スワロフスキーには社員の意見も尊重して柔軟に対応するという姿勢がある
これまでのキャリアをお聞かせください。
バブル絶頂期の1991年に大学を卒業、会計事務所に給与課のスタッフとして就職しました。最初に割り当てられた仕事は給与計算です。まだ給与計算システムが発達していない頃で、電卓を片手にすべて手書き。はじめは地味な仕事だと感じていましたが、経験を積んでいくうちに、給与、社会保険、退職金等、お金の流れがひとつにつながると意外な面白さに気がつきました。給与計算は人事業務の基礎中の基礎です。それを社会人として最初の2年半アナログでみっちりできたことは、すごく幸運だったと思います。
その後、民間奨学金プログラムを利用して1年間アメリカに留学しました。高校時代、ハワイに交換留学し、いろいろなアイデンティティを持つ人たちの中で自分を主張していくという経験のインパクトが大きく、また是非留学したいと考えていたのです。現地で人事のインターンも経験したのですが、ダイバーシティ(多様性)という感覚もこの頃芽生え始めたと思います。アメリカの人種問題、雇用の機会均等問題など、日本よりもシビアな社会問題について触れることができました。また、女性の働き方という意味でも非常に刺激を受けましたね。同じオフィスにいた韓国人の女性は、旦那さんはフリーター、自分は5時まで会社で働いて、その後大学院へMBAを取りに行く。当時日本ではありえない生活スタイルです。日本がいかに遅れているかを実感しました。
短期留学終了後は、当時急成長していたオラクルに入社し、人事企画の通常業務に加え、MIS(経営情報システム)を使って社内人事のデータベースを作るプロジェクトや海外赴任者の給与体系を整えるプロジェクトに携わりました。これらは非常に規模の大きなプロジェクトであり、上層部へのプレゼンの機会も多くあったのですが自分のスキル不足を痛感しました。外部のコンサルタントと一緒に仕事をする機会があったのですが、彼らは説得力のある資料を作り、プレゼンテーションでは他者に伝わる話し方を身につけている。自分が事業会社の人事として次のステージに上がるには、それらのスキルが必要だと感じ、5年間と期間を決めてコンサルティング会社に転職、様々なプロジェクトを通し、数値分析をベースにした解決方法の提案の仕方、ロジカルな話の組み立て方などを学んでいきました。
その後、プラダでの人事トップを経てアディダスへ転職、香港にあるアジアパシフィックリージョン統括オフィスへ赴任してリテール向け人事組織や制度の立ち上げなどを経験しました。その後、出産・育児休暇を経てスワロフスキーへ入社したのです。
スワロフスキーに入社され、どんな企業だとお感じになられましたか?
スワロフスキーには「ローカルを尊重する」という姿勢があります。多くの外資系企業では、いつまでにこれをやりなさいとグローバルから指示命令がくるだけの場合が多いですがスワロフスキーでは、指示命令という形ではなく、ローカルの意見も尊重して柔軟に対応してくれます。社員の話を聞き、真摯に応えてくれるのです。Aという指示にA’という提案をすれば意見が通ることもあります。このように会社が対応してくれる環境ならば、私も人事としてパフォーマンスを発揮できると思いましたね。スワロフスキーは現在でもスワロフスキー家が株主で、会社全体を「家族」と考える意識が非常に強く、それが社員を大事にする企業カルチャーに繋がり、社員の意見も尊重して柔軟に対応するという姿勢に繋がっているのだと思います。
会社で働いている人が幸せでなければ、お客様を幸せにできない
御社のビジネス戦略について教えて下さい。
スワロフスキー社は1895年にオーストリアで設立。高品質クリスタルの製造、ジュエリーやアクセサリーなどの製品開発、マーケティング、小売までのすべての工程を自社で行い、それが弊社の独自性となっています。
2011年にスワロフスキーは全世界共通で「スワロフスキースピリッツ2020」という、2020年までの中長期計画を発表。「2020年までにジュエリー業界のグローバル・マーケットリーダーになる」というビジョンを掲げています。
日本では、2007年にジュエリー強化戦略を打ち出して以来、大きな変革として百貨店内ショップ高層階のリビング売場からジュエリー売場への移設、新規出店、コミュニケーション/PRの強化を進め、ジュエリーブランドとしての認知を高めています。販売網が確立した2011年以降は、既存店売上のさらなる成長に注力し、右肩上がりの成長を続けています。
ジュエリーブランドとして、また毎日の生活に輝きを提供する身近なブランドとしての認知をさらに向上すべく、メディアへの投資を強化、消費者のショッピング体験向上のため、接客やトレーニング、顧客管理を強化しています。
