イメージ資産を生かしつつ、親近感を持ってもらう
『LUX』とはどのような製品でしょうか。
LUXは100年近い歴史を持つブランドで、日本でも半世紀もの間、トップブランドとして多くのヘアケア製品、ボディケア製品を展開してきました。特にヘアケアのカテゴリーではLUXとP&G社のパンテーンで2強という位置づけにあります。LUXの強さは「ものがいい」というイメージが一貫していること。これは大きな資産です。実際に、香りや泡立ち、仕上がりといった使用感の調査結果などを見ても一番良い評価が出ています。それにプラスして、広告にずっとハリウッドスターを使ってきたので「ラグジュアリー」「ビューティー」のイメージも強い。それがシェア10%という結果につながっています。初めてLUXを担当したときは、お化けブランドだなと思いました。
2013年の秋にLUXは大きくリニューアルをなさいました。その狙いは何ですか。
歴史あるブランドということで、「高級」「高品質」というブランドイメージが定着しているのですが、日本の消費者構造の変化を反映して、ユーザーの高年齢化傾向が見えるようになってきました。20代?30代の女性にとっては、「私のブランド」ではなくて、「お母さんが使っているブランド」になっているんですね。安定しているブランドなので、いいものは変に変えないほうがいいという議論もありましたが、ブランドの今後の成長を考えると懸念がありました。やはり若い人たちにも使ってもらわなければブランドは続いていかないんです。そこでリニューアルして若返りを図ろうと考えたわけです。
具体的にどのようなリニューアルを行ったのでしょうか。
まずは20代?30代の女性に向けたメッセージングですね。2、3年前までのTVCMは、カメラのフラッシュがあちこちからたかれているレッドカーペットをキャサリン・ゼタ=ジョーンズが歩き、振り返って微笑むみたいな(笑)。80年代、90年代はそれが受けていました。でもいまは、ハリウッド女優の上から目線にドキッとする時代じゃないんですよ。有名女優は知っているし憧れもするけど、好きになるのはもっと身近な親近感を覚える人たちなんですよね。かといって、ハリウッドスターをAKBに変えればいいというわけではありません。それにLUX=ハリウッドスターというイメージが定着しているのでそこは変えたくなかった。見せ方を変えて、いかにして親近感を持たせるかということに一番苦心しました。
今流しているCMでは、ニーナ・ドブレフという女優が前を向いてただ歩いているんです。それだけを描写しているんです。そして「輝くために、生まれてきた」というコピーで、みんなそうだよねという気持ちに訴える。親近感を持たせて取り込むようなイメージです。これまでのLUX=ハリウッドスターというイメージ資産を生かしつつ、親近感を持ってもらうのはすごく難しいチャレンジですが、頑張っています。
CM以外にも、テレビも朝のニュースショーとタイアップしたり、ウェブ用の動画を流したりといったプロモーションも仕掛けていて、まだ3?4カ月しか経っていないので確実なことは言えませんが、ターゲットにした20代?30代の購買が増えているので、狙っているところはまずまず引き出せている感触がありますね。
マーケティングにおいて一番大事で、かつ難しいのは、ひとつに絞り込むこと
プロダクトそのもののリニューアルという点ではいかがでしょうか。
まずはパッケージデザインを一新しています。パッケージに関しても若い人から見ると、やっぱりイメージが一昔前だったんですね。シックではあるけど、ドキドキしない。ドキドキって私の言葉なんですが、とても大事なことだと思いますし、女性って可愛くてお気に入りものをバスルームに置きたいじゃないですか。目に入ったときに素敵だと思えて、ちょっと温かみもあって、LUXなので自分へのご褒美的な贅沢感とか高級感もあって、という具合にすごく考えました。
デザイナーにはブランドチームでつくったコンセプトをキーワードで伝えますが、今回は「輝く」「ラグジュアリー」「女性らしさ」「自分へのご褒美」といったキーワードを伝えてデザインしてもらいました。たぶん「ご褒美」という言葉が効いたんだと思いますが、出てきたデザインは斬新で美しく、ご褒美らしくロゴがリボンのようにも見える。見た人がみな「オッ」となるくらいよかった。すぐにこれで行こうとなりました。
