お互いに理解し、お互いの立場に立つ
これまでのキャリアについて教えてください。
大学を選んだ理由は、高校時代から続けていたスポーツと、好きだった化学のふたつをやりたいということでした。4年間で得られたものは、結果は分からなくても何かに徹底的に打ち込むことですね。自分の中では、健康であることがとても大事なのです。長年取り組んだスポーツを通じて、どうやってパフォーマンスを高めていくかを考えたとき、突き詰めていくと最後は“健康であること”。それは身体だけではなく、フィジカル、メンタル、スピリチュアルな部分でもそうです。化学の中でも私がいちばん興味を持っていたのは生化学で、身体の中でどういうことが起こるかを化学ベースで理解する。たとえば栄養を摂ったあとに身体の中でどのように変化するかなどはいちばん興味を持ってやったことで、それはいかにパフォーマンスを上げるかにもつながっていたのです。これは今でも仕事のパフォーマンスを上げることに生きています。また、大学時代にキャプテンを務めたときには、一人一人をよく理解しながら、みんなが成長していけるようにまとめることを大切にしていました。この経験も今の人事の仕事に生きています。
学生時代からグローバルの化学会社で働きたいという思いがあったので、卒業後にBASFに入社しました。入社後は化学品の中でも特に興味のある分野に関わる部署に配属され、ニュートリション(食品・飲料加工用原料)の営業を担当しました。当時のBASFジャパンでは基礎化学品などの川上製品が中心で、ニュートリション分野においては組織が現在ほど細分化されておらず、製品の輸入から納品に至るバリューチェーンのほぼ全てを自分たちでやらなくてはいけない状況でした。だからこそ苦労もありましたが、業務の全体を理解することができました。
入社から5、6年経った頃、日本の大手製薬メーカーとの合併に携わりました。全く違うビジネスモデル、商売の捉え方やカルチャーを見て、学ぶことが多かった時期です。仕事の進め方には悩んでいたのですが、「とにかく良いところを見つけなさい」というあるお客様から助言を頂いたことがきっかけで、周囲の方の協力を得られるようになり、百数十社あった代理店を3年間で最終的に5社に統合できました。この時いちばん学んだのが、人との関係の大切さだと思います。
グローバルでのご経験もお伺いさせてください。
シンガポールや香港でアジア地域統括本部での仕事を経験しました。ちょうど会社としても、アジアでの裁量を増やしていこうという時期でした。シンガポールのメンバーは9国籍くらいあったのかな。すごく良いチームでエキサイティングでした。同じひとつのことでも捉え方が違うし、違う発想が出てくる。
例えば、貧国における栄養事情を改善するプロジェクトはとても良い経験でした。当時私はパキスタンやバングラデシュなどを担当していましたが、栄養がなぜ必要かという捉え方が先進国である日本とはまず違うし、栄養に対する基本的な知識やコンセプトさえない。その状況に対処するためには、食品に最低何ミリグラムの栄養素を入れるといった法律をまず作るんです。日本人であれば法律を守るのが当然なのでそれで十分なのですが、インドネシアの同僚などは、作った法律をどうやって守らせるかの施策も打っていくべきだと考える。そのように日本の常識では気づくことのできない発想がたくさんある。その“違い”が面白いのです。
シンガポールのあとは香港に移りましたが、ここでは一緒に働くスタッフのリズムの違いに気づかされました。信号も、エスカレーターも速い。仕事もスピーディ。シンガポールは当時良い意味でリラックスムードでしたから、そんな点もだいぶ違いましたね。
海外では日本で働いているのとは全く違う、貴重な経験を積んでいたのですが、予定よりも早めに日本に呼び戻されることになりました。かつて日本で携わっていた事業のビジネス環境が非常に悪化していたのです。私のミッションは事業を立て直すということでした。
大きな視点で、日本のこれからの流れを見つつ、その中でBASFとしてどのように貢献していくか。そういった戦略づくりをメンバーと共に行いました。自身にとっても、会社全体を理解する上で非常に大切なステップでした。今は会社が大きくなり分業化もされているので、部署同士が対立することも出てくるのですが、向かっていく方向は一緒なので、お互いに理解し、お互いの立場に立つことが重要ですね。
人事としての存在意義
人事へ異動になりましたが、変化などはありましたか?
変化ではないですが、改めて「自分はBASFが好きだ」ということに気づかされました。当時アジア全体の大々的な組織改革が行われるタイミングで、そこに人事への話が来たんです。やってみようと思ったのは、会社に貢献・恩返しをしたいと思ったからです。これまで好きなことをやらせてもらい、人間として成長させてもらったのです。次は恩返しをしようと思い、この仕事に取り組むことにしました。
江口氏がトップになり、BASFの人事はどのように変わってきていますか?
