フランスMBA留学を経て、経営の根幹「人事」の道に
PwCに入社するまでのご経歴を教えてください。
大学卒業後、モービル石油(現 ENEOS株式会社)で営業職に就きました。ガソリンスタンドの代理店営業で、経営者から決算書をいただき、経営面のアドバイスをする日もあれば、ガソリンスタンドのスタッフと一緒に現場を手伝う日もある仕事でした。一部上場企業から家族経営の会社まで、さまざまな会社の経営者と向き合った経験が現在に活きています。多くの経営を現場で目にする中で、人事の大切さに気付きました。従業員をきちんとモチベートしている会社や、人事の透明性の高い会社がうまくいっていたからです。私が今人事に就いているのは、このときの経験がベースになっています。
この会社は先進的なアメリカの会社で、たとえば日本で初めてMBO(目標管理制度)を導入した会社の1つです。今では当たり前ですが、DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)を導入し、ガソリンスタンド開発の際に投資基準を明確にいち早く設けていた会社でもあります。アメリカの有名なビジネススクール出身の優秀な複数名の上司に出会いました。そういう上司らが、先進的で理論的な経営手法を理解している一方で泥くさい営業もそつなくこなしていく姿をまぶしく感じて、私もMBAを取得したい気持ちが強くなりました。それで入社13年目に退職を決断し、フランスのビジネススクールHEC Parisに自費で留学しました。
実は、アメリカのビジネススクールに入るつもりでしたが、アメリカ企業しか経験がなかったため、アメリカ以外の経営や文化を学びたい、という好奇心が強くなり、最後の最後にヨーロッパの大学に変更しました。それに、HEC Parisはフランス人が15%ほどで、残りは約30カ国から多様な学生が集まっていました。今の言葉でいえば、ダイバーシティがあったのですね。その点にも惹かれました。印象的だったのは、HEC Parisでは教授が「会社は株主だけのものではなく、従業員も含めたステークホルダー全員のものだ」と言っていたことです。最近ではこの考えも受け入れられてきましたが、当時はアメリカを中心に「会社は株主のものだ」という単一的な考え方が主流でしたから、時代の先を行く刺激的な環境で勉強でき、今に活きています。
帰国後、インターシップをきっかけに、GEコンシューマー・ファイナンス(現 新生フィナンシャル)に人事職として入社しました。人事を通じて経営に関わっていきたかったからです。その会社は、ジャック・ウェルチCEOの「人治」の経営思想が根付いていて、人事は経営の根幹として位置付けられていました。そこに惹かれ、ワクワクする好奇心で選んだところがあります。
最も印象的だったのは、リーダーシップ開発に大胆に資源を投入していたことです。GEは9ブロックやサクセッションプランなど、先進的な人事思想をもとにツールを次々に開発・導入した会社でしたが、ツールが優れているのではなく、そこに込められた「魂」とも言える経営者の意思が会社を支えていました。また、「リーダーシップを発揮する人材こそがすべて」という考え方のもと、さまざまな研修・教育機会を提供していましたが、そこで学ぶことのベネフィットを上位職層は良く理解しており、どんなに忙しくても、海を渡ってクロトンビル研修所で学んでいました。人材開発に注ぐ魂が、学び、変革を起こすという企業文化を作り上げるという方程式を学びました。
2009年からは、外資系飲料企業で取締役として人事総務を取り仕切ることになりました。私が参画したのは、リーマンショック後の不況時でしたが、ここから約6年間で、CEOや経営メンバーと協力して売上のV字回復を達成しました。営業200名と全員面接してコンピテンシーアセスメントをしたり、大規模・長期間の実践的な営業トレーニングによって、彼らのマインドセットをカスタマーフォーカスに変えていったりしたことが功を奏しました。
その後、ライフサイエンス企業を経て、2016年からPwC Japan合同会社でヒューマンキャピタルリーダーを務めています。PwCでは、人事部がビジネスパートナーになっていくことを求められていることに共感し、その成長に寄与したいとの思いから入社を決意しました。
複雑な社会課題を解決する、PwCの「Community of Solvers」と「インクルージョンファースト」
PwCのPHILOSOPHYを教えてください。
「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」。これがPwC JapanグループのPurposeです。
