邦銀から、外資系の未経験人事へ
日本ロレアルに参画するまでのご経歴を教えてください。
大学時代は4年間モータースポーツ「カート」に打ち込んでいました。体感300キロ超、実測140キロ超のスピードで走るため遠心力だけで骨折したり、部品が破損したら自分たちで溶接したりもしました。ハマると熱中する性格も相まって、風呂の中でもお盆を持って運転してました。その効果もあって(笑)チームとして全国大会で2位を獲得したのが学生時代のハイライトでしょうか。このスポーツを通して、努力することの大切さ、一人でできることは限られている事、人と事実に謙虚であることの大切さ、人生運も必要、体は資本など、多くのことを学びました。
大学を卒業して就職したのが、住友信託銀行です。1年目は東京での勤務、2年目は兵庫・明石の支店に異動しました。車を運転して個人宅や農家を回り、時には長靴を履いて農作業を手伝う日々。お客様との関係をつくるために、「相手にとって大切なことを理解しよう」という気持ちがありました。当時は山一證券の破綻もあり、金融機関にとっては経営が厳しい時代でした。どの銀行も預金が欲しい。私の役割はお客様の開拓、預金を増やすことだったのですが、自分が持つ情報をいかに組み合わせ、お客様の役に立てるか考え抜き試行錯誤しました。「うちに預けてください」ではなく、お客様が何を大切にして何を避けたいかを誰よりも知る。他行の商品を研究し尽くし、自社商品でなくても顧客ニーズに最も合った商品を紹介していました。その結果なんとお見合いの話を頂くほどの信頼を得ることもありました。
その後、入社3年目でニューヨーク現地法人に赴任。とても優秀な人ばかり、多様な文化の中で、自分のアイデンティティを捨てるわけではなく“進化させる”大切さを再認識しました。ニューヨークは本当にダイバーシティに溢れ、感性・成熟さ・知性・気力などさまざまな面で優れた人々が世界中から集まり、マネジメントやリーダーシップを見て学び、実践する絶好の機会でした。成長する過程で、自分自身の価値観・考え方・オリジナリティ・アイデンティティを見失いそうにもなりました。その度に自問自答し、新しい文化と自身との共通点を見つけながら、楽しみながら徐々に受け入れていく経験をすることができました。その後、銀行以外の世界を見てみようと、入社6年目の2002年に世界最大手の医療機器メーカーの人事に転職しました。
人事にキャリアチェンジされたのはどうしてですか?
ビジネスは「人・モノ・カネ」で成り立ち、あらゆるサービス・製品において、AIが開発されようとも、最終的に差別化の要因になるのは「人」だという意識が強くありました。また、阪神・淡路大震災の際、当時大学3年生だった私は悲しい思いもたくさんしましたし、ヘルスケア業界への興味も強くありました。そんな折、米国資本の医療機器メーカー、ボストン・サイエンティフィックで未経験者もOKという人事ポジションのお話を頂き、面白そうだと思いキャリアチェンジをすることにしました。業種が違う、資本が違う、職種が違う、全てが違う環境の中で、当時27歳でしたが新卒の気持ちで「人事」を勉強しました。採用や部門人事の仕事を経験し、人事としての基礎的なスキルが身に付きました。とても充実した日々の中30歳を迎えた頃、「あるべき姿」を議論できる人事になるにはどうすれば良いか、が成長テーマとなっていました。
