4年目でカントリーリーダーを任された
GEに入社するまでの経緯を教えてください。
高校卒業後、アメリカ・シカゴ大学に進学して物理を学び、ミシガン大学で航空宇宙工学の修士号と博士号を取得しました。その後は日本に帰国し、宇宙工学系のベンチャー企業で働きました。小さい頃から、宇宙の神秘に関わりたいという想いが強かったからです。
しかし、そうした日々のなかで、自分は本当に学問や研究を突き詰めるタイプなのかと迷うことが増えてきた事などもあり、自分に本当に合っていることは何かを考え、縁あって2008年、GEに入社しました。
GE入社から現職までの職歴を教えてください。
最初のキャリアは、GEエナジーのアプリケーションエンジニアです。2008年から2010年までの3年、営業とタッグを組んで、お客様に製品・ソリューションを技術面から説明し、提案する技術営業に携わりました。私が扱っていたのは、火力発電所のガスタービンおよびスチームタービンや、その起動、停止、保護制御を実施する最新鋭制御装置です。各電力会社への提案はもちろんのこと、製鉄会社やエンジニアリング会社などのお客様にも、製鉄工場やLNG液化施設内の火力発電所に製品・ソリューションを提供しました。
この仕事でまず重要だったのは、GE製品・ソリューションのメリットとデメリットを、どちらも包み隠さずに説明することです。なぜなら、どのお客様も深い知見をお持ちで、欠点を隠すことなど到底できないからです。だからこそ、技術的観点からロジカルに説明した上で、「GEの製品やソリューションが私たちに最適だと思います」と、お客様に納得して選んでいただく必要があるのです。何が何でも売るのがよいわけではないのです。
もう1つの鍵は、アメリカ本社に在籍するエンジニアとのコミュニケーションです。彼らと一緒になって日本・台湾向けのソリューションのアイデアを出すプロセスが、ビジネス全体を大きく左右するからです。そのプロセスを良い方向に導くためには、ビジネスと製品・ソリューションを完全に理解していなくてはなりません。かなりの勉強をしながら議論を重ね、本社のエンジニアとの信頼関係を築いていきました。
2011年からはどのような仕事に就いたのでしょうか?
GEメジャメント・アンド・コントロール(M&C)の日本代表に就任しました。入社4年目にして、いきなりカントリーマネジャーになったのです。当初の部下は約100名でしたが、2012年に買収企業のメンバーが加わって、日本チームは360人ほどに増えました。リーダーシップ・プログラムなどを受けて準備はしていましたが、それまでマネジメント経験がほとんどありませんでしたから、就任時には覚悟をもって臨みました。また、M&Cの業務経験もゼロだったため、頼るところは部下に頼りながら、チームとしてビジネスターゲットを成し遂げることにフォーカスしていきました。
このときの大きな課題は、M&Cが4つのグループの集合体だったことです。4グループを上手にインテグレーションし、シナジーを生み出すことが私の重要なミッションでした。そこで最初に行ったのは、4グループを1つのオフィスに集めることです。引越しタスクチームを作り、オープンなオフィス環境にするため、全員で議論を重ね、レイアウトにも工夫を施しました。同時に、各グループのメンバーが混じり合う形でクロスファンクションチームをいくつも立ち上げ、同じ目標に向かって一緒に進んでいくシーンを増やすようにしました。結果として、私が離れる頃には、M&Cチームの団結力、一体感はかなり高まりました。成功の秘訣は、トップダウンではなく、ボトムズアップでプロジェクトを進めたことだと思います。
このカントリーマネジャーの経験を通じて、リーダーシップにはいろいろな形があり、自分なりに正直にチームと向き合うことが大切だということを実感しました。また、組織の目標・ビジョンを示して、それを具体的なアクションに落とし込み、メンバーに伝えていくというマネジメントの基本をよく経験することができました。このチームとメンバーに変化をもたらし、明るいオフィスとワン・チームを形作ることができたことは、大きな自信につながっています。
航空機の「デジタル・ツイン」を実現する
現職について詳しく教えてください。
2014年3月から、GEアビエーション(航空)の北アジア・パシフィック地区代表として、日本・韓国のセールス部門を統括しています。GEアビエーションにとって、北アジア・パシフィック地区は大変重要なエリアです。なぜなら、GEの最重要顧客がこのエリアに集まっているからです。さらに、最近はLCCも大きな顧客になりつつあり、その領域でも日韓は成長著しい場所となっています。
GEアビエーションのなかで主力となっているのはジェットエンジンの販売と保守です。
これは日本チームにとっても特に重要です。なぜなら、エンジンを一機買っていただくと、およそ15年は保守サポートを続ける必要があり、そのサポートが不十分だと次のエンジンを買っていただけないからです。GEアビエーションが行っているのはロングタームビジネスで、お客様とのリレーションシップの構築が極めて重要です。そのビジネス知識を短期間で覚えるのは大変でしたが、メンバーが私を快く支援してくれたおかげで、リーダーとしてここまで進んでくることができました。わからないなりに力を尽くし、わからないからこそ社内外のさまざまな人を巻き込んで、ビジネスを大きく展開してきました。
そしてもう1つ、最近目を離せないのが、デジタル・ソリューションです。デジタルに関して言えば、GEにも危機感があります。その証拠に、2015年、GE中央研究所の一部であったGEソフトウェアを「GEデジタル」に格上げし、GEアビエーションなどと同等のビジネスとして力を入れています。さらに、GEデジタルとは別に、それぞれのビジネスでデジタルチームを結成し、「インダストリアル・インターネット」を推進しているのです。当然GEアビエーションでも、デジタル・ソリューションを大変重視しています。
GEアビエーションのデジタル戦略はどのようなものでしょうか?