それを実現するための人事戦略についてはいかがでしょうか。
私は会社のビジネス戦略が転換した2012年に入社しました。そのころから、優秀な人材を採用し、採用した新たな人材をどう育てるかを模索してきました。たとえば、ショップの派遣社員の比率を下げたことも、その一つです。そして、優秀な人材・リーダーを育成するために社員トレーニングの充実も図っています。オフィスとショップではトレーニングの内容が異なります。オフィスの人材育成のプロセスはグローバルで統一されており、年1回の業績評価の結果と社員のポテンシャルを加味して長所、短所を分析し、長所を生かし短所を改善する方法をマネジメントと人事が一緒に考えます。また、いわゆる「トップタレント」のリーダーシップ育成のためにリーダーシップアカデミーというイギリスのビジネススクールと提携して行っているトレーニングプログラムもあります。ショップに関しては店長からスタッフレベルに至るまで、オフィスと同様に業績評価をし、個々のスタッフのポテンシャルのアセスメントをしています。また、今年からリテールワークショップというプログラムが始まり、今まで店長レベルのトレーニングが主だったのを、ようやく店舗スタッフにトレーニングを行える段階にたどり着きました。
今年私が力を入れて取り組んでいきたいことは、リテールの現場のスタッフから会社に対する意見を直接聞くことです。報告として現場の状況を説明されることはありますが、直接スタッフから聞かなければ汲み取れない部分があります。そのあたりを直接現場から吸い上げ、今後の制度作りの際に考慮していきたいと考えています。社員が楽しく働いていなければ、お店の雰囲気ですぐにお客様に伝わってしまいます。
また、会社を良くしていくスローガンとして「ワン・スワロフスキー」を掲げています。会社は縦割りになりやすい組織構成ですが、社員同士のコミュニケーションを活性化するために、様々な取り組みを行っています。たとえば「いいね!」キャンペーン。ちょっとしたことでも大きなことでも、なにか相手にありがとう、と思ったら二枚複写になっているカードの1枚を相手に渡し、もう一枚はみんなに見えるように店舗やオフィスのクリップボードに貼る。四半期に一度、クリップボードに貼られたカードで抽選会を開き、当たった人にはちょっとしたプレゼントを贈るんです。小さいことですけれど、面白さを演出しながら、フィードバックするカルチャーを熟成し、感謝の気持ちを素直に相手に伝えることを習慣にしていこうと取り組んでいます。このように小さな取り組みでも時間をかけて少しずつ積み重ねることが大事だと思います。
氏家さん自身はお子さんを育てながら働いていらっしゃいます。御社のサポートはいかがですか?
スワロフスキーは家族やプライベートを大事にします。その考え方が会社全体に根づき、企業カルチャーとなっています。印象的なのはシンガポールに出張したときのことです。出張3日目に娘が熱をだしたという連絡を受けました。その事情をシンガポールにいるVPに話すと即答で「今から帰れ」。あと2日スケジュールが残っていましたが、すぐ帰国することができました。私は基本的に定時に帰りますし、社内には家庭の都合で朝早めに出社して夕方早めに帰る人もいます。もちろん、それぞれ自身の仕事は責任を持って行いますし、柔軟な対応が必要だということは全員が理解し、サポートをするというカルチャーになっています。
自分で積み重ねてきた経験が、次のチャンスを呼びこむ
最後に、転職を考えている方へキャリアを伸ばすためのアドバイスをお願いします。
転職はご縁だと思います。そして、そのご縁は突然現れるものではありません。働きながら実績を積んでいくことで、次のご縁につながります。私の場合、コンサルタントをしていなければプラダのポジションはありませんでした。プラダにいなければ、アディダスに入ることもなかったと思います。実績の積み重ねがあれば、自然にご縁がつながっていきます。ただし、だからといってご縁を待っていれば良いというわけではありません。今の仕事を一生懸命やらなければ、チャンスが回ってきても取り逃してしまう。自分のキャリアは自分で築くしかありません。まずはしっかりと実績を積み、「私はこれができます」という武器を手に入れることが先決です。
もう1つ言えることは「仕事はすべてではない」いうことです。自分自身を受け入れてくれ、自分らしくいられる職場を選ぶことです。仕事は1日の3分の1を費やす活動です。楽しくなければ辛いだけ。楽しく働くにはどの会社が適しているかという観点で会社を選ぶのもひとつだと思います。