土合さんにとって「プロフェッショナル」とはどのような人ですか?
どのような状況にあっても、常にまわりからの期待に応えられる人が真の「プロフェッショナル」だと考えています。良い条件がそろっている状況では偶然良い結果が出ることもあるでしょう。しかし、厳しい条件下にあっても期待された結果を出すことができるのは、経験豊かなプロフェッショナルだけです。もちろんプロといえども常に成功し続けることはできませんから、そういったときには、不満足な部分をできるだけ最小化し、周囲が納得できる結果まで持っていくことのできる人がプロなのだと思います。
プロフェッショナルに求められる条件ということで言えば、どのような業種、職種であれ、その分野における専門知識と経験を豊富に持ち、直感力と洞察力に優れ、応用力があるということだと思います。直感力とは、経験が蓄積されることによって意識下で形成されるパターン認識力や判断力のことです。経験豊かな職人の勘のようなもので、直面する課題に対してきわめて短い時間で最適な解を見つけ出す能力ですね。応用力とは、いかなる状況にも対応できる多様な引き出しを持っていることですね。この2つは変化の激しいマーケティングという分野においても大切な能力で、経験値が大きいほどこの2つの能力が蓄積されていきますので、結果、成功する確率も高くなります。
自我に没入することと、客観的にとらえ直すことの両方がマーケターには必要
土合さんはマーケティングのプロフェッショナルとしてキャリアを積まれてきたわけですが、マーケターとして仕事をするうえで大切なことは何でしょうか?
マーケティングとは突き詰めると「いかに差別化するか」ということですから、マーケターにとってもっとも大切なことはまずは「新しい視点、切り口を見つける」ことだと思います。
但し、この「新しい視点」を単なるアイデアから実際の製品やマーケティング活動にするためには、「変わったことを考えている」だけではだめで、「複眼的な思考」が次に必要になります。「複眼的な思考」というのは、まったく異なった複数の考えを平行して進めることです。たとえば、ものづくりでいえば、「神は細部に宿る」とはよく言ったもので、良い製品、良い広告を作ろうとすると、どうしてもディテールにこだわり続けなければなりません。しかしその一方で、プロジェクト全体をどのようにまとめていくかという大きなビジョンがないと非常にニッチなものに終わってしまいます。だから、小さいことと大きいことを同時に考える必要があります。コミュニケーションの例で言うと、「人と違うことに面白さを見出せること」と、「みんなが面白いと思うこともわかる」という2つの視点が必要ですね。新しい面白さを探すときは人と違う視点を持たなくてはなりませんが、そうやって発見したものの面白さを伝えるときには、みんなの視点でメッセージを考えなくてはならない。他と違っているところが面白いとみんなに思わせなければ、ビジネスにならないからです。マーケターにはクリエイティビティーとロジックの両方が求められる、というのもこれに近い考えです。すごく革新的な新しいアイデアを思いついても、それを社内の他の部門に伝えるためにはロジカルな説明が不可欠ですから。新しいものを創っていくプロセスでは、最初は自分の思いやこだわりを信じ、それを優先して突き進んだほうがいい場合が多いけれど、開発のある段階からはいろいろな人の視点を入れていくことが必要になる。だから自我に没入することと、他人の目線で客観的にとらえ直すことの、主観と客観の2つの見方を正しいバランスで保つことのできる柔軟性が必要になります。
そして最後に、成功への執念を持つことも大切です。なんとしてもその製品を売りたい、自分が信じるものを売りたいという強い思いを持つことが、一般に思われている以上に大事ですね。それが結局は、周りの人を動かすのだと思います。そういう熱い思いなしに、ただのビジネス感覚でやっていても、本当にいいものはできにくいですし、人は信じてついてきてくれません。マーケターとしてさまざまな部門を巻き込み、大きなうねりを作るためにはそれだけの情熱が必要ですし、情熱をかけるほどやりがいも大きくなると思います。
どのようなキャリアを経て日本コカ・コーラに入られたのですか?
学部時代から好きだったマーケティングをより深く勉強するために大学院に入りました。修了後は教授の推薦もあってアメリカのコンサルティングファームに就職しました。当時、その会社はアジアへの進出を計画していて、サンフランシスコで1年勤めてから、日本法人の開設とともに戻ってきました。ところが、ある事情ですぐに撤退することになった。それで退職し、日本コカ・コーラに入りました。当時は漠然としていましたが、ブランド力の強い大きな会社で、好きなマーケティングの仕事ができることが最大の魅力でしたね。それに、オファーされた調査部の仕事もやりがいがあって、面白そうだったので日本コカ・コーラを選びました。
調査部ではどのような仕事をなさったのですか?
