あと3カ月で資金がショートするという状況だった
どのような経緯でシナモンを立ち上げたのですか?
子どもの頃からとにかく飛行機が大好きで、高校まではパイロットになりたかったんです。しかし身長制限があり、航空大学校を受けられないことを知り諦めました。その代わりに、ソフトウェアエンジニアになって飛行機などに関わろうと考え、大学は情報科学科を選択。高校時代からチャットに入り浸ったり、留学したニュージーランドのホストファミリーとメールでやりとりしたりして、インターネットにハマったことも大きかったですね。
そして大学でプログラミングに目覚めました。高校まではネットサービスを使う立場でしたが、プログラムをつくれば、自分がサービスを開発する立場に回れることに気づいて、俄然モチベーションが上がりました。ちょうど着メロやSNSがどんどん進化していた頃で、自分もそういうものをつくってみたいという気持ちが強かったんです。一時は就職を考え、いくつかの企業のインターンシップに参加しましたが、モノづくりをしたいという気持ちがかえって強まりました。結果、在学中にネイキッドテクノロジーという会社を創業。いまのツイッターのような一言日記を書けるSNSサービスなどを開発した後、2011年に会社をmixiに売却しました。
「2社目はグローバルに展開したい」と思い、2012年にシンガポールでシナモンを起業しました。
現在のビジネスに行き着くまでを教えてください。
シナモン創業当初は、アジアでSNSアプリを立ち上げて勝負しようという狙いがありました。続いて、2012年の間にベトナムに開発拠点を立ち上げ、私も移住して、写真チャットアプリ「Koala」などの開発を進めました。まだインスタグラムが流行していなかった頃の話です。スマートフォンのカメラ機能・動画撮影機能が向上していたことに着目しました。私は昔から、そうやって近未来に何が流行するのかをいち早く創造するのが得意なのです。
ただ結局、アプリ開発はうまくいかず、一つも当たりませんでした。いま思えば、私はSNSアプリ開発には向いていなかったのかもしれません。私はふだん自撮りなどあまりしませんので、ユーザーが求めるサービスを想像することが難しかったのです。
3年ほど、売上はほとんど上がりませんでした。日本やシンガポールで資金調達をしていたのですが、それも目減りする一方でした。あと3カ月もすれば資金がショートするという状況になり、私は帰国して、日本で営業活動を行いました。しかし、その営業活動もなかなかうまくいきません。困り果てていたとき、自分たちの紹介文に「AI」の2文字を加えたら、お客様の反応が格段に良くなったんです。私も現Chief AI Officer(CAIO)の堀田も、大学・大学院ではAIを研究しており、AIの開発ができました。私たちはすぐに日本法人を立ち上げ、AIにシフトしました。2015年頃のことです。
最初はお客様の要望を受けて、さまざまなAIを開発していきました。そのなかの1つが、書類の自動読み取りAIサービスでした。ある人材紹介会社のお客様から、候補者のレジュメを自動的に読み取って、デジタルデータとしてデータベースに格納するAIを開発してもらえないかという依頼を受けたことが開発のきっかけでした。これが、私たちの中核プロダクト「Flax Scanner」の前身です。
2017年、転機が訪れました。スタートアップのプレゼンテーションイベント「モーニングピッチ」(トーマツベンチャーサポート、野村證券主催)に登壇できるチャンスをいただいたんです。登壇3日前に急遽舞い込んだ話でした。そこで自社プロダクト、書類の自動読み取りAIサービス「Flax Scanner」を紹介しました。驚いたのは、その反響でした。プレゼン終了後、私はなんと2時間にわたって、数え切れないくらいの方々とお話させて頂きました。これで私たちは大きな可能性を感じ、「Flax Scanner」の開発に注力していったというわけです。
このときは以前の失敗の反省が活きました。SNSアプリ開発の頃は、研究開発に力を入れるあまり、マーケットの反応を見るタイミングを逃してしまっていました。そのために、自分たちの技術の需要がよくわからないまま、技術開発を進めていたんです。そうではなくて、できるだけ早い段階でマーケットの反応を見て、どんなプロダクトが必要とされているのかを知ることが重要なんですね。モーニングピッチで、私たちは「Flax Scanner」の潜在需要の大きさを肌で感じることができた。それが私たちの現在に直結しています。
約100名の超優秀なベトナム人AIエンジニアが在籍
現在のビジネスについて詳しく教えてください。
主力プロダクトの「Flax Scanner」は、多種多様な文書を読み取れる「最先端の非定型帳票対応のAI-OCR」です。請求書のように取引先ごとにレイアウトが異なり、取得項目の場所が無数に変わるような非定型帳票でも、対象項目を自動的に読み取り、デジタルデータにできるAIプロダクトです。契約書内の重要論点を抽出したり、帳票の分類をしたりすることもできます。PDF・ワード文書・手書きなどの形式を問わず扱えるのも特長で、見積書、発注書、納品書、検収書、請求書、申込書、本人確認書類、技術文書などに幅広く活用できます。実際、お客様によって使い方はさまざまです。さらに現在は、企業独特や業務独特の用語などを事前学習させられる音声AI認識ソリューション「Rossa Voice」も展開しています。