PwC Japanグループには事業領域ごとに法人があり、相互に連携をとりながら、監査、コンサルティング、ディールアドバイザリー、税務、法務等幅広くサービスを提供しています。各分野の専門性を備えたプロフェッショナルとして、クライアントとの信頼関係を築きながら、クライアントの課題や社会の課題を解決していきます。
私たちはクライアントだけでなく、「ソーシャルインパクト」も重視しています。ESG(環境・社会・ガバナンス)経営の浸透、環境への取り組み、持続可能な社会のインフラづくりなどを通して、環境問題・人口問題・格差問題などの社会問題の解決にも取り組んでいます。そうすることで、課題を抱える全てのステークホルダーに付加価値を継続的に提供するファームになることを目指しているのです。Purposeにはそうした意味が込められています。
また、PwCはグローバルレベルで「PwC行動規範(Living our purpose and values)」を定めており、それが世界中の従業員に根付いています。ビジネス活動における信頼、社会における信頼、またファーム内の人と人の間の信頼を構築し、重要な課題の解決をしていけるように、「Act with integrity」「Make a difference」「Care」「Work together」「Reimagine the possible」という5つのValuesを行動の原点とすることを共通に認識し、日々取り組んでいます。
現在のPwCの成長戦略とそれに向けた取り組みを教えてください。
PwCは2年ほど前から、グローバル戦略「The New Equation」を掲げています。
この戦略において私たちが目指すのは、次の2つです。1つは、企業や組織が顧客やステークホルダー、社会、また自らのために、現在そして将来にわたって価値を生み出し続ける「Sustained Outcomes」、すなわち持続的な成長を実現すること。もう1つは、ますます壊れやすく得がたいものになってきている「Trust」、すなわち信頼を構築することです。
この2つを実現するために重要なのが、多様なプロフェッショナルがそれぞれの専門性を合わせて課題解決に取り組むことです。私たちは今、その取り組みを「Community of Solvers」と表現しています。過去のプロフェッショナルは、いわゆる「個人商店型」であることがほとんどでした。一人ひとりが高い専門性を有し、その専門性のみを活かして個人で活躍するケースが多かったのです。しかし今は複雑な課題が増えており、コンサルタント、会計士、税理士、テクノロジーその他さまざまな専門性を有するメンバーが一つのチームを組成し、スクラムを組んで一緒に取り組まなければ解決できないのです。
さらに最近は、デジタルの専門家やAI研究者などを筆頭に本当に多種多様な人材がPwCの仲間に加わっています。全く異なる専門性、全く異なる考え方やバックグラウンドを持つメンバーがチームを組むことを求められているのです。そこで重要になるのが、「インクルージョンファースト」です。まずは相手を受け入れる。そして、お互いを理解し、リスペクトしながらチームを組むことを重視しています。
リーダーに求められる「インクルーシブリーダーシップ」
成長戦略を受けたPwCの人事戦略を教えてください。
私たちの人事戦略は3本柱です。
1つ目の柱は「Talent & Skill Agility for the Future」で、多様な人材を採用、配置し、人材開発をスピード感をもって行うという方針です。
2つ目は「Inclusive Leadership by all for all」で、Community of Solversに欠かせないインクルージョンを実現するリーダーシップの向上を目指すという方針です。
3つ目は「Be Well, Work Well」で、従業員のウェルビーイングを大切にするという方針です。
特に強調したいのは「Inclusive Leadership by all for all」です。私たちは今、「Community of Solvers」を実現できるリーダーを育成するためにさまざまな研修プログラムを用意しています。たとえば、世界中の優秀な学生を惹きつけるミネルバ大学監修のリーダーシッププログラム「Managing Complexity」を導入しました。正解がない中で変化に適応しながら前に進むという「適応型リーダーシップ」の習得を目指すプログラムです。2022年9月にはPwC Japanグループのパートナー11名がこのプログラムを修了しました。また、パートナー昇格前に、マネジメントの基礎を学んで実践につなげ、経営への提言まで実行するプログラム「LEAP」も構築し、マネジメントスキルの向上を図っています。
