本質を見失うことの怖さを知った
ワコムに入社するまでの経緯を教えてください。
大学では英語や国際法、人権などについて学び、将来は国連や世界銀行に勤めたいという想いがありました。しかし次第に、日本経済を強くするほうが大事ではないかと考えるようになり、方向転換して就職活動に力を入れました。そのなかで大阪本社のシャープを選んだのは、生まれてからずっと住んでいた東京を離れたかったから。そして、シャープなら近い将来に海外で働くチャンスも得られるだろうと思ったからです。
シャープでは、まずFAXやプリンタの商品企画を担当しました。ゼロからコンセプトを立ち上げて形にしていくのは、本当に面白い仕事でした。また、私たち商品企画だけでなく、技術・品質・生産など、さまざまな関係者の想いが詰まった商品を全員で作りあげられたことにも感銘を受けました。最終的に、完成した商品がアメリカの量販店で販売されているのを見学したときには、お客様が私たちの商品を買っていくのを見て、感動し涙を流したのを覚えています。
その後、入社3年目からアメリカに行かせてもらいました。最初の半年間はサンノゼで働き、シリコンバレーの猛者たちに打ちのめされました。彼らと交渉する際、日本での様に「社内で上司に確認をしてご連絡します」という返答をしていましたが、シリコンバレーでは即答か、あってもチャンスは2度目まで。3度目のチャンスなどはなく、決定できない私は相手にしてもらえませんでした。彼らにまったく歯が立たず、本当に悔しかった。自分がこれまで、いかに狭いぬるい世界でただ周りに守られ仕事をしていたのかを痛感した時期で、このときのリベンジをしたいという想いが全ての原動力です。次に、ニュージャージーのシャープアメリカ本社に行き、コピー機・プリンタ・FAXなどの商品企画・マーケティング・営業に携わりました。このときは、さまざまなディーラー、量販店、エンドユーザーの方々に深く関わることができ、充実した仕事ができました。
アメリカで5年半働いた後で帰国して、今度は広島を拠点に、シャープ初の海外携帯電話案件をドライブすることに。その仕事が発展して、その後、事業開発担当ゼネラルマネージャーとなり、中国での携帯電話ビジネス全般をマネジメントする立場に立ちました。全ての仕事をマネジメントする楽しさがあった反面、中国のビジネスで難しかったのは、どうしてもスピード・関係性・コストが重視され、私たちがそれまで大事にしてきた細かな製品の作り込みやデザインといった「ブランドの魂」が日本でのように重視されない傾向にあったことです。しかし、そうした環境のなかだからといって低品質な商品を出せば、ユーザーから酷評を受ける。本質は何か。私は本質を見失うことの怖さを強く感じました。また、状況のすべてがリアルタイムに変わっていく中では、その都度アジャイルで進めていくことが大切なのだということも学びました。
2012年頃には、シャープ携帯電話事業の中国メンバーの一員として鴻海精密工業と協業するチャンスを得たのですが、ちょうど中国で日本バッシングが起きてしまったため、頓挫しました。そのまま日本に帰ってシャープに残る選択肢もあったのですが、私はそのタイミングで転職を決心しました。
「テクノロジーカンパニー」、ワコム
なぜワコムを転職先に選んだのですか?
色々な企業を調べていた際に、ワコムを見つけ、そのクリエイティブなビジョンに感銘を受けました。最終面接で、山田(山田正彦・前代表取締役社長兼グループCEO)は「ワコムは、絶対に変わらない人間の本質を扱う会社だ」と語っていました。ワコムの主力商品はタブレットとデジタルペン、デジタルインクですが、本当に大事なのは、それらの商品を通して描きつけられる個人の想いだというのです。ワコムはデジタルの会社だけれど、人間の最も人間らしい部分に直接関与しているのだと知って、絶対に入りたいと思ったのを覚えています。
入社してから社長就任までの経緯を教えていただければと思います。
2013年8月、私が入社した際に新設されたテクノロジー・ソリューション・ビジネス(旧コンポーネントビジネス)のマーケティングをまず一人で始めました。テクノロジー・ソリューション・ビジネスとは、ワコムのデジタルペン技術を、部品として各メーカーの機器に提供する事業です。山田や経営層には初日から「全力疾走」を求められ、入社3日目でマイクロソフト社の方々を前にプレゼンテーションするチャンスもいただきました。しばらくは勉強と対話の機会が山のようにあり、本当に大変だったのですが、私にはそれが楽しくてたまりませんでした。私は子どもの頃から、自分の内なる声、内側から駆り立てられるように湧いてくるエネルギーに身を任せて動くタイプで、こうして全力疾走できる場をむしろずっと求めてきたのです。
私の役目は、パートナー企業を増やし、ワコムのデジタルペンのエコシステムを構築していくことでした。特に、業界のゲームルールをつくっている大企業から信頼を得ることが重要でした。私はクライアントに向けて、例えば「何十年後には、世界中の人がコンビニでデジタルペンを当たり前のように買う時代が来ます。私たちは、そのために必須の技術を持っているのです」といった未来を描きストーリーを伝えていきました。相手にとって有益で夢のあるストーリーを語らなければ、素晴らしい関係は決して築けないのです。最も重要なのは人間関係です。これまでもこれからも、クライアントのキーパーソンと対話し、関係性を築きながらビジネスを組み上げていく点は変わらないでしょう。
こうした取り組みの成果として、例えばマイクロソフト社と協業し、Windows搭載のシステムで広く使うことのできる「ユニバーサルペン」を共同開発することができました。
新社長としてどのようなことに取り組んでいこうと考えていますか?