私たちが、「Flax Scanner」や「Rossa Voice」の拡販を通して実現したいのは、ビジネスパーソンがクリエイティブな業務に当てられる時間を増やすことです。情報入力や資料制作の手間を減らすことができれば、もっと多くのビジネスパーソンが、本来集中したいことにもっと深く取り組めるはずなんです。そうした世界の実現を求めているお客様は本当に多い。私たちの前には大きな市場が広がっています。
一方で、私たちは2015年、ベトナムに「人工知能ラボ」を設立しました。この人工知能ラボが、私たちのAI開発の中心地です。現在、そこには約100名の超優秀なベトナム人AIエンジニアが在籍しています。それまで正解率が10%未満だったAIのテストを一瞬で解いてしまうようなメンバーばかり。彼らが日々新たなAIアルゴリズムを開発し、私たちのプロダクトの可能性を拡大しています。私たちが最も得意なのは自然言語処理ですが、彼らの力もあって、最近は音声認識・画像認識にも強くなってきています。
これは、2012年からベトナムで事業を行い、着々とベトナム国内での知名度を高めてきたからこそ実現できたこと。何しろ、2012年当時は、ベンチャー企業の存在自体がほとんど知られておらず、採用には本当に苦労しました。私たちはカンファレンスでの講演やテレビ出演などを地道に続けて、存在感を増してきました。ベトナムの優秀な若者たちが集う組織をつくることができたのは、その積み重ねの結果です。1つ目のビジネスが失敗したからこそ、今がある。私たちはそう考えています。
AIビジネスの難しさはどこにあるのですか?
もちろん、簡単なビジネスではありません。1つ目に、どうしても「AIは何でもできる」と思われがちですが、AIに何ができるかを分かりやすく説明し、お客様の期待値調整をする必要があります。2つ目に、AI開発にはコストがかかりますから、それに見合うインパクトを出さなくてはなりません。何を開発するかをよく精査することが大切です。3つ目に、AIの精度向上に苦労することが珍しくありません。精度80%くらいは達成できるだろうと思っていたら、20%しかなかった、ということが起こり得ます。解決すべき課題とAI技術の相性が重要で、AI技術の選択を変えたら、20%がいきなり90%に上がったりもします。4つ目に、学習データが足りなかったり、用意した学習用データに間違いがあったりして、開発したAIが役に立たなかったというようなミスも起こります。
私たちは日々、こうした難しさを乗り越えながら、お客様に合わせたAIを一つひとつ開発しています。
人が創造性溢れる仕事に集中できる世界をみんなで目指す
次はどのようなチャレンジを考えていますか?
アメリカや中国などでビジネスを展開したいと考えています。先ほどお話しした通り、私はシナモンの創業当初からグローバル展開を視野に据えていました。実際、社員数だけで見れば、すでに全社員約200名のうち日本人は30~40名に過ぎず、多国籍な組織を実現しています。ですが、海外で売上を上げているわけではありません。だからこそ、日本の3~4倍の市場規模と言われるアメリカ・中国で勝負したいんです。
あまり知られていませんが、実はFlax Scannerなどの「ビジネスAI(業務改善に寄与するAI)」に限って言えば、アメリカ・中国よりも日本のほうが進んでいます。アメリカは日本より半年から1年くらい遅れていて、ようやく実証実験をやっている段階ですし、中国ではまだまったく研究されていません。その状況を受けて、私たちはまずアメリカ進出の準備を進めている最中です。その成功のために力を貸していただける方を求めています。
どのような方を求めていますか?
私たちの3つのバリューに共感し、大切していただける方を求めています。
1つ目は「Grit」。情熱を持って、あきらめずに粘り抜く姿勢です。大きな夢の実現のためにやり抜こうとする方を求めています。2つ目は「Stretch Yourself」。高い視座を持ち、高い成長を目指し続けることです。もちろん、私自身もこれを常に心がけています。一時は倒産しかけた会社を、「イノベーションを生み出し続け、世界No.1のビジネスAI企業を目指します」というビジョンを掲げるまでに成長させることができたのですから。
3つ目は「Leadership-Driven Teamwork」。個々のリーダーシップに基づくチームワークです。私の好きな言葉に、「早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。」というアフリカのことわざがあります。では、どうしたら遠くまでもっとも早く行けるのか。私たちは、一人ひとりがリーダーシップを持ちながら、チームを組むことが大事ではないかと考えています。リーダーシップとチームワークの両方を大事にできる方を求めています。
私たちのミッションは、「日常的に発生する無駄な業務をなくし、人が創造性溢れる仕事に集中できる世界を目指します」というもの。正直言って、こうした世界の実現はまだ全然達成できていません。10年、20年かかることだろうと思います。プロダクト力をもっと高める必要もありますし、プロダクトの横展開を進める必要もある。やるべきことはいくらでもあります。私たちは、その達成のために、ともに遠くまで行っていただける仲間を求めています。