製品の中身もかなり改良して、ダメージ補修力や保湿力が相当上がっていますし、香りも大きく変えました。日本人に好まれる独特の香りがありますから、それに合わせて日本で調香し、いわゆるムスクがかったプレミアムな香りを目指しました。
こういった中身のリニューアルに関しては、やはり使ってもらわないと理解してもらえません。「お母さんが使っているブランド」と思っているターゲット層にまず手に取ってもらおうと、セールスプロモーションの一環として有料のサンプリング品を作りました。通常、1000円以下で売っているマスブランドの商品では、有料のサンプリング品を作ることはまずしないんですよ。もちろんLUXでも初めてです。今回は特別に、2回分のシャンプーが、ギフトっぽくリボンをかけたような箱に入っているものを、1個100円で出しました。女性って、タダでもらうより自分で買ったほうが使いますよね。だから20代?30代の、本当に使う気がある人に買ってほしいという願いを込めて、赤字覚悟でやったんです。そうしたら非常に反応がよくて、すぐに売り切れましたね。
リニューアルが成功したかどうかの評価はどのように行うのですか。
リニューアルなどの大きなプロジェクトが成功したかどうかは、だいたい1年単位で見ます。ただ、ヘアケアのように回転の速いカテゴリーの場合、最終的な評価は1年後だとしても、それまでに何回かレビューをします。普通は1年に4?5回買うので、まず3カ月でこれくらい、6カ月でこれくらい行かなくては、という指標を設定します。それで見ると、今回のリニューアルはうまくいっています。
このプロジェクトで一番大変だったことは何でしょうか?
CMのメッセージ作りですね。色々と伝えたいメッセージがありますが、15秒の短いCMに落とし込んだ時に、何が1つだけ残っているか、その1つをチームとして絞り込むのにすごく時間がかかりました。今流しているCMにたどり着くまでに没になった編集バージョンがたくさんあります。結局は「輝くために、生まれてきた」を決めゼリフにしましたが、あれはとてもエモーショナルなコピーなんですね。15秒のメッセージでは、エモーショナルなことはイメージで伝えられるから、もう少し機能的なことを伝えたほうがいいのではないかとか、ものすごく社内で議論しました。でもエモーショナルなメッセージも機能的なメッセージもあれもこれも全部伝えたい、となると結局何も伝わらないんですよ。マーケティングにおいて一番大事で、かつ難しいのは、ひとつに絞り込むことなんです。捨てる勇気を持たなくてはいけない。大きなブランドになればなるほど大きな勇気が必要になるのですが、大きくなるほどブレます。自分としては、これがいい、というものがありましたが、やはり巨大な投資を伴うので、自分ひとりで決めるわけにはいきませんし、エビデンスはあったほうがいいので、最後は消費者調査をして決めました。
ユニリーバでのマーケティングの醍醐味とはなんでしょうか。
社内ではいろいろ言いますが、私が一番気に入っているフレーズは、「Think Global, Act Local.」。日本という市場で戦って、日本の市場で結果を出すのが私の仕事ですが、そのために使えるリソースがグローバルにたくさんある。それがユニリーバのいいところですし、ユニリーバでのマーケティングの醍醐味ですね。
LUXは日本での売上が大きいのでグローバルに発信する立場ですが、DoveやAXEといったブランドは海外のほうがはるかに大きいので、ベストプラクティスがいっぱいあります。それをちょっと借りたり、そのまま焼き直して使ったり、ということが結構ありますね。あと、海外で製品を出すときの考え方や戦略、その後のレビューとかも理解したうえで展開できるので、すごく視野が広くなります。