私が化学品営業のディビジョンヘッドを務めていた頃は、人材育成に最も力を入れていました。人材の育成は部門ごとにもできますが、会社単位でできることもたくさんあると思っていました。部門をまたがる活動など、いろいろあるのに、そういう取り組みができていなかった。人事はこちらのリクエストに応えてはくれるけれど、能動的な提案がなかったんです。人事も営業と同じで、話を聞いてそれに応えるだけではなく、さらに先まわりをして対応することが必要です。
だからこそ、人事に異動になってやりたいことはありましたが、現況を知った瞬間、まずやることは再構築だと思い、取り組みました。過去10年で事業統合を10件ほどおこなっています。制度もカルチャーも違うものを短時間でひとつにしていくと、人事の負担は尋常ではないのです。その中で疲弊していたこと、人事戦略自体がはっきりしていなかったこと、受動的な体勢が長く続いていたことなど要因様々ですが、とにかく再構築が必要だったのです。
就任する前からスタッフ一人一人と話をし、向かう方向を明確に示しました。人事としての存在意義は、BASFのビジネス戦略を推進し、会社が成功するために各部門の人間と共に働くのだということ。立ち位置は、“受ける”だけではなく“パートナー”であること。ですが、すぐにそれができる状態ではないので新しい組織のストラクチャーを作り、メンバーの交代も行い、新しいスタッフを外部から多く迎えました。
世の中でも人事の役割が今、オペレーショナルからビジネスパートナーへ変わってきています。その方が仕事は面白いと思います。自動車レースのラリーには、運転者とナビゲーターがいる。ちょうどあの関係になれれば良いですよね。ナビゲーターがいなければいくらハンドルを切り、アクセルを踏んでもレースで勝てないですよね。ドライバーが見えない部分を先読みして、早め早めにプロアクティブに伝えていく。場合によってはドライバーがアクセルを踏みたがっている時にあえてブレーキを踏ませるとか。そんなイメージをスタッフによく話しています。
事業をやっていると、良い意味でもリスキーな意味でも、どうしても欲が出ます。管理部門は、そこを違った視点でナビゲートするのが役割だと思うのです。また、そのためにはある程度ドライバーとしての基礎も必要ですよね。ナビゲーターが後追いだったら危ないですからね(笑)。
大切なのは、好奇心を持って将来を見る力
BASFの特色を教えてください。
BASFは昨年150周年を迎えた伝統ある総合化学会社で、世界でも化学品の売上げでNo.1のポジションを築いて参りました。2050年に地球上の人口が90億人に達するだろうという推測の元に、その人口の生活を今の地球資源でどのようにして賄っていくかという大きな課題に対して、我々の「化学」を強みにソリューションを提供していくこと。その領域の中には「資源・環境・気候」、「食品・栄養」、そして「生活の質」という3つのエリアがあります。資源の確保に貢献し、栄養価の高い食品を提供し、そして生活の質の向上に寄与していくことがグローバルBASFの目標です。“成し遂げたいこと”があり、自分から仕掛けていき、その優秀な仲間たちを巻き込んでやっていく。そういった思いがあれば、すごくダイナミックなことができる楽しい会社です。
業界においてリーディングポジションを保つBASF。他社との違いは?
ケミストリーというコア部分に対し、常に一貫性を持って推進していること。あえて言葉にするなら「フェアブント(統合)」でしょうか。これはドイツ語で「統合・つなげる」という意味で、もともと生産分野で使われ始めた考え方です。フェアブント拠点(統合生産拠点)では、各工場から排出される副産物やエネルギーを他の工場で再利用するなど、資源を効率的に活用しています。それはまさに我々の強みです。BASFではこの考え方が、人材育成、研究開発など生産活動以外の分野でも根付いています。他社でそこまでフェアブントの考えを徹底している会社はないでしょう。ただし、だからこそ我が社にフィットしない事業もあり、そのように判断した場合にはその事業から撤退することもあり得ます。また同時に、企業目標に掲げている通り、サスティナビリティという側面から環境保護にも力を入れています。例としては、事業判断をする場合に環境への影響も盛り込んでいることが挙げられます。化学品の工場は排水が出ますが、ライン川沿いにある本社では川上より川下の水がきれいになっているというぐらい、きれいな水を排出する工夫をしています。いくら利益が出るとしても、環境面での課題をクリアできなければ事業として進めない。これは経営指標の中に実直にサスティナビリティを反映している例で、今後も徹底していきたいことです。
BASFで輝いている人材とは?また人材育成への具体的な取り組みは?
日本は今、高齢化や少子化、人口減少といった面で、先進国として新しい問題に直面する機会が最も多い国のひとつです。新しい問題に対して新しいソリューションを生み出し世界に発信していく、というのが今のBASFから見た日本の位置づけだと考えています。新しいものをジェネレートしていくことが必要なのです。創造力を働かせ、将来の日本の問題を考え解決しようとする人、新しいものを生み出そうとする人が活躍しています。BASFはダイナミックなことが出来る会社ですから、ダイナミックな視点を持っている人は活躍できるのです。
経験に対する投資、また人材育成に対する長期的な投資にも力を入れています。社内で「チョイス(CHOICE = Champion of Inter Career Experience)」と呼んでいる全社員対象のプログラムがあります。さらにこの取り組みをベースとした「ジャパンタレントフォーラム」があります。会社が社員一人一人と向き合い、個性に合った育成を実現し、実績にもつながっているプログラムです。これらにかける時間的・経済的な投資はかなりのものですが、それらを上回る長期的なリターンを期待しています。
これから求める人材とは?
求めているのは、多様で優秀な人材らと協業できるセルフスターター、でしょうか。お互いの良さを最大限に引き出し、事業をドライブしていける人材。それには「待ち」体勢では難しい。リスクも取りながら自ら動いていくことで、異なる強みを持つ相手と協業してひとつのゴールに向かうことができるのだと思います。相手の良さを引き出しながら、唯一のものを作っていく。まず可能性を見つけ、それを実行できる人。大切なのは、好奇心を持って将来を見る力です。そういう力のある方に、是非BASFに入社いただき、活躍し、成長していってもらいたいですね。