商品が持つ“ブレない軸”を見極めることが
マーケティングの成功要因
2013年2月に発売された「energy boost(エナジーブースト)」が売り上げを伸ばしているとお伺いしました。商品の特徴や強みはどういったところでしょう?
一番の特徴は、靴底に使われている「BOOST™フォーム」です。これは、アディダスが独自に入手した特別な素材です。この素材は小さな粒の集合体で靴底を作っています。BOOST™フォームの素晴らしいところは、ランニングシューズに大切な“クッション性”と“反発性”の両方を備えていることです。従来の素材は、その両立がなかなか上手くできませんでした。クッション性を求めると反発性を失ってしまい、速く走ることが難しい。逆に反発性を求めると、クッション性が弱くなり足に負担がかかってしまうという問題を抱えていたのです。しかしBOOST™フォームなら、その両方のメリットが得られるのです。このシューズを履けば、楽に長く走れるということが、一番の特徴であり強みですね。
実際に、どのような販売戦略を考え、実行されたのでしょうか?
今までにない、『未知なる走り』を体感してもらうには、やはり「履いてみればわかる」というのが、重要なポイントでした。私自身、実際にenergy boostを履いた瞬間、今までにない不思議な履き心地に心を奪われました。ですから最初の一手として、“履いたときの衝撃”を多くの人に伝えようと考えました。そのために行ったのが「my first boost」です。アディダスが契約している選手たちに、実際にenergy boostを履いてもらい、その瞬間のコメントをキャッチして動画にしたのです。「跳ねるようだ」「かかとが安定する」など機能性に関するものから、「気持ちがいい」「走り出したくなる」「カンガルーになったみたい」といった感覚的なコメントまで、多岐に亘りました。この動画を世の中に発信することで、まずお客様の興味を喚起しました。
次の一手は、実際に多くの人に履いていただくということです。そのためのイベントを多く行いました。例えば2013年2月に東京で開催された国際マラソン大会のエキスポ会場では、靴の形をした超巨大ブースを出展し、来場されたお客様に、実際にenergy boostでランニングマシンを走ってもらいました。今となっては、靴の形ではなくても良かったかなと思うのですが(笑)、インパクトを与えるという狙いは成功しました。また、2013年の秋には履き心地に満足できなければ購入代金を全額返金する「未知なる走り実感保証」キャンペーンを行ったり、2014年2月からは世界中の道を走るバーチャルランニング体験ができる「地球一周 試し履き」キャンペーンを行ったりして「boost」の履き心地を体験していただく機会を多く設けました。加えて大事だったのが、店頭での試し履きという地道な販売促進です。これらの方法で、energy boostの軸となる「履いてみればわかる」をお客様に伝えていきました。
マーケティングの成功要因の一つは、この“軸”があるかどうかだと思います。energy boostにはそれがあった。だから最初から最後まで、ブレずに戦略を実行できたのです。そしてもう一つ、確かな商品力と、社員がそれを信じられるかどうかです。いかに優れた商品があったとしても、それをマーケティングチームが、会社全体が信じることが出来なければ販売戦略は成功しません。energy boostには、信じられるだけの高い商品力があったということです。
好調な売り上げの陰で、難しかったこと、苦労したことはありますか?
energy boostに関して言えば、最初のローンチの段階で全世界での販売足数が決まっていたため、日本での販売足数も限定されていました。ですから全国の店舗に行き渡らず、数の調整は難しかったです。energy boostに限らず、どうしても都心偏重の販売になってしまうのは今後の課題ですね。
社内的な部分で言えば、チャネルチームとの連携でしょうか。アディダスには3つのチャネルチームがあります。まず1つめは卸しを担当するホールセール。2つめは直営店。3つめはeコマースです。どのチャネルチームにも効果的なマーケティングができればベストですが、やはりケースバイケースです。energy boostを例に挙げれば、eコマースは試し履きなどできませんから、代案が必要になってくる。そのあたりの課題を打開するために、マーケティング担当者には、カテゴリーを超えたコミュニケーション能力やリーダーシップが必要とされます。
ただ、おかげさまでenergy boostは凄く良い反響を頂いております。取引先の方からも、「履いたらわかる」という提案の仕方にご納得頂けたり、ある業界紙では「2013年で最も革新的な商品」部門にて大賞として評価いただけたり、多くのメディアにも取り上げていただきました。それらが着実に売り上げに繋がっています。
アディダスらしい、物づくりへの真摯な姿勢。
マーケティングも同じでありたい
アディダスにとって、ブランドマーケティングとは何でしょうか?
