これからのエンジニアには、コンサルタント能力が不可欠
はじめにキャリアを教えてください。
私は学習院大学法学部政治学科を1995年に卒業しました。モノを作ることに興味があったので、学生時代は営業職よりもエンジニア、マスコミなどを志望して就職活動をしていました。しかし実際に活動するなかで、コンピューター業界への興味が膨らみ、結局、新卒でIBMに就職。大学では、政治哲学の原書などを読んで勉強していましたので、専攻そのものはコンピューターとまったく関係なかったのですが、高校時代にコンピューター部に所属し、パソコンをいじっていました。やはりコンピューターへの興味は強かったですね。
この高校時代のコンピューター部がけっこう真面目だったんです。普通、高校のコンピューター部というと、一日中ゲームをして遊んでいると思われがちですが(笑)、私の部はそうではなく、コンピューター言語の勉強や、情報処理試験なども受験しました。ですからコンピューターに関する知識は、ある程度はあったと思います。それに、私が最初にコンピューターに触れたのは小学生の時でした。父がポケットコンピューターを買い与えてくれて。当時、親の目論見として、この先コンピューターが重要となるので、早くに興味を引かせたいという感じだったのだと思います。
IBMは研修をしっかりとやってくれる会社でした。会社に入って半年間は研修期間でした。その研修の最後に行われる試験に合格すると、一人前のSEとしてデビューできます。私の場合はちょうど「Windows 95」が出てくるタイミングでPC販売事業部に在籍していましたから、毎週末が出張でしたね。1990年代後半にプリセールスのエンジニアとしてのキャリアをスタートさせ、2000年代前半にはリーダーとなりました。私にとってはバックエンドでマシンを触っているよりも、お客さんのところで「こんなにいいものがあります」と紹介していることの方が楽しい。そんなこともあり、新製品が登場する度に大勢の前で製品紹介する機会も増え、その延長線上でエバンジェリストにもなりました。
セールスエンジニアに必要なスキルとはどのようなものでしょうか?
私は、プリセールスとポストセールスの両方をこなして初めて、セールスエンジニアとしての経験値が高まると思っています。その意味では、かつてのIBMのPCサーバーチームは明確に双方を役割分担していなかったので、売るところからトラブル対応まで、すべての段階の経験を積むことができました。「こういうところで困る」「こういうところでトラブルが発生しやすい」ということを理解しないまま、いいところだけを並べてセールスすると、必ず突っ込まれます。よりリアリティのある話をするためには、トラブルになりそうな時にどうしたら修正できるのかを提示する。それがエンジニアのスキルの見せどころだと私は思っています。
つまりプリセールスでの重要なポイントはリアリティです。そうでないと“絵に描いた餅”をただ客先に持っていくことになります。もちろん「コンサルタントが使えないものを持ってきた」と思われてしまっては、話が進みません。お客さんの悩みを理解し、きちんと対処したものを持っていくことが、セールスには不可欠です。またお客さんが何に対して困っているのかをエンジニア自身が聞き出すことも大切です。お客さんは営業とはあまり話したくないかもしれませんが、エンジニアとは話してくれる。なぜならエンジニアが本音を語るからです。特にプリセールスのエンジニアとは、そういうところに価値があるのだと思っています。
コンサルタントはToBe モデルを描きます。今は何でも「クラウドでいいじゃん」なんですが(笑)、そう言っている人たちに私たちのシステムを買ってもらうためには、まずコンサルタント的なスキルがないと駄目。一段上に行き、ToBeモデルで、「これはクラウドじゃなくて、オンプレミスのシステムでないとできない」と訴えないとハードウェア自体を買ってもらえないんです。IBMでもクラウドが登場するくらいから、プリセールスのSEはコンサルタント能力がないと駄目という雰囲気になっていたと記憶しています。
事業継承を先んじた効果が、この先だんだんと出てくる
LenovoとIBMでは、何が違いますか?