そして2005年、英国資本の医療機器メーカー、スミスメディカルでのご縁を頂き、ゼロに近いところから人事制度・組織を人事部長や社長と一緒に考え施策していきました。この会社は日本では小規模組織でありながら、グローバルでは幅広い事業展開をしており、イギリスの伝統的な歴史とダイバーシティのある会社でした。海外で開発された制度をいかに日本法人に輸入するかではなく、当時の人事部長ととことん「哲学的な人事の話」ができる環境は、本当にありがたかったです。人と向き合う人事だからこそ、本質を考えて動く重要性を感じていました。既存の人事制度を単純に取り入れるのではなく、どんなコンピテンシーモデルが必要か、そもそもそれすら必要なのか。ゼロベースから考えて実行する経験を積めました。また、グローバルリーダーシッププログラムに参加し、いろいろな国に赴き、多様性ある環境で仕事もさせて頂きました。
その後、同社の人事部長や社長の強いサポートを受けてMBA受験を決意し、2007年ロンドン・ビジネス・スクール(London Business School、LBS)に入学し、MBAを修了しました。非常に優秀な人たちに囲まれ、知力、体力、気力、全てにおいて限界に挑戦する日々でした。「自分の限界を知り、限界点付近でいかに生産性をコントロールし続けるか」を実践で学べたことが一番の収穫です。一流のアスリートはけがをしないんですよね。けがをせず出場し続け、より多くの結果を出します。試験や課題のスケジュールが非常に過酷なMBAはその特訓の場所なのだと思います。
どのくらいの課題量・ストレス・睡眠で、自分をコントロールできなくなり、集中力の持続性、心理的安定性、生産性を低下させるのか。自分や仲間の状態を観察し、限界の手前でコントロールをしながら、チームで課題に挑みました。結果的に、私がリードしたチームプロジェクトのひとつでは全校トップの評価を頂けました。仲間からは、周りを配慮したリーダーシップ力を評価してもらえ、自分自身の強みを見出すことができました。また一方で、自分の甘さを指摘してもらえる機会もあり、本当に有難く思いました。MBAで、セルフマネジメント、さらに周囲をよく観察する事は、リーダーに必要なスキルだと痛感しました。また、力不足・できない気持ちも味わい、できない自分を受け入れること、色んな立場の他者をバイアスなく受け入れることができるようになりました。そして個々の個性や特性、能力をより的確に見たうえでのアドバイス、人材育成の重要性を実感しました。
帰国後は、フィリップ モリス ジャパン(PM)、コーチ・ジャパン(現タペストリー・ジャパン)での人事経験に加えて、リーダーシップ経験を積みました。グローバル企業のモデルのようなPMは、分かりやすいクリアなビジョンと戦略で優秀な人材が集まってきていました。ものすごいスピードで裁量権のある仕事を任せて頂きました。私自身のアサインメントも、採用チームリード、L&D、HRBPマネージャーと、短期間に3度も変わり、次々に裁量が大きくなっていきました。その中で、自分の未熟さも露になり、若手マネージャーが経験する失敗を全て経験することになりました。マイクロマネジメントをしてしまったり、エンパワーメントのつもりが丸投げになってしまっていたり、部下ではなく上層部を見ていると思われてしまったり。チームがより良い方向に進めるように、リーダーとしてどう心を鍛え、メンバーと共に大きな仕事を成し遂げるか、を多くの人とのかかわりの中から学びました。
その後のコーチ・ジャパンには7年間在籍し、買収や統合など会社が変化する中で、最終的には人事のリーダーを務めました。様々な国籍、スタイルの社長のビジネスパートナーとして物事を決断・推進していくやりがいと難しさを実感しました。部門の二番手としてプロジェクト推進するのとは全く違い、部門長になると途端に難易度が増します。カート、初めての外資、留学に続く大きな転換点となりました。人事部長として、同僚である経営陣をレベルアップすることへの貢献と、リーダーとしての感覚を得ることができました。
そして、2019年、旧知であった現社長より声がかかった事をきっかけに、日本ロレアルに入社しました。
変化が示唆する未来を見据え、人事戦略を進める
日本ロレアルはどのような会社ですか?