これから私は1つのメッセージを前面に打ち出していきますが、その前にお話ししたいのは、私が新社長に選出された意味です。ワコムの経営陣は、外部からプロ経営者を招聘する選択肢もあったのですが、そうではなく、内部から経営者としては素人の私を選んだのです。私自身はその理由を、「新たなチャレンジをしたい」という想いと「ワコムの伝統をつなぎたい」という想いの両方を強く熱く抱いていたからだと考えています。そこで、私は新社長になるにあたって、世界中の約1200名のワコムチームメンバー全員と、タウンホールミーティングなどを介して対話を重ねてきました。その対話で気づいたのは、私の最大の仕事は、「チームメンバー(注:ワコムでは社員の皆さんのことを、“チームメンバー”と呼んでいます。)のワコムへの愛情をできるだけ大きくすること」と「そのチームメンバーたちを通して、ワコムへの愛情をお客様一人ひとりの胸に灯していくこと」だということです。私は、ワコムという言葉には、「ろうそくの火がポッと灯る」そんな暖かい何かが宿っていると感じています。このろうそくの火をどんどん広めていきたいのです。幸いなことに、ワコムのお客様には、ワコムを愛し、ワコムを応援してくださっている方がたくさんいらっしゃいます。何よりも、その気持ちを大事にしていきたいと考えています。
その上で、私は「ワコムはテクノロジーカンパニーである」というメッセージを前面に打ち出していこうと思っています。ワコムはもともと、渋谷のアパートの一室で、2人のエンジニアがペンの電磁誘導技術をどうやって世の中に広めていくかを考えたところから始まった会社です。技術から立ち上がった会社なのです。皆がデジタルペンに注目するようになってきたいまこそ、私たちは、テクノロジーカンパニーに立ち戻り、お客様により高い価値を届けることに集中すべきです。私たちは今後、テクノロジーカンパニーをキーワードにして、組織や投資、ビジネスのあり方などのすべてを変えていきます。
デジタルテクノロジーでこれから最も重要になるのは、人間がテクノロジーと関わるインターフェイスである「エッジデバイス」です。私たちワコムは、デジタルペン、デジタルインクという最高のエッジデバイスを持っています。なぜこれが最高かといえば、書き留める・描いて表現するということが、人そのものの軌跡だからです。私たちは、赤ちゃんのときにクレヨンで床や壁にお絵かきをするところから始まって、最期まで何かを書き/描き続けています。書く/描くことで、私たちは自分の気持ちや考えを表現し続けているのです。デジタルペンとデジタルインクを使えば、その軌跡をすべてデジタルデータとして格納することができます。
このテクノロジーを発展させれば、たとえば教育面では、一人ひとりの特性や学習カーブに合わせた教育プログラムづくりに貢献できるでしょう。デジタルペンの筆跡から、各人の特性や学習カーブ、思考プロセスなどを捉えることができるからです。また、私たちの根強いユーザーであり続けてきたデザイナーの方々の創造の軌跡を伴走することで、彼らの創造性や魂、ハートの部分に入り込み、デザイナーの方がどういった条件だと最高のクリエーションができるのかを一人ひとり解明していき、彼らの創造物のクオリティアップにより貢献したいというアイデアもあります。テクノロジーカンパニーとして、私たちにできることはたくさんあるはずです。
私たちはお客様と対話するなかで、こうしたソリューションを作り上げ、磨き上げていきたいと考えています。一方、私が手がけてきたテクノロジー・ソリューション・ビジネスでは、業界内にワコムの技術をさらに広め、確固たる技術標準を確立していきたいと考えています。今私たちは、そのチャレンジを始めたのです。
ワコムを、自分から踏み出すメンバーの集まりにしたい
チームメンバーの皆さんにはどのようなことを期待していますか?
いま私は、チームメンバーや現場との距離をどんどん詰めています。その象徴として、私はCEOの部屋を廃止しました。私は今後、半分は社内のあちこちに出没してチームメンバーたちと対話し、半分はお客様やパートナー企業の現場で対話し続けたいと考えています。私だけでなくチームメンバーにも、まちのユーザーの声をひたすら耳にする場や、チームメンバーの声に耳を傾ける場などを用意していきます。そうした場を通して、現場との距離やチーム内の距離を縮めることで、より良い商品・ソリューションを生み出してもらいたいのです。
また、最初は私や経営チームがアクションを起こしますが、それが一通り済んだら、今度はチームメンバーたちがアクションを起こす番だと考えています。私はワコムを、自分から踏み出すメンバーの集まりにしたい。本気で取り組んでいないメンバーが、周囲を見て思わず恥ずかしくなるような環境にしたいのです。そのために、まずは私自身が仕事を存分に楽しみ、圧倒的にキラキラ輝いて見える存在になります。また、自分の未熟さや弱みも積極的にさらけ出していきます。私には、まだ経営者として足りていない部分がたくさんあります。それらを見せた上で、全力で成長し、その弱点を補っていくことを約束します。そして近いうちに、私がワコムにとって最高の経営者になります。その上で、チームメンバーたちにも一歩踏み出すことを求めようと考えています。
どのような方を求めていますか?
スキルや経験よりも、「スパークする受容体」や「一歩踏み出す力」を重視します。例えば、いま私たちが最も必要としているのはエンジニアですが、成長意欲・学習意欲が高く、私たちと一緒に燃え上がってくれて、かつオープンな方を求めています。いまの能力やこれまでの経験はさほど重要ではありません。ワコムで私たちとともに「めくるめく4、5年」を過ごしたい、そのなかで大きく飛躍したいという方に、仲間になっていただけたら嬉しい限りです。