私は一昨年の10月までIBMに在籍していて、System xがIBMからLenovoに売却されるタイミングで移ってきました。Lenovoという会社はコンペ領域を多く持っていません。基本的にはハードウェアを販売する会社ですので、まだサービスやソフトウェアを手掛けていないんです。ですからLenovoならMicrosoftとも協働できます。ところがIBMにいるとMicrosoftはコンペティター。一緒に何かを売りましょうと志しても、会社全体として支援されません。
IBMにいると道標があちらこちらにあり、それらに従っていけばゴールに達することができます。一方で、Lenovoはどこに進んでも良い。その代わりに自力で頑張らなければいけません。Lenovoでは、基本何でもやっていい。裁量範囲も大きいと思います。ただし、それがうまくいかなかった時のリスク対応力も当然ながら持ち合わせていなければいけません。自分でリスクを予測し、それでも、新しいことをやってみたいと思うならLenovoでは、様々な経験ができると思います。
Lenovoに移り、IBM時代にはできなかっただろうなと思うことはありますか?
IBM時代には付き合えなかったストレージ会社など、所謂かつてのコンペティターとの協働経験が増えました。そういう会社とお付き合いして、一緒にプロモーションするなどの取り組みが増えたように思います。もちろんビジネスチャンスも増えました。仲間が増えて一緒に新しいものを作って、世の中を良くしていけるようになりました。
狭い分野に特化した専門家では、今の環境でスキルを発揮しづらい。「これからのエンジニアは、自分のスキルの幅を少しずつでも広げていきましょう」とは、自分のチームメンバーにも伝えていることです。それはテクニカルのスキルだけではなく、一般的なビジネススキルも同様。かつては営業が担ってきた仕事でも、別にエンジニアがやったっていい。何でも柔軟に対応できる姿勢が重要と思っています。
IBMは人数も多く、担当も細分化され、システムがきっちりとしています。それはIBMの良いところでもありますが、Lenovoはそこまでのシステムを持ち合わせていない。したがって新たなことを手掛けるたびに、何かしら未領域にぶつかってしまいます。それを「自分の仕事じゃない」と言っていたら、仕事が前に進みませんし、自分の殻に閉じ籠っていては、新しいものは決して作れません。
Lenovoのコンペティターとは、どの会社になりますか?
今現在、我々がリアルに直面しているコンペティターとは、HP、そしてDellです。ほかにも中国の会社、例えばファーウェイ、スーパーマイクロなども力をつけてきています。Lenovoも中国をベースとした会社ではあるので、ユーザーの目には似通って見えているかもしれません。自分たちは別ですよと思っているんですけれども(笑)。まぁそうしたところで、中国、台湾のベンダーが今後もコストメリットを生かして先行3社を脅かすようになると思っています。
ただ、もともとPCおよびPCサーバーを作ったのはIBMです。そしてLenovoはIBMを由来として誕生した会社です。ですからPCそのもの、x86サーバーそのものを作ってきた歴史によるテクノロジーの蓄積、サポートの蓄積がそもそも異なっているのです。いまはパーツを組み立てればハードウェアが出来上がる時代ですが、そうはいってもさまざまな経験値を背景とするノウハウは決して無視できません。瑣末な話ですが、サーバーに空いている空気穴というのも、「System x」サーバーは6角形、ハニカム型をしています。この形が空気の取り入れる面積と躯体の頑強さのバランスが取れた形状なんです。このようなノウハウが積み重なって、システムが作られているのです。
ハードウェアメーカーが厳しいと言われる時代のなかで、将来をどのように展望していますか?