アディダスというブランドのファンをつくり、増やしていくことです。現在メインのターゲット層は、14歳から25歳までの男女です。その層を中心に、より一層、多くの方々に愛されるブランドを目指したいですね。具体的には、従来アディダスが強みとしているフットボールだけでなく、バスケットボールやランニングなど様々な競技で良質な商品を生み出し、マルチスポーツブランドとしての地位を確立していきたいです。また、ファッションのカテゴリーでも同様です。スポーツにインスパイアされたストリートファッションがテーマの「adidas Originals(アディダス オリジナルス)」や、10代後半から20代の若者に向けた「adidas NEO Label(アディダス ネオレーベル)」などがあります。スポーツを身近に感じてもらいながら、より幅広く、様々な方向性でアプローチしていきたいです。
アディダスを愛していただくためには、アディダスらしい魅力を大切にしていかなければなりません。その一つが、商品に対するこだわりや、物づくりに対する真摯な姿勢です。創始者のアドルフ・ダスラーが靴職人だったこともあり、「アスリートのために最高の一足を提供する」という理念が、アディダスのゆるぎない軸となっています。これが、アディダス全体の姿勢につながっていると思いますね。アディダスのブランドビジョンである、「スポーツへの情熱を通じて世界をより良い場所にする」をモットーに、商品を提供するだけではなく、その市場や文化までも活性化させていきたいのです。マーケティングの姿勢も、同じでありたいです。あまり奇をてらった形でお客様にアプローチするというよりも、地道さや愚直さを大切にしたい。実際に体感していただくイベントを開催したり、店頭に来ていただくための戦略を練ったり、そういった地道なマーケティングを大事にしたいと思っています。
スポーツ業界とファッション業界、異なる分野のマーケティングを成功させるためにはどんなことが大切でしょうか?
どの分野のどの商品も、最終的に大事なのは消費者インサイトです。ターゲットである消費者をどうとらえ、正しいマーケティングの方向はどちらなのか、それを突き詰めて考えることが大切だと考えています。例えば、先日行われた2014 FIFAワールドカップ ブラジル™では、アディダスと契約する全選手に、ワールドカップ専用のスパイクを提供しました。白黒のグラフィックをまとった「バトルコレクション」です。それはピッチ上でも目立ち、かなり異彩を放っていました。当然、多くのお客様の目に留まったはずです。多数の世界最高峰のプレーヤーがこのようなインパクトのあるスパイクを履くことで、性能の高さとカッコよさを同時に証明し、お客様が持つ「良質でカッコいいものが欲しい」という欲求に対応できたと考えています。
また、アディダスの不朽の名作であるスニーカー「Stan Smith(スタンスミス)」が、このたび2年の休止期間を経て、2014年1月にリローンチを行いました。リローンチの際は、ブランドのバリューを重視すべく、マーケティングの対象をあえて狭く絞り込みました。幅広く広告宣伝を行わず、ファッション業界で影響力のある人に支持して頂くなど、宣伝方法も絞り込むことで「よりスタイリッシュでプレミアムな商品を持ちたい」というお客様の欲求を掴めたと思っています。
このように、「いかに消費者を意識するか」が非常に重要です。常に「なぜ買っていただけるのか」「なぜ買っていただけないのか」というシンプルな問いを突き詰めて考えることで、消費者が求めているポイントが見えてきます。そのためのアンテナをはるということは、日頃から大切にしています。
良い商品を作り、より多くの方々に販売できている、その要因はどういったところあるとお考えでしょうか?