約4年、トレンド・マネージャーというタイトルで仕事をしていました。このタイトルはアトランタ本社で生まれた概念ですが、消費者の新しいニーズを掴むために、飲料以外の様々な調査、たとえば消費者のライフスタイルや他の産業に現れる変化の兆し、といったことの調査・分析を行っていました。当時はまだどの国でもそうした調査を手がけておらず、日本が世界に先がけて実施することになったのです。ですから、具体的にどういう調査・分析を行うか、その結果をどのようにマーケティング戦略に活かしていくかということをゼロから考えて、試行錯誤しながら作っていきました。
アカデミックな要素とビジネスの要素がうまく混ざり合ったような仕事で、自分に向いていたのだと思いますが、すごく楽しかったです。このときに行った調査の中には、「ブームはどのように形成されていくのか?」というブーム形成プロセスの分析とか、「日本人にとってカッコいいとはどういうことか?」というカッコよさの構造分析など、本が書けるような興味深い結果が得られて、新しい発見がいくつもありました。
マーケティングでは新しい視点や切り口の発見が重要視されますが、それは調査においても同じで、どれだけ新しい視点に立った仮説を持つか、そしてそれをどのようにクリエイティブに調査を設計し、検証するかがアウトプットの質に大きく関わってくる。そのことを実体験できたことが、すごく良かったと思っています。
原点に戻って、自分がすべきことを見直すことが次に繋がる
その後、ジュース・機能性グループ、ニュープロダクト・グループを経て炭酸担当のシニア・マネージャーに就かれていますが、その間にターニングポイントとなるようなことはありましたか?
炭酸担当になって1年間ぐらいは辛い時期でしたね。というのも、ニュープロダクト・グループで新製品、新ブランドの開発に携わったのですが、なかなか良い結果を出せず、炭酸チームに移ってからも責任ある仕事をアサインされなかったのです。自分が思っているほどには仕事ができず、フラストレーションが溜まったりもしたのですが、「自分が信じることをまだ全てはやり尽くしていない」という不完全燃焼な気持ちがあったので、とにかく自分が納得できるまで全力を出しきろうと自分に与えられた仕事に集中しました。その結果、担当していた〈カナダドライ〉を、「大人の炭酸飲料」という新しいコンセプトに変更すればまだ大きなポテンシャルがあることに気づき、この新しいコンセプトでキャンペーンを展開し、大きくセールスを伸ばすことが出来たのです。それがきっかけになって、さらに大きな仕事を任されるようになり〈ファンタ〉や〈アクエリアス〉でも成果を出すことができました。
スランプのときや経験が少ないときには、自分では目一杯やっているつもりでも、思いだけが空回りし、消費者が求めているものをうまく出せていないことが多いんですね。だからそういうときにはヤケにならずに、自分には何が足りないのかを考え自分がすべきことを見直すのがいいと思います。誰にだって、最初からずっと成功し続けることができるわけではないですから。僕の場合はマーケティングの原点に立ち戻って、〈カナダドライ〉が持っている差別化ポイントを徹底的に検証したんです。それが〈カナダドライ〉の成功に繋がったのだと思います。
現在のティーカテゴリーのバイスプレジデントとしてのミッション、仕事内容をお聞かせください。
ミッションはティーカテゴリーにおいてブランド力を高め、セールスとマーケットシェアを最大化させることです。そのための戦略立案、ブランドマネジメント、製品開発、コミュニケーション開発などマーケティング全般が主たる仕事になります。
また、マネージャーのときは現場のクオリティを管理することに注力していればよかったわけですが、バイスプレジデントになると会社全体のことも考えなくてはなりません。日本コカ・コーラのマーケティング力を強化するために人材を育てることも大きな使命だと考えています。さらに、役員への説明や他の部門長との交渉・調整も多くなっているので、これまでとは違ったチャレンジが日々あります。
最後に、日本コカ・コーラが求める人材について教えてください。
会社というより私個人の考えですが、ものづくりやマーケティングが大好きという人と一緒に仕事をしたいですね。好奇心と探究心が旺盛で、なぜその商品がヒットするのか、なぜ人はそれを買うのか、といったように「なぜ」を繰り返しながら、ものごとを深く掘り下げて考えられる人が好きです。
マーケターとして独り立ちするためには、失敗も含めてさまざまな経験を積むことが必要です。そして周りからのフィードバックを受けながら自分をストレッチして強みを伸ばしていく。それが直感力や応用力に繋がるのです。だからマーケティングを仕事にしたいのであれば、まずはそういう経験ができる環境を選んだほうがいい。日本コカ・コーラにはそれがあると思いますよ。
ありがとうございました。