ビジネスを意識したマーケティングを常に心掛けている
MHD モエ ヘネシー ディアジオに入社するまでのご経歴を教えてください。

新卒の就職活動時は、化粧品やファッションなど、トレンドが移り変わっていく業種に興味を持ちました。中でも、女性用化粧品だけでなく男性用化粧品をいち早く打ち出していたシュウ ウエムラに惹かれて、また、一風違う視点で仕事ができるのでは、と感じて入社を決めました。
営業担当として2年ほど経験を積んだ頃、シュウ ウエムラは仏大手企業のロレアルグループに仲間入りすることになりました。私のグローバル企業でのキャリアはそこから始まりました。5年ほど、シュウ ウエムラのインターナショナルビジネス開発やインターナショナルPRに就きました。さまざまな国の人たちと連携したり、シュウ ウエムラ創始者の植村秀さんと一緒にショーを企画・実行したりしました。若くして植村さんと直接仕事ができたのは、本当にラッキーでしたね。ちょっとした一言からも学ぶことがたくさんありました。その後日本ロレアル リュクス事業本部に移り、ジョルジオ アルマーニ コスメティックスのマーケティング&リテールマネジャーを担当しました。
シュウ ウエムラと日本ロレアルでは、良い意味でカルチャーショックを受けました。世界から日本を見る視点を知って、世界が広がると同時に、世界に向けて日本の良さを伝えたい、という想いが強まりました。特に2名の上司から強い影響を受けました。当時のシュウ ウエムラの社長とリュクス事業本部長です。ロレアルウェイを厳しく教えていただくとともに、たくさんのチャンスをいただきました。リュクス事業本部長には、リーマンショック後に3年で黒字化という大きなタスクを与えられ、やりきることができました。この時、人生で初めて、深い達成感を得られたんです。この2人のビジネスセンスは素晴らしく、たとえばP/Lを見た瞬間に何がおかしいかを見極める能力を持っていました。数字のアンバランスさにすぐに気付くんですね。彼らに出会えたこともラッキーでした。
その後2012年に、アディダス ジャパンに入りました。違う分野で挑戦して、さらに成長したいと願ったからです。直営店のリテールマーケティング責任者として、ファクトベースのマーケティングサイクルを回しました。自分らしいマネジメントスタイルを築くまでにはさまざまな苦労もありましたが、リテールマーケティングの現場から、多くのことを学べた3年間でした。
そして、2015年にMHD モエ ヘネシー ディアジオに入社して、今に至ります。
マーケターとして重視していることは何ですか?
特に次の3つを重視しています。
1つ目は「連携」です。マーケターは、一人では何もできませんから、周囲とうまくつながることが大切です。上手に連携できれば1+1が3になりますが、連携の輪が一カ所欠けるだけで、パフォーマンスを十分に発揮できなくなります。多方面と連携を取ることは、マーケティングマネジャーの役目の1つです。たとえば、営業部門との間に考え方のギャップがある場合、どこまでどのようにギャップを埋めればよいかを見極め、判断する力が求められます。
2つ目は「経営者目線」です。私はロレアル リュクス事業本部時代にマーケティングマネジャーとリテールマネジャーを兼任した際、ビジネス上の意思決定を実践的に学びました。たとえば、P/Lなどのデータを分析し、ビジネスの無駄を見極めてカットしました。その一方で、伸ばすポイントを選択して集中的に投資しました。自分の想いを周囲に伝え、ビジネスを主体的に動かしました。美容部員など、マーケティング部門以外のマネジメントも担いました。つまり、小規模ではありましたが、経営者目線で経営改革を実行したわけです。それ以来、ビジネスを意識したマーケティングを常に心掛けています。またアディダス時代には、各店舗のROIを細かく把握していました。数字から分かることがたくさんあるからです。ビジネス上の数字の意味を深く理解して、ビジネスを主体的にハンドリングしない限り、マーケティングをマネジメントできません。