まず、社内全体の方向性が一つになっていることが大きな要因です。アディダスの社員全員が「アディダス」というブランドにリスペクトを持ち、マルチスポーツブランドとして「アディダスはこうあるべき」だという考えを多少の違いはあれ持っています。そして「Authentic(本物であること)・Passion(情熱的であること)・Inspiration(創造的であること)・Innovative(革新的であること)・Honest(誠実であること)・Committed(真摯に取り組むこと)」という6つが社員の共通のバリューとなっています。ですから社内全体が結果を出すことへの強いこだわりを持っており、自分の守備範囲以外は興味がないという人は非常に少ないのです。
弊社の仕事のスタイルは、非常にクロスファンクションです。良い意味で垣根がなく上層部への距離も近い、フラットな環境だからこそ、お互いに意見が言いやすく、逆に言えば軋轢も生まれます。ときには、互いの思惑が上手くまとまらないときもあります。それでも、最終的に上手くいっているのは、皆のベースにアディダスへの愛情と共通のバリューがあるからです。むずかしい局面も、最終的にはそこがカバーしてくれます。
そして、セールスとマーケティングが、いい緊張感と距離感を保っていることも要因の一つではないでしょうか。外資系企業らしい緻密なブランディング戦略やマーケティング戦略を持つ面と、取引先への細かいケアといったドメスティックな面。その両方がバランスよく存在することで、結果に繋がっていると思います。
物を売るだけではなく、夢も売る。
アディダスで働く人には、それを醍醐味だと思って欲しい
アディダスではどんな方が活躍されていますか?
コミュニケーションの能力が高く、人を巻き込む力がある人。そしてやり切るパッションを持っている人ですね。仕事はチームで行うものですから、自分だけで成し遂げようとするのではなく、上手く周りを巻き込みながら一つのゴールへ向かって先導していける人が強いと思います。最後までやり遂げる力も必要です。最近では、2014 FIFAワールドカップ ブラジル™のプロジェクトリーダーが最たる例でしょう。
アディダスは幸いなことに、FIFA(国際サッカー連盟)とも日本サッカー協会ともパートナーシップを結ばせて頂いています。従って、権利を最大限に活用でき、あれだけの国際的大イベントにおいて、多種多様なマーケティングが可能です。社内的にも4年に一度の大イベントですから、やりがいもあるし、当然責任も大きい。今回担当した社員は、元々サッカーを担当したことがありませんでした。そこで日本代表の過去18年分の代表戦の試合映像を見続け、サッカーミュージアムにも通い詰めて必要な情報を集め続けました。まさにパッションの塊ですよね。プロジェクトチームは、各部署から集められた30人ほどで構成されていましたが、彼はチームの全員に表に出る役割を与えたり、あまり目立たない、しかし手がかかる役割を自らが率先して請け負ったりと、素晴らしいリーダーシップを発揮していました。自分の態度でも行動でも、「プロジェクトを成功させるんだ」という意思を示していましたし、プロジェクトチームはもちろん、周りを巻き込んで今大会は2014年4月末の段階で、サッカー日本代表ユニフォームの売り上げが前回大会の7倍という大きな結果を導きました。
アディダスで求める人材像を教えてください。
やはりスポーツが好きな人と一緒に働きたいですね。競技経験の有無ではなく、スポーツに関わることが好きというのは絶対条件です。ただし、好きなだけではなく結果に対するどん欲さも必要です。最終的なゴールに向けて、リーダーシップを発揮したり、縁の下の力持ちとして働いたり、どんな役割であるにせよ、とにかく一つのゴールへみんなで突き進もうという人に来ていただきたいです。アディダスはそういう人を求めていますし、そういう人こそ働きやすい環境だと思います。
アディダスへの転職を考える人にメッセージをお願いします。
一つ、アディダスが一般の企業と大きく異なるのは、スポーツの試合結果によってビジネスプランが左右されるということです。例えば「○○が勝ったら、こういうイベントをやろう」と企画していても、負ければイチからやり直し、ということもある。企画を一つ成立させるだけでも、選手やチーム、競技の協会など、確認をとらなくてはならない箇所や項目が非常に多い。正直、面倒くさいことも多いです。ですがそれ以上に、アディダスにしかできないことがたくさんあります。例えば有名スポーツ選手やアーティストと一緒に、一つのものを作り上げて、世の中に発信していくというのは、アディダスだからこそできるビジネスの一つです。そこに価値を見いだせる人にとっては、アディダスは非常に魅力的な職場だと考えます。逆にそうでない人は、多忙さの中で、努力し続ける気持ちが切れてしまうと思います。
煩わしさを補ってあまりある、感動的な瞬間がある会社だと思います。物を売るだけではなく、夢を売ることができる。それが醍醐味だと思って欲しいですね。