国内売上第1位の武田薬品工業、
人事は大局的なシナリオを書く仕事
東日本大震災で学んだHRのあり方
これまでのキャリアを教えてください。
大学卒業後、アメリカに渡って臨床心理学の修士を取得し、マサチューセッツ州の救急病院等でクライシス・カウンセラーや薬物治療のカウンセラーとして勤務しました。しかし、会社勤めもやってみたくなり、ボストンのキャリアフォーラムで紹介された製薬会社のイーライリリーに就職したのが、29歳のときです。たまたま配属された先が日本法人の人事セクションでした。その後、GE、ソシエテ・ジェネラル証券、メットライフアリコ生命保険(現「メットライフ生命」)、そして現職と、一貫して人事に携わってきました。
GEは、HRLP(Human Resource Leadership Program)を勧めていただき入社し、人事だけでなく、8ヶ月ファイナンスでのローテーションも経験しました。2年間のプログラム終了後、韓国のGEコンシューマー・ファイナンスで人事部長、日本のGEコンシューマー・ファイナンスで組織開発担当、HRビジネスパートナーを経験しました。とにかくいろんな事にチャレンジさせてもらえましたし、がむしゃらに働き、自分の限界に挑戦し続けた7年間で、「私はここまで頑張れるんだ」という自信を持てました。
次のフランスの証券会社ソシエテ・ジェネラル証券では、明確なルールがない中でコンプライアンスや人事上のジャッジをしなければいけないことが多々あり、鍛えられました。その経験を通して、俯瞰的な視点を持つこと、責任から逃げないこと、最後は楽観的な見方も必要だということを学びました。そして、メットライフアリコ生命保険(現「メットライフ生命」)では、組織を変えていくことに取り組みました。例えば、「マーケティングに力を入れましょう」と言っても、実はマーケティングが機能していない、その部署にいる人たちのスキルに課題があるなど、いろいろ問題点が浮かび上がってきたのです。そこでコンサルティング会社と一緒に、1つ1つの組織の業務遂行能力を見て、どうやってアップグレードするか、チームでディスカッションしながら決めていきました。HRがドライバーになって半年くらいかけて取り組んだのですが、組織をデザインする体験はとても勉強になりました。
その後、現在の武田薬品工業に入社したわけですが、ずっと外資系企業に勤めてきた私が武田薬品工業という日本の企業に転職した理由は、創業236年という長い歴史を持ちながら、社長はフランス人、エグゼクティブのシニアメンバーもほとんどが外国人。多国籍なのに日本人は非常に少ない。そういったパラドキシカルなところにおもしろさと歯がゆさと、チャレンジを感じたからです。また「医薬品」という分野も魅力でした。医薬品業界は、ある程度ビジネスとして安定しているので、中長期的にプランを立てて人事制度を変えたり、仕組みを作ったりしながら成果を出すことができます。また社員のクオリティがとても高く、自分の仕事に社会的ミッションを感じている人が多くいるので、人事的にはそういった思いを求心力として進めるべきだと思いました。
これまでで、ターニングポイントとなった出来事があれば教えてください。
これまでの仕事を振り返ったとき、ターニングポイントとして最もインパクトが大きかったのは2011年3月の東日本大震災に直面したことです。「人間とは?」「チームとは?」と改めて考えるきっかけになりました。
また2点のことを学びました。1つ目は、いくら有能でも自分一人ではなにもできないということです。それまでの私は、HRやプロフェッショナルはスキルが備わっていることが重要。経験や頭の良さが全てだと思う傾向がありました。もちろんそういったことも大事なのですが、特に危機的状況のときは、いくら有能でも自分一人ではなにもできない。経験と共に、このことを痛感しました。
2つ目は、信頼関係の重要性です。震災後、会社のために3時間かけて来てくれる社員たちを目の当たりにして、自分が知識やスキルレベルでしか社員を判断していなかったと気づかされました。混沌としたあの日々を乗り越え、信頼関係をベースに職場でのパートナーシップを作っていくことや人を育てることがいかに重要かを学びました。
対話を重ねながらシナリオを書いていく
瀬戸さんが今いらっしゃるジャパンファーマビジネスユニットは、どのような組織ですか?
