国際機関で働くことを考えていたため、国連本部でのインターンも経験しました。しかし、個人的にはやや官僚的な組織風土がなじまなかったこともあり、「民間の方が思い切り働けるのではないか」と考えるようになりました。実は世界銀行からオファーもいただけたのですが、それを断って、日本に帰国して人と組織に関わる仕事である人事でのキャリアを選ぶ決断をしました。
新卒で入社したのは、 米国の保険金融グループです。米国本社の人事リーダーシッププログラム生として入社しました。これは、2年間で日本法人の人事部にある各人事機能を短期間にローテーションし、人事の専門家として早期に立ち上がるためのプログラムです。その後の私は昇進が早く、29歳頃に人事企画マネージャー、31歳頃に人事課長を任され、程なくして「いずれ人事部長にならないか」というお話をいただきました。ただ、当時の私は人材開発や組織開発に強い興味を持っていて、ジェネラリストである人事部長よりも、人材開発・組織開発のプロフェッショナルになりたいという想いが強かったため、部長昇進のオファーを断り、2006年にドイツ物流グループの日本法人に移りました。
希望通り人材開発・組織開発のリーダーに就任し、日本法人の研修体制構築や、組織開発・変革推進プロジェクトを展開していたところ、その仕事ぶりを海外の同僚からも評価してもらい、2010年から2年間はドイツ本社のエグゼクティブディベロップメントチームに加わりました。このチームでは、グローバルの上級役員であるマネジメントメンバー達の人材育成を専門に行いました。同社には、ドイツ郵政やロジスティクス事業、金融事業など多岐にわたるビジネス領域があり、こうしたビジネスがグローバルで総合力を発揮するためには、各国・各領域のリーダーたちがお互いのビジネスを理解する必要があります。そのために、リーダーが領域を越える異動をしたり、違う領域をお互いに学び合う機会をつくったりするのが、個々人の能力開発に加えて、エグゼクティブディベロップメントの大きな仕事の1つでした。
帰国後に声を掛けていただいて、2014年に米国コングロマリット企業に入社しました。同社が開設した世界初の企業内リーダーシップ開発機関に所属して、日本とASEANのラーニングリーダーを務めました。ラーニングリーダーとは、日本や東南アジア各国でリーダーシップ研修などのプログラムを企画・実施するプロフェッショナルです。リーダーシップ開発研究所での研修は細部までこだわってデザインされており、常に時代の最先端を行くラーニングを追求していました。例えば、私が入った当初は100枚ものスライドを使う研修をしていましたが、ある時からスライドは最低限しか使わず、講義よりも参加者同士を徹底的に議論させることに重きを置く研修に舵を切りました。研修内容そのものからも、世界中の優秀な同僚や参加者からも、ポジティブな刺激を受け続けた日々でした。
次に、2019年に日系化粧品会社のグローバル本社に移り、グローバル共通の研修体系の構築や、パフォーマンスマネジメントシステムの導入などのガバナンス作りを手がけた後、2021年からPwC Japan合同会社に在籍しています。
組織の強さと健全さの両方を実現できるリーダーを育成したい
インクルージョン&ダイバーシティをどう捉えていますか?