私が日本ロレアルに入社して肌で感じるのは、創造性、製品への情熱や仕事に妥協しないプロ意識と同時に、業界の世界的なトップランナーとしての謙虚さです。パリ本社やグローバルの経営陣と話すとよくこの話題になりますが、業界全体と共に成長していくこと、高いレベルの責任感を持つこと、驕らないこと、つねに事実に愚直である事、そういった観点は彼らの言葉で”Humility”という言葉に表される重要な価値観を感じます。そしてもちろんのこと、アジリティの高い(環境変化に対応する機敏性が高い)、優秀な人材が集まっていて、前に進んでいく力強さがあります。そして、非常に「カラフル」ですね。多様性があります。日本以外のバックグラウンドを持つ社員が多数在籍し、新卒や中途入社を問わず活躍しています。多彩な特徴があるダイバーシティをもった企業です。フレックスや在宅勤務制度も積極的に取り入れており、その他福利厚生と併せて、女性の活躍推進をはじめ、様々なライフスタイルと仕事の両立を支援しています。これからも労働法や政府の働きかけがあるからではなく、当社の意志として何ができるかを考えていきます。
業界初の「CDO(Chief Digital Officer)」を配置するなど、グローバル規模でデジタル化を推進されていますが、どのような人事戦略をお考えですか?
私たちが重視しているのは、経営の方向性を見据えた人事戦略です。
BtoC市場において、20年後には、Eコマースからの売上が7割を占めるとも言われています。すでに、海外の店頭ではタブレット端末を利用したデジタルタッチアップの売り場が増えてきています。たとえば、フランスでは、リップやファンデーションをお客様自身が画面上で自由に試せる仕様になっており、新しい顧客体験を提供しています。
これからの世界市場を見据え、ロレアルはM&Aを戦略的に推進しています。最近では、フレグランス部門の強化にむけて、クラランスグループ傘下の「ミュグレー」と「アザロ」の買収の独占交渉を進めています。テクノロジーやデジタルの分野への投資も重要課題です。コーポレート直下の「CDO」(Chief Digital Officer)の下、デジタル領域に精通する人材の積極採用、組織の増強を進めています。他には、スマートフォン上で化粧品を自由に「試着」できるアプリ、ヘアカラーの色調を試せるアプリなどを開発するARアプリ開発企業の買収、アリババと協業し、アリババが展開する中国ECのプラットフォーム上で肌診断アプリの展開も開始しています。
そんな中、未来を定義しながら、どんな組織を作るか、どんな人材育成をすべきか、考え進めています。私たちに求められているのは、いま目に見える変化が私たちに示唆するものを捉え、この先の在り方を定義する積極性ではないかと思います。日頃から社員一人ひとりの話をさまざまな角度から聞き、意向やモチベーション、スキルを理解し、多様な戦略を地道に実行しています。変化が明確に起こってからではなく、芽が見えている時点で先を見定めて動いていくということが、戦略的人事だと思います。
多彩な人材が集まる組織で、具体的にどんな施策をされているのでしょうか。
私がやっているのは、変化を後押しすることです。人事は、いうなればプロデューサー。会社が目指す方向性を実現できる人材を育成して、会社の雰囲気をより良くしていく役割を担っていると思います。先ほどあげたダイバーシティがある環境とは、実はとても付加価値を生むのが難しい状態です。多様な価値観が守られる環境では、人々は創造的に互いの良さを認め合います。しかし、マネジメントされていない多様性は複雑に絡み合いどんどん重くなります。
カラフルな組織を一つの大きな方向に導くには、強いリーダーシップとコミュニケーションが求められます。経営層を巻き込み、時には先頭に立って引っ張っていくのが私の役割です。
そのために、「シンプリシティ」と「エンゲージメント」をキーワードに掲げ施策を実行しています。シンプリシティとは、世界的に社内で行っているさまざまな改革の総称です。改革には2つの柱があり、一つは俊敏な生産性をつくっていくこと。もう一つは、社員にとって働き甲斐のある職場環境を実現することです。そして二つの柱をしっかり回していくことで、会社と社員のエンゲージメントを高めようとしています。