また、人的リソースのグローバル活用という点でもユニリーバの強みがあると思います。例えば、LUXヘアは日本ではかなり大きいブランドで、日本がグローバルの発信元になっています。中国には日本のものをそのまま展開しているんですよ。だからグローバルチームも日本にいて、日本の女性のために開発しているんです。でもそのトップは日本人じゃありません。もともとグローバルでやっていた生え抜きです。その人が中国も含めてブランディングの開発などもやっている。また、グローバルの知見を持つヘアケアのトップが本国にいますが、ほぼ隔月で日本に来て、私たちのプランにいろいろアドバイスしてくれます。それだけでなく、研究開発や供給網のグローバルリソースを我々が使いやすいように調整してくれたりもする。そういうサポートは大きいですよね。
それに、日本は重要視されているので、成長に繋がるいいプランがあればグローバルの資金を投資してくれる。日本のPLをベースに、これだけ使っていいよっていうんじゃないんです。グローバルでビジネスをしているわけだから、成長するところにより投資をすればいいと考える。そうやってリスクを取って投資をしてくれるのが、ユニリーバの懐の深いところです。
私たちのすることがその人にとってどういう意味を持つのかを常に考える
ブランド戦略で特徴的なことはありますか。
これはユニリーバのマーケティング理論ですが、常に「Put People First」で考えるということです。本当に人から見て良いものなのか、人にとって良いことなのか、をすごく冷静に見るんですね。だからマーケターは一番人と話していなくてはいけないし、その人たちが何に興味を持っているか、どんなことが流行っているのかということに一番精通してなくてはいけません。
何を見せるにしても、何をつくるにしても、誰に、なぜそれを売るのか、を必ず尋ねられます。私もそれを聞きますし、それが普通の会話になるようにしています。マーケティングのチームから何かのプランを見せられたときに、これ本当にいいの、誰に向かって何を言おうとしているの、ということをプランナーに対してだけでなく自分に対しても問いかけるんですね。そこでストンと腹落ちすればOKです。
ユーザーが女性であれ男性であれ、私たちのすることがその人にとってどういう意味を持つのかをわかっていなければ、独りよがりのブランドになってしまいます。LUXにしたって、所詮はシャンプーなんだよ、その人がシャンプーについて考えるのなんて一日に数分もないんだよ、と突き放して見ることの大切さを肝に銘じています。それが私の中でのPut People Firstの実践ですね。
このことはたぶん、ユニリーバの社風から来ているんじゃないかと思います。社員がお互いをリスペクトすることをすごく重要視する。ユニリーバは人を人として尊重し合うカルチャーが根強くある会社ですから。
Put People Firstがユニリーバの企業理念、哲学に根差しているということですね。
会社のスターティングポイントは、100年以上前の衛生状態が悪い時代に、石鹸で人々の暮らしを衛生的にしようと考えたところにあります。たった1つの石鹸で人々の暮らしをよくしたい。消費者の求めるものをつくると世の中のためになる。それがユニリーバの理念であり、私の中でも一番響いていることです。
表面的な解決策ではなく、その奥にある「人にとって大切なもの」にどれだけ働きかけられるか。その人の生活、その人の価値観にブランドを響かせたいし、響くことによって長く愛され、使い続けてもらえる。そういうブランディングを目指しているところにすごく共感しますし、自分の軸にもそれがあるんだろうと思います。
そのことが理念やビジョンとして掲げられているかどうかではなく、みんながそれを見据えて働いている。それぞれが自分なりに解釈し、共感してやっているところが、ユニリーバの強みなのではないでしょうか。
最後に、森井さんにとってブランドとは何でしょうか?
ブランドはパーソナリティです。だから、「優しいブランド」だとイメージさせたかったら、優しいでしょって言ってもダメなんです。優しいことをしなきゃいけないし、「優しい人」の人となりを考えてそう作っていかなければいけない。LUXはハリウッドスターだから上品に振る舞いますし、販促ツールをベタベタにつくって安売りしてはダメなんですよ。『こういうパーソナリティなんだから』こういうことをする、こういうことを言う、そういう「人」としてのイメージを作っていくのがマーケティングの仕事だと考えています。すごく人間らしい仕事だと思います。