私が多様性について深く考えるようになったきっかけの1つは、ドイツ物流グループのドイツ本社時代にあります。同社のエグゼクティブディベロップメントチームには、ドイツのみでなくイタリア、米国、中国、シンガポール、そして私の出身国である日本など、さまざまなカルチャーのメンバーが集っていました。私はこの時の経験を通じ、カルチャーの違いが障壁にも強みにもなることを強く実感しました。
ドイツ人にはマイスター制度などに代表される職人気質のイメージがあることから、日本人に似ていると言われることがありますが、日本は高コンテキスト文化である一方、ドイツは低コンテキスト文化であるという意味で、両国は対極にあるとも言えます。例えば、日本では「ちょっと今忙しくて難しいかな。できればやりたいのだけど」のように、やんわりと断ることができます。互いにある程度の共通の価値観や文化を共有しているため、言葉で説明しなくても伝わることが多いのです。ところがドイツでは、明確に「できない」と断らない限り、断ったことにはなりません。ドイツでは良くも悪くも、言葉の裏を読む必要がありません。耳が痛いことであっても、物事をはっきりと伝えることを良しとします。日々の仕事でも、きっちりとタスク分解をして、一人ひとりが各タスクを担当します。そうやって個々の責任を明確にする文化です。日本はタスク分解がもっと緩やかで、担当者も複数いて、お互いに助け合う形も多いと思います。少なくともこの面では、両国の文化はかなり違います。
日本文化が強みになることもあります。私はドイツ時代、ミーティングをファシリテーションした後に「なんで仁は、私が発言したい時に、タイミング良く発言を促してくれるの?」とよく言われました。日本には私と同じように、相手の表情や身体の動きから心を読むのが得意な人が珍しくないと思うのですが、世界を見渡すとそれが苦手な人たちがたくさんいるのだと気づかされました。
そのようなカルチャーの違いがあるからこそ、私は相手と接する際にはできるだけ先入観を持たないように気をつけていました。相手の話をいったん全部聴き、相手をそのまま理解しようと努めました。その結果、「仁は誰に対してもフェアだね」と言われるようになりました。おかげで、色々な人と仲良くなりやすかったですね。
良いリーダーとはどのようなリーダーですか?
組織の強さと健全さの両方を実現できるリーダーだと、私は思います。これは言うほど簡単ではありません。なぜなら、KPIを追い求めて強い組織をつくろうとするあまり、組織が健全でなくなるケースが多いからです。反対に、優しいだけのリーダーもいます。そうしたリーダーは、一見すると健全で居心地の良い組織をつくりますが、チームは烏合の衆になってしまい、ビジネスの結果も出ません。その間でバランスを取りながら、メンバーを信じ、熱意を持ってパーパスやビジョンを語り、自身も腕を捲りながらメンバーを鼓舞できるリーダーが、良いリーダーではないでしょうか。良いリーダーがいると、良い会社ができていきます。私は人材開発のプロとして、そういうリーダーを育成したいといつも願っています。
さらに、今の時代では「コレクティブリーダーシップ」がポイントだと考えます。なぜなら、これだけ世の中が複雑になると、ヒーローのような万能なリーダー1人に全ての判断を委ねるのは危険だからです。いわゆる、ポストヒロイック・リーダーシップが必要なのです。その意味で、PwCのパートナーシップ制度はユニークで、世界の新たなリーダーシップの形になる可能性を秘めていると考えています。パートナーシップ制度では絶対的な権限を持つトップがおらず、パートナー全員の緩やかな合議制のもとで時間をかけて話し合い、お互いのチェックアンドバランスや補い合いをしながら、物事を決めていきます。私はこの仕組みに大きな期待を持っています。
Community of Solversを目指して、パートナーたちが学び合い、刺激し合える環境を用意する
PwC Japan合同会社ではどのような役割を担っているのですか?