ジャパン ファーマ ビジネス ユニット(JPBU)は、武田薬品工業の日本における医療用医薬品のビジネスユニットで、社員の大半がMR(医薬情報担当者)です。MRのミッションは医療関係者に対して自社医薬品の適正使用のための情報の提供・収集・伝達を通じて自社医薬品を普及させることです。医薬品は、それを必要とする患者さんに適正に使用されなければなりません。そのための情報提供活動を担っているのがMRです。
現在、日本は超高齢社会に突入し、医療費を破たんさせないために薬価の引き下げが決まったり、市町村や都道府県単位で地域包括ケアシステムを導入したりと、医療の世界は急速に変化しています。地域包括ケアシステムとは、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるシステムのことで、病院の機能分化や、これまで病院ごとに購入していた医薬品を、複数の医療機関が共同購入する取り組みが進められています。
このような急速な環境変化に柔軟に対応し、患者さんのニーズに的確に応えていくのがMRの使命であり、JPBUの使命でもあります。患者さんの治療に向けた診療の流れを理解し、医療関係者に対して地域単位できめ細かな情報活動を目指しています。また、同時に地域で何か潤滑油的な役割を果たせないだろうか、そういったことを今、模索しています。
これまでのようにただ薬を開発し、医療関係者に対して情報提供を行う活動から、患者さんに提供できるバリューが大きく広がってきているのです。今後は新しいデジタルテクノロジーも視野に入れながら、医療関係者の先にいる患者さんにどのようなバリューを提供できるか、また、異業種も含めてコラボする相手を如何に見つけてこられるかがポイントとなってきます。そのためには日本およびグローバルのマーケットを両方の視点から考えられる人材をどんどん育成していく必要があるのです。
HRビジネスパートナーの役割について教えてください。
私は、HRビジネスパートナーとは「シナリオを書いて相手を動かす人」だと思っています。単なる御用聞きではなく、経営戦略を推進するにあたっての課題を取り除くことができるか、戦略的人事をとることが大切です。
例えば就業規則改訂、パフォーマンスを発揮できていない社員への対応、あるいはハラスメント問題、どれ1つをとっても適切な落としどころに至るまでには複数の選択肢があります。そこで、HRビジネスパートナーがいくつかのシナリオを書き、第一線のリーダーに提案し、選ばれたシナリオが実行に移され、結果が出るところまで、責任を持ってサポートします。
人材配置の場面でも、人事として「この人はこういうリーダーシップの一面がある」「この人はここが理解できていないのではないか」「この人は意外にこういうところがある」などと評価しながら、「この人には、将来このような役割を担ってもらいたい。そのためには次の異動ではこういう部署でこういう業務を担ってもらうのが良いのではないか」というパターンをいくつも考えていきます。人単位でも組織単位でも、全てはシナリオ次第なのです。ただ、やっぱり場数を踏まないとシナリオは作れるようにはなれませんし、プランを実行しても思惑通りの結果になるとも限りません(むしろ想定外のことはたくさん起きます)。試行錯誤体験を厭わないことが良いHRビジネスパートナーになる条件だと思っています。
人を知る、対話を重ねるということも、HRビジネスパートナーにとって非常に重要なことだと考えています。
武田薬品工業に入ってから2年間で、私は約300人の社員に会い、タレントレビューを実施しました。ですから営業所長や本部の部長、その下の課長、マネージャーあたりまでは大体わかります。ただ、エリアの支店の社員や若手社員など、全ての方を把握できていないことも事実です。でも、そういったところに隠れた逸材がいるはずです。特に若手社員を早期に引き上げることは重要で、査定以外にその人の方法論、マインド、キャリア志向まで把握したいと思っています。そうなると、やはり本人に話を聞くしかありません。彼ら彼女らに対してHRビジネスパートナーがグローバルな将来像を示しつつ、本人がどうやってキャリアを通じて自己実現していくことができるのか、できるだけ対話を重ねたいと思っています。
これまで人事を経験していない人が、HRビジネスパートナーになるのは可能でしょうか?
十分可能だと思います。ただ、たかが人事労務知識、されど人事労務知識というところがあって、やはり最低限の知識は大事です。例えば給料についても、労働基準法などの目に見える制約条件と社内のルールなど目に見えない制約条件の中で決まっていきます。そういったことを知らないまま、現場視点で「こうすればいいんじゃないの?」とやると、別のところで不整合がでるなどの問題が生じます。ほかにも基本的な人事制度のフレームワークや労働法等の法的条件、公平さ=フェアネスのいろんな考え方など、知らなければならないことはたくさんあります。
でもこうした知識は、人事の仕事を始めてからでも身に付きます。未知のことに臆せず、新しいことを学ぶ積極性があれば、ビジネスパートナーとしても活躍していただけるのではないでしょうか。
活躍できるのは“爽やかに自己主張できる人”
武田薬品工業という会社の魅力を教えてください。
武田薬品工業は、日本の医薬業界のリーディングカンパニーとして業界全体を牽引している存在です。また先に申し上げたとおり、日本の老舗企業として非常に堅実にビジネスをやっていながら、幹部に日本人が少ないというダイバーシティとチャレンジがあります。女性社員に関しても、他社とコラボする機会をたくさん設けています。若手を登用することにも積極的で、ショートタイムアサインメントという3~6カ月間の海外赴任経験のチャンスがありますし、留職でNGO、NPOのプロジェクトにチャレンジする機会もあります。今後は、より革新的な取組みをしながら、「先進的な取組みの裏にはタケダあり」と皆様から思っていただけるような企業にしてきたいと思っています。
これまでは武田薬品工業の中で着実にポジションを上げてもらうことを重視した人事システムでしたが、近年は社外で他流試合をしながら大局的にものを見られるような人、つまりエンタープライズシンキング(会社全体を俯瞰する思考)ができる人材を会社全体で育てていこうとしています。
武田薬品工業で活躍しているのは、どんな人ですか?
まず、リスクを取れる人ですね。リスクを取れるというのは、自分なりの仮説を持っていて、それを実行するためのプランをちゃんと持っていること、そしてそれを実行できるだけのガッツがあることです。ほかには、コミュニケーション力が高い人です。リーダーになるには中身だけあれば良いわけではありません。周りを巻き込むことも必要ですし、いろいろな人に臆せずにアプローチすることも、場や相手に応じて適切に説得できることも必要です。そして、爽やかに自己主張できる人です。「爽やかに」とは、つまり邪心がないことと自分視点だけではない人です。もちろん自分は持っていて良いのですが、チーム目線でゴールを目指せるか、人の話をちゃんと聞けるか、患者さんのために尽くしたいという信念があるか。「こういう問題意識を持っている。武田だったらみんなで解決できると思って入社した」という人です。
最後に、外部から転職してきた人にもバリューはあるけれど、社内でずっとやってきた人たちにもバリューがある。そのことをちゃんと認められる人。武田薬品工業が持っている人的リソースからどのようにベストを引き出していくのか、一緒に考えてくれる方、諦めない心をもち、新しく何かやってみようという信念のある方をお待ちしています。
(構成 有留もと子)