上層部に社内の現状を数値化してプレゼンしたり、改革を浸透させるイベントを実施したり、できることは何でもします。一番大切なのは、行動によって「良いことが起きる」と皆が実感することです。変わる実感があれば、おのずと行動につながっていきます。ただ、車と一緒で最初の発進にはエネルギーがいります。ぐっと力を入れるとき、大きな力が必要になる。その最初の数メートルを進ませるのは間違いなく私の重要な仕事のひとつですね。
欲しいのは知的好奇心と俊敏さ。個の強さから巻き込む力へ
人材育成戦略を教えてください。
いま、ロレアルグループで急激に伸びているのがアジア太平洋地域などの新興市場です。2018年の当社決算では、中東やアフリカ等を含めたアジア地域の売り上げの伸びが、北米地域を上回りました。日本は、戦略的な創造拠点として重要な役割を担っています。人口こそ最大級ではないですが、日本は世界第3位の規模のビューティー市場を抱えています。しかしこの市場規模に甘んじていてはいけません。日本のみならず世界で活躍できるようなプロフェッショナル人材を育てる必要があります。そのような背景から日本の経営陣の後継者を育てるようなプロジェクトを立ち上げています。“Go Global”というプロジェクト名のもと国内の人材を海外に送り出し、日本と異なる環境下で成長を加速させる意図です。大切なのは、海外に行くだけではなく、その先で活躍すること。もっと送り込んでほしいと各国から言われるぐらい、存在感を発揮することを目標にしてほしいですね。世界市場を見据え、国際経験を積んだ人材を増やし、さらに活躍できる人材を育成していく。経営人材の輩出の循環をつくるというのが私たちの目指すゴールです。もっとも言うまでもなく国内での人材育成も同じように重視しています。輝いているキャリアは海外だけではありません。国内でキャリアを積み、付加価値の高い仕事を経験しながら重要なポジションに就く。国内からも、海外を経ても、多様なキャリアを築いていけるようにしています。
どんな人材が御社で活躍できますか?
知的好奇心があって、俊敏に動ける人材ですね。一つの場に固執するのではなく、自分が活躍する場に対して貪欲である人がいいと思います。難しいこと、違うことにチャレンジしていこうという精神が、これからの時代は必要です。また、オープンマインドで他者と接し、個の強さだけではなく、皆で力を合わせて大きな方向に舵を切れる視点も重視しています。ロレアルは、決めごとが多いようで実質的には少ない会社と私は感じています。面白いことにルールはあっても、キチンと説明すれば例外を許容するカルチャーがあるのです。また、日本では挑戦者の立場ですが世界ではリーダーであるという土台の強さ、そして多様性を受け入れる懐の広さは私たちの大きな強みです。
デジタル化の話が出ましたが、私はデジタルとはプラットフォームだと考えています。言語がコミュニケーションのプラットフォームであるのと同様に。デジタルの専門部署に限らず全社員に関してリテラシーとしてのデジタル力を高めることが大切です。またデジタル人材に関しては専門職のみならず、ゼネラルマネジメントへのキャリア展開も考えます。垂直型ではなく、縦横無尽に展開するような多様なキャリアパスを求める人に来てほしいですね。
最後に管理職に関してですが、目標に向けた成果を出しながら、部下とチームを育てていくことが重要です。成熟さや謙虚さといった、人生経験から高めてきた部分をしっかり受けとめたいと思います。
人事としての今後の目標をお願いします。
今のチームはすでに非常にレベルの高いプロフェッショナルチームです。まずは業界から、いずれは日本一の人事、「ロレアルの人事ってすごいね」と、いま以上にどこからも評価されるようなチームになりたい。人事である私たちが高まることで、感化されて光る人が今後も集まってきます。メンバー一人ひとりがプロとしての市場価値を保ち高めることを意識しています。現在パリに1名駐在していますが、チャンスがあれば海外にももっと出していきたい。専門職も全般職もクリアなビジョンのもと張り切って仕事をしている状態だとチームは強い。それとせっかく多くの時間を過ごすのですから、楽しんだほうが良いと思っています。仕事中にチームの明るい声や笑い声が聞こえてくるたびに、温かい気持ちになります。本社人事本部のスペースが2フロアに分かれているので、時間を見つけて別階に顔を見に行くようにしています。自席にいるときも打ち合わせをしている時以外はほぼ常に、雰囲気が聞こえているようにドアを開けています。仕事に誇りを持って、ワクワク働ける。そういう環境をつくることで、ますます素晴らしいチームを作れると思います。