PCもそうですし、x86サーバーもそうですが、だんだんとスマホに移り、あるいはクラウドに移ると言われています。「PCやサーバーの売上は先細りする一方ですか?」とも質問されるのですが、現実にメインフレームはなくなっていませんし、Xサーバーもいまだに売られています。今現在、売上が減っていることは事実ですが、それでもなくなったわけではなく、いずれどこかで安定して推移するようになると考えます。その減っていく段階で、幾つかの会社は淘汰されてしまうでしょう。ここ10年ぐらいで、UNIXに起こっていたようなことです。少なくとも2?3社程度は残るとは思っていますが、Lenovoはそこに残る可能性を持っています。
レッドオーシャンと言われるところで勝ち抜いていくために、今、日本のメーカーは分社化を進めています。しかしLenovoはIBMから10年前に事業継承を済ませているのです。つまり10年前にLenovoとIBMが気づいていたことを、今、日本の会社はやっているんですね。それはX86サーバーでも同じです。そうやって先んじた効果は、この先にだんだんと出てくるのではないかと思います。スマホ事業についてもモトローラの買収などを通じてLenovoはしかるべき手を打っています。その意味でも、ハードメーカーとしてのLenovoが消えゆく心配は、私はないと思います。
パートナーからも、Lenovoはさまざまなハードウェアを強化しているので、今後何をやるのか楽しみとも評価していただいています。IBMからの遺伝子がそうさせるのか、宣伝下手ではありますが、Lenovoが最も活発に活動しているんです。そういうことを情報発信できるような人に今後来てもらえると嬉しいと思います。
新たなるジャンルの先駆者に私たちがなるために
ここからは現在の部署についておうかがいします。
まず部署名ですが「ソリューションスペシャリスト&ビジネス開発部」としています。これは、もともとあった「ソリューションスペシャリスト部」と「ビジネス開発部」のふたつを合体させているので、長い名称になっています。ソリューションスペシャリスト部というのはSEの部署であり、なかでもスペシャリティを持つ人が集まっています。つまりLenovoのテクニカル面における中核を担う部署です。もうひとつのビジネス開発部とは、ソリューションスペシャリスト部と対になるセクションであり、リレーション構築、ルート・トゥ・マーケットを開拓し、ビジネスの道筋をつけることを目的とした部署になります。今まではそれぞれにマネージャーを立てていましたが、新たに統合し、同じチームとして運営できるようにしました。
今後は、人工知能、ディープラーニングといったトレンドジャンルもいち早くキャッチアップして、お客様に提示できるエンジニアを育成したいと思っています。この部署の人たちは新しいことへの挑戦を楽しめる人たちが多いですね。今現在のチーム編成は、IBMから移ってきた人が6割。そのほか違う会社から合流した人、もともとLenovoにいた人で4割。いずれにしても新たなジャンルに対して、自ら先駆者として取り組もうと思っている人たちです。
今後、どういう人材がもとめられますか?
様々な経験値を持っている人に来ていただきたいです。IBMから来た人は、サーバーを主体とした経験値を持つ人が多いので、例えば、ネットワークの経験値が高い人、ストレージの経験値が高い人、データベースの経験値が高い人、ほかにもIoTなど、新分野の経験値を持った人が加わってくれることが望ましいです。新たな視点を持ってきてくれる人が入ってくれると嬉しいですね。
逆に、そういう人たちがLenovoに入ることで、自分のスキルを広げることができると思います。Lenovoという会社はレガシーを持ち合わせていないので、新しいことをやりやすい。古いものはすべてIBMに置いてきているのです。そして今後はSEが活躍できる範囲を広げていきたいとも考えています。私たちはハードウェアを売っていますが、ソリューションを選択できます。ソリューションだけを売る会社は、「自分たちができることを売りたい」という側面を持ちますが、私たちなら中立的な立場からビジネスを進めることが可能なのです。
逆に、今までソフトウェアの知識しかなく、ハードウェアのことは分からない、っていう人でもこれから勉強していただければいい。私たちが持っていないスキルを武器に、モノ作りに加わっていただければ、活躍の場は必ずあると思います。
T・H 氏 プロフィール
大学卒業後、日本IBMにて約20年に亘り、活躍する。システムズ&テクノロジーエバンジェリストを経験。2014年レノボに入社。Lenovo サーバー・エバンジェリストとレノボ・エンタープライズ・ソリューションズ マネージャーの二役を担う。