3つ目は「現場」です。私は店頭によく行くようにしており、メンバーにも必ず店頭に足を運ぶようにと伝えています。もちろんマーケターには、データを的確に読み取って、コンシューマーの属性・パッションポイント・インサイトなどを客観的に見極めるスキルが必要です。コストや時間や予算などの数字を意識することも欠かせません。しかしマーケティングは、データや数字から論理的に結論を導き出せば、それで済むという仕事ではありません。イノベーションを生み出すためには、直感やひらめきを得ることも大切です。マーケターは、自分の仕掛けが想定通りに成功したかどうかを確認したり、現場の情報から新たなインスピレーションを得たり、現場の販売員やスタッフをサポートしたりするために、店頭に行く必要があるんです。それに何よりも、現場に赴くとマーケティング施策に対しての声ももらえ、マーケターにとって良い励みになります。
ヘネシーのような看板ブランドから日本ではこれからのブランドまで、いろんな魅力を持ったブランドを扱える
ブランドディレクターとしての仕事内容を教えてください。

私は2015年にマーケティングマネージャーとして入社し、2021年からはブランドディレクターを務めています。マーケティングマネージャーとして主に担当していたのは、ウイスキーをはじめとする蒸留酒です。現在はブランドディレクターとして、ワインも含めて広く見ています。
MHD モエ ヘネシー ディアジオのマーケティングも、基本はこれまでの会社と同じです。私たちの場合、直接の販売先は卸と酒販店(酒屋・業務用酒販店・スーパー・コンビニ・オンラインショップなど)ですから、ビジネス形態はBtoBです。しかし、私たちはあくまでもその先のカスタマーを強く想定したマーケティングを展開しています。ですから、ロレアルやアディダスのマーケティングと大きくは変わりません。商品ごとのコンシューマーの特徴や、どんな場面で商品を欲しくなるのかをリサーチして、インサイトを見極めプランニングすること。どのようなアクティベーションがふさわしいかを判断して、マーケットで継続的に遂行すること。グローバル本社と密に連携すること。そうしたマーケティングプロセスは一緒なんですね。
違う点は、カスタマーの楽しむ場所や楽しみ方が多様であることです。お酒は家で一人飲むこともあれば、レストランやバーで楽しむこともありますし、パーティーやイベントを賑やかにするための必需品でもあります。同じ商品でも、場所や楽しみ方によってコンシューマーインサイトは異なります。家、レストラン、バー、パーティー、それぞれでお酒の価値や意味が違うんですね。マーケターは、場所ごとのお酒の価値や意味を見極めた上で、それぞれの場でもっと楽しんでいただける仕掛けづくりをすることが大切です。それを、モエ ヘネシーでは「クラフティング・エクスペリエンス」と言います。
MHD モエ ヘネシー ディアジオのマーケティングの魅力・特徴を教えてください。
一言で言えば、「ポートフォリオの多様性」です。蒸留酒には、皆さんご存知のヘネシー、オールドパー、ジョニーウォーカーだけでなく、完璧すぎるスコッチウイスキー・グレンモーレンジィ、スコットランドで最もピーティーなアードベッグ、アメリカで大流行しているライ・ウイスキーのホイッスルピッグ、ポーランドで生まれたラグジュアリーウォッカ・ベルヴェデールなど、個性的なブランドが20ほどあります。ワインは、世界のエステートワインブランドを7つ擁しています。ニュージーランドのクラウディー ベイ、ナパ ヴァレーのニュートン、アルゼンチン・アンデス山脈のテラザスなど、それぞれ全く異なる味わいのワインです。さらに私たちは、シャトー ミニュティー、シャトー デスクランという世界最高峰のロゼワインブランドを2つ抱えています。シャンパンは言うまでもなく、ドン ペリニヨン、クリュッグ、モエ・エ・シャンドン、ヴーヴ・クリコなどが揃っています。看板ブランドから、日本ではこれからのブランドまで、いろんな魅力を持ったブランドを扱えるのが面白い点です。