「I&D(インクルージョン&ダイバーシティ)Mindset Badge」というグローバルプログラムもあります。これは、「インクルージョン&ダイバーシティ」を学ぶための最高レベルの研修プログラムだと自負しています。10時間のeラーニングを通じて、「インクルージョン&ダイバーシティがなぜ重要なのか」「どのように振る舞えばよいのか」を科学的な見地を踏まえて学ぶことができます。たとえば、私たちはさまざまなバイアスから決して自由になることができません。だからこそ、各自が無意識のうちにバイアスを持っていることを意識して、行動をする場合のヒントを授けてくれるのです。eラーニングを進める中で受講している仲間たちと学んだことの解釈や捉え方を共有し、理解をより深めていきます。バックグラウンドの異なるメンバーと対話をすると、本当にいろんな考え方があり、自分との違いを理解する必要性に改めて気付かされます。文化や立場が違えば、同じものが全然違って見えるのです。今後は、もう一つのプログラムの展開が予定されており、さらに充実させていく予定です。
「Be Well, Work Well」の実現に向けた取り組みの一つとして、PCログによって一人ひとりの実働時間をモニターし、月中に本人や上長に稼働時間の状況を知らせる「見守りメール」を送ることを始めました。見守りメールにより、月中に業務の調整を促すことで稼働時間の低減を図り、従業員の心身の健康を大切にする施策をしています。
また、私たちは多様で柔軟な働き方を実現するために、「Design Your Workstyle」を導入しました。「ハイブリッドワーク」は、クライアント、オフィス、自宅という3つの場所を個人とチームで最適な働き方をするための選択肢を付与しました。また、「フレキシブル・ワーク・アレンジメント」(短時間短日勤務制度)、「フレキシブル・ライフ・デザイン休職」を導入し、それぞれのライフステージにあわせて働き方を柔軟に選ぶことを可能にしました。具体的には、育児・介護に加え、通学・ボランティア活動・海外留学・配偶者の海外赴任への帯同などのための「出社義務のないフルリモートワーク」や「居住地を限定しない遠隔地リモートワーク(ただし国内に限る)」、「週3日勤務」(短日勤務)、「1日5時間勤務」(時短勤務)のほか、一定期間休職することが可能になりました。これまでの働き方に関するさまざまな取り組みが評価され、従業員意識調査ではフレキシビリティに関するスコアがかなり高まりました。
最後に、福井様自身のPHILOSOPHYも教えてください。
個人レベルでは、何をするかの前に「自分がどうありたいか」がとても大切だと思います。
Why・What・Howで言うとWhyの部分、「自分がこうありたいのはなぜなのか」という軸を持つということです。Whyが固まっていれば、時間軸とともにWhatは変わっていっても、ぶれないはずです。また、変化に対応していく中でも判断に迷いがなくなると思います。
私にとってのWhy、ありたい姿は、「日本の歴史や文化の素晴らしさを世界に広めること」です。フランス留学で感じた、日本の文化の深みや繊細さ。フランスでは日本文化がとても愛されている反面、私を含め日本人は前に出て意見を主張する経験が足りず、日本の良いところをアピールしきれていないことに気が付きました。「日本のすばらしさ世界に伝える」ための一つの手段として、私は人事を選びました。人事という仕事を通して、世界に日本の良さを伝えてくれるリーダーを育てるとともに、日本発の人事の取り組みを世界に示したいと考えたからです。
現在は、Inclusion & Diversityの推進の一貫で「People wih Disability」を注視しています。
PwC Japanグループは、「障がい者」という概念を捨て、人にとっての障がいを取り除くことに注力していこうとしています。人の活躍の妨げとなる障がいを取り除くことで、持てる能力を最大限に活かしていってもらえるようにしていきたいのです。例えば、コロナ禍においてリモートワークが主流になり、デジタルツールの活用がスタンダードとなり、その結果として直接のコミュニケーションは得意ではないけれどもデジタルスキルに長けている人にとっての活躍の場が大きく創出されました。PwC Japanグループには車いすアスリートの皆さんが多数在籍していますが、アスリートと企業人の「デュアルキャリア」を支援しており、現役時代はもちろん、引退後もそれぞれのステージで活躍できるよう後押しをしています。こうした取り組みを充実させるとともに、日本初の障がい者雇用の形を創り、世界にアピールしていけたらと思い描いています。
Photo by ikuko
Text by 米川青馬
Edit by ISSコンサルティング