PwC Japanグループのパートナー(一般企業の役員クラス)やパートナー候補者の人材育成を担当しています。さまざまな学びの場や研修プログラムを用意して、パートナーおよびパートナー候補者のパワーアップや変化を後押ししています。
先ほど、ドイツ物流グループのエグゼクティブディベロップメントでの話をしましたが、実はPwCも同様の課題を抱えています。PwC Japanグループには、監査法人、コンサルティング、アドバイザリー、税理士法人、弁護士法人などさまざまなファームがあり、多様なプロフェッショナルが在籍しています。私たちは今、これらの力を結集し、それぞれの能力や専門性を融通無碍に組み合わせて課題解決に取り組む「Community of Solvers」であることを目指しています。もう少し具体的に言えば、「バトン方式からスクラム方式へ」の移行を進めています。法人間・事業間で担当領域ごとにバトンを渡し合うのではなく、最初から多様な事業のメンバーがスクラムを組み、スピード感を持ってクライアントの課題を解決していこうとしているのです。Community of Solversを実現できれば、私たちは比類のない強力な集団になれるでしょう。そのために、PwC Japanグループのパートナーがお互いに学び合い、刺激し合える環境を用意するのが、私のミッションです。
具体的な施策の事例を教えてください。
たとえば、「LEAP (Leadership Excellence Acceleration Program)」というプリパートナーディベロップメントプログラムを3年前から立ち上げ、実行しています。2~3年後にパートナーになる可能性があるパートナー候補者を対象にして、個人のパーパスを探究したり、360度サーベイなどで内省を深めたりすること促しながら、自身のリーダーシップのあり方を学んでもらう研修プログラムです。Community of Solversの一員となってもらうために、自分の専門領域以外の部門や事業のことを学ぶ機会も用意しています。このLEAPで特に重視しているのは、自分が社会に対して何をしたいのかをはっきりさせることです。自分をリードするセルフリーダーシップ無しには、決して他者のリーダーにはなれません。自らのパーパスを言語化して明確にすることは、リーダーになる第一歩なのです。
パートナー向けには、2022年からミネルバ大学監修のリーダーシッププログラム「Managing Complexity」を提供しています。システム思考やデザイン思考、感情知性、バイアスを回避する力、人を動かすコミュニケーション、意思決定力等、合計18から成る具体的なリーダーシップの資質を学ぶプログラムです。このプログラムを受けたパートナーたちは、「立ち止まって考えることを意識するようになった」「いくつものバイアスをメタ認知しながら物事を捉えるようになった」と言います。この研修を通して、パートナーたちのものの見方や考え方のバージョンアップを図っています。
私がこのプログラムを見ていて驚いたのは、パートナーの皆さんの学習意欲の高さです。毎週、大量の読書を重ねながら、本当によく学び、よく話し合っています。このプログラムでともに深く学び、熱く議論を重ねたパートナーたちは、絆が深まります。一種の戦友のようになれるのですね。これこそ正にCommunity of Solversですから、その面でも意義の大きいプログラムです。
今後、どのようなことに力を入れたいですか?
一言で言えば、「xLoSマインド」の再活性化です。xLoS(Cross Line of Services:クロスロス)とは、PwC Japanグループ内のさまざまなチーム、部門や法人組織の壁を越えて「協働」することを指します。そのために、具体的には、まずは部署を超えたアサインや取り組み「xOU(Cross Organization Unit:クロスオーユー)」をさらに進める必要があります。特に、私が担当するリーダー達であるパートナーレベル、パートナー候補者レベルでのxLoSやxOUが重要です。そのために必要な学びの場を用意していきたいと考えています。
もう少し大きな話をすれば、「インクルージョン&ダイバーシティ(I&D)」をもっと加速させたいですね。なぜなら、ブレークスルーや画期的なアイディアは、I&Dのある環境から生まれるからです。I&Dのある環境では、摩擦やもめ事が起こり、面倒なコミュニケーションが必要となり、スピード感が下がることもあります。しかし、そうしたデメリットを差し引いても、私たちにはI&Dが必要です。I&Dが生み出す刺激や混沌こそが、今までにない課題解決を生み出せるような素晴らしい創造性につながるからです。
個人としては、人・組織の成長に関わることで、その組織にいる人たちが充実感を覚えたり、達成感を満たしたり、意欲を高めたり、より幸せになったりすることに寄与したい、というパーパスがあります。自身も気づいていないような可能性を解き放つこと、さらには他者の可能性を解き放てる人になっていくことに、自分が少しでも貢献できれば、と常日頃思っていますし、今後も、このパーパスを追及し続けたいと思っています。幸いなことに、PwCには真剣ながらも温かい人が多く、お互いに専門性や経験をリスペクトし合う文化が根づいています。この文化のなかで、人・組織の成長をさらに促していければと考えています。
Photo by ikuko
Text by 米川青馬
Edit by ISSコンサルティング