最近は、蒸留酒の人気が高まっています。特に、ヘルシー志向の皆さんがハイボールを楽しむようになってきました。ハイボールは魔法の飲み物で、家飲み・レストラン・バー・女子会・パーティーや結婚式の二次会など、どんな時でも楽しめます。しかも、レモンやゆずを添えると、また味わいが変わるんですね。他にも、ロック・ストレート・ジンジャーエール割りなど、ウイスキーの楽しみ方も無限にあります。ですから、マーケティングの仕掛けをいくらでも考えることができるわけです。私たちが扱うスコッチ・ウイスキーやライ・ウイスキーは、日本のウイスキーとは異なります。その点にもビジネスチャンスがあります。たとえば、一杯目からハイボールを飲んでもらうためにはどうしたらよいのか。マーケターとしてチャレンジしがいのある課題ですが、仕掛け次第で十分にクリアできる可能性があります。
他方、コロナ禍では家飲み需要が高まりました。それに伴って、スーパー、量販店、そしてECでの売上が伸びています。私たちは、このトレンドに対する新たなチャレンジにもやりがいを感じています。たとえば、カスタマーはECで購入する時に、どうやってブランドを調べるのでしょうか。どのようなきっかけでブランドを知るのでしょうか。どの場面で商品を欲しくなるのでしょうか。私たちが考えるべきこと、解決すべきことはいくつもあります。そうしたチャレンジに向き合うのが楽しいのです。
大事なのは、想い。想いは全てを叶える
御社で働く魅力を教えてください。
最大の魅力は、「自分の可能性を広げるチャンスが多い」ということです。これまで述べてきたように、MHD モエ ヘネシー ディアジオにはユニークなブランドが多様に存在し、本社や周囲と連携を取りながら、新しいチャレンジをすることもできます。チャンスを掴み、成果を出せば、ポジションアップの可能性もあります。事実、私はマーケティングマネージャーからブランドディレクターになりました。チャレンジ次第です。
御社やチームのカルチャーを教えてください。
全社的に、形式張ったところはありません。私のチームは、その中でもカジュアルかつフラットです。誰でも何でも発言しやすい環境づくりを意識的に行っています。マーケティングは決して一人ではできません。ですので、これまでも、これからも連携を大切にしています。全員がパフォーマンスを発揮できるように、信頼関係をベースにしたチームづくりを進めています。
なお、私たちの会社では、多様性に富んだ職場環境を作り、社員の能力開発に積極的に投資を行うことで、社員一人ひとりの成長をサポートする体制を整えています。また常に新しいことに挑戦し、私たちの信じる5つのバリュー、Sharing(共有)、Elegance(洗練)、Epicurism(エピキュリズム)、Integrity(誠実さ)、Spirit of Conquest(開拓者精神)を実践することを奨励しています。
どんな人に仲間に加わってほしいですか?
やりたいことや想いがある方ですね。もちろん業界経験は役立ちますが、業界未経験でも全く構いません。実際、私は、お酒はもちろんのこと食品業界自体が初めてでしたが、それでもこうして問題なく働いています。大事なのは、想いです。「想いは全てを叶える」というのは本当ですから。業界知識は入社後に学べばよいんです。学びのサポートは十分に整っていますから、心配いりません。ただし、前提として、グローバル企業ですのでマーケティングとしては英語はできた方がよいです。グローバル企業の枠組みの中で働いた経験も、有利に働くのは間違いありません。
インタビューを終えて
聞き手:コンサルタント 安齋 陽子

マーケティングと一言でいっても、業界や企業の課題によってその期待される役割は異なります。それでも、鈴木氏の語ったマーケターとして重視している点、「経営者目線で考え、他部門と連携し、現場を知るということ」はすべてのマーケターに共通して必要かつ重要な原点だと改めて感じました。鈴木氏の誰に対しても丁寧なコミュニケーションスタイルに、立場にとらわれることなく多様な意見や価値観を重要視される視座の高さを感じ、感銘を受けました。
Photo by ikuko
Text by 米川青馬
Edit by ISSコンサルティング