私たちのデジタル戦略で重要なキーワードは2つです。1つは「デジタル・ツイン」、もう1つは「Predix(プレディックス)」です。
「デジタル・ツイン」とは、デジタル上にハードウェアをコピーして「仮想ハードウェア」をつくり、そこに実際のハードウェアのセンサー情報をリアルタイムで加えていくことで、ハードウェア一つひとつの劣化状況をきめ細かくシミュレーションしていくサービスです。実は、GE アビエーションは同様のサービスを15年ほど前から展開してきました。当初は数点のデータからおおよその状況を把握するだけでしたが、現在はビッグデータを基にして精緻な状況をお伝えできる体制が整ってきています。
もう1つの「Predix」とは、インダストリアル・ソリューション向けに最適化されたプラットフォームのことを指します。オープンプラットフォームで、GE内外の誰もが使用できるようになっています。現状、Predixと似たプラットフォームはほぼ存在しません。私たちは、このPredix上で、デジタル・ツインをベースにしたさまざまなデジタル・ソリューションを提供しています。
一例を挙げると、数年前から行なっている航空機運航の燃料節減ソリューションがあります。これにより、お客様のフライトデータを解析して、「このポイントに注目して運航すると、燃料消費を抑えることができます」という提案ができるようになりました。これは、お客様の燃料費削減に役立っています。
他にも、お客様から航空機エンジンのオペレーションデータをシェアしていただき、エンジン整備のプランニングをサポートするサービスも始めました。ある航空会社では、このサービスを使うことで1年間に予定していなかったエンジン整備回数を約40%も減らすことに成功しました。実は、「予期せぬ整備」を減らすことは、以前から航空会社の大きな課題の1つとなっています。整備時間を減らすことができれば、整備費を削減できるだけでなく、航空機の全体的な運航プランニングをよりスムーズに進めることができ、ビジネス的にも大きなインパクトがあるからです。
デジタル・ソリューションは、このようにして不必要なコストを減らし、生産性を高めることに貢献し始めています。今後、その進化は一気に加速していくでしょう。
デジタルビジネスにおけるGEの強みを教えてください。
「ハードウェアに詳しい」ことが、むしろ一番の強みだと考えています。なぜなら、インダストリアル・インターネットの鍵は、ハードウェアとソフトウェアをいかに融合させるかということで、そのためにはハードウェアの知識や知見が欠かせないからです。たとえば、ハードウェアに取り付けたセンサーからの情報からデジタル・ツインを構築するためには、情報の意味がわからなくてはなりませんが、その意味を理解するのはハードウェアがわからないと不可能です。つまり、ハードウェアがわからない限り、デジタル・ツインは構築できないのです。そして、航空機エンジンや火力発電所のガスタービンなどの開発・製造は、なかなか他社に真似できることではなく、その知見を蓄積するのは決して簡単ではありません。私たちが持つ、長年のビジネスの積み重ねこそが、デジタル時代の最も大きな資産となり、最大の強みとなるのです。
GEにもカルチャーチェンジが必要だ
2020年、デジタルビジネスはどうなっているでしょうか?
航空業界でも、デジタル・ソリューションが一般化されるのは間違いないでしょう。また、2020年にどこまで完成しているかはわかりませんが、航空会社のオペレーションデータは、予約情報から整備情報まですべてがつながっていくだろうと思います。そうなったら、たとえば天候による航空機のスケジュール変更が簡単にできるようになるでしょう。現在は、機器や人員のスケジュールの再構成に数時間がかかっていますが、AIを使えば、それを数十分に短縮することが可能ではないかと考えています。こうしたイノベーションを次々に実現できれば、お客様の生産性がより高まるだけでなく、ユーザーの利便性もさらに改善されるはずです。
さらに、その先には「デジタル・ツインと対話できる未来」が待っているでしょう。デジタル・ツインに話しかけると、その場でさまざまな答えが返ってくるのです。デジタル・ソリューションがそこまで進化する頃には、予期せぬ整備やトラブルをかなり減らすことができているのではないかと思います。
航空会社のお客様にとって一番重要なのは、安心安全です。安心安全については、業界全体がワン・チームなのです。私たちのデジタル・ソリューションが航空業界の安心安全に貢献できたら、それは何よりも嬉しいことです。その点、日本のお客様は技術的知見に大変優れており、デジタル・ソリューションビジネスでもすばらしいタッグが組めていますし、今後も安心安全に寄与するソリューションをともに生み出していけるのではないかと期待しています。
今後に向けての課題を教えてください。
GEがデジタルビジネスで成功を収めるためには、さらなるカルチャーチェンジが欠かせないだろうと思います。端的に言えば、もっとリスクを取ってチャレンジしていく姿勢が必要です。航空機エンジンの開発などとは違い、デジタル・ソリューションの場合、リソースがすべて出揃ってから開発を始めるのでは遅いのです。デジタルビジネスのライバルたちと競う上では、たとえ失敗してもよいから、現状のリソースで次々に試し、そこから開発精度を高めていくスタンスが欠かせません。GEアビエーションもGEもすばらしい組織ですが、だからこそ、さらに変わっていくことが重要なのです。
GEではすでにカルチャーチェンジを進めています。行動指針を「GE Beliefs」に刷新し、人事評価制度を「ノーレイティング」に変更するといったことを次々に推進してきました。今後も、この動きが加速していくことは間違いありません。それに合わせて、GEアビエーションもカルチャーをスピーディーに変革していきます。