国内で年間延べ約14億人以上が訪れる、マクドナルド。その裏側では、テクノロジーの力を使って、もっと便利に、もっと快適にお客様に寄り添う挑戦が続いています。その中心にいるのが、テクノロジー本部 執行役員 チーフ・テクノロジー・オフィサー 杉林 隆彦氏。今回は、グローバル基準へのアップデート、AIやIoTの活用、そして“人”に軸足を置いたカルチャーづくりについて、どのような想いで取り組まれているのかを伺いました。

現場から感じた“顧客起点”の徹底──マクドナルドというブランドを支える力とは
役員としてマクドナルドに参画されてから、これまでどのような経験をされましたか?
入社して間もなく、全社ミーティングの総合司会を任されたり、株主総会で株主様のご質問にお答えする機会もありました。非常に多くの機会をいただいて、正直驚いています。
店舗での現場研修も経験されたとか。
はい。3週間、朝から晩まで、レジ、カウンター、ドライブスルー、キッチンまで、フルで体験させていただきました。特に印象に残ったのは、レジ業務のプレッシャーです。お客様をお待たせせず、正確に対応するための緊張感とスピード感は、店舗クルー(アルバイトスタッフのこと)の皆さんのプロフェッショナリズムを強く感じさせました。
テクノロジー担当としての視点で、店舗体験はどう活きていますか?
技術開発においても「現場起点」「お客様起点」の考え方は非常に重要です。タッチパネル式のキオスク端末など新技術の店舗導入を経て、単に“便利なツール”を提供するのではなく、“お客様とクルー双方にとって本当に役立つもの”を目指す視点が必要だと実感しました。
“人との縁”で切り拓かれたキャリア──NTTからグローバル企業へ
現在CTOとして活躍されているその背景について、キャリアをさかのぼり伺いたいのですが、まず大学卒業後、NTTに入社されたきっかけは何だったのでしょうか?
多くの企業を検討しましたが、最終的には「人とのご縁」が決め手となりました。採用担当者や同期との心地よいコミュニケーションがあり、自然とNTTを選ぶことになったのです。同期は全国で3000人。入社式は幕張メッセで行われ、その規模の大きさに圧倒されたのを覚えています。
当時はどのような業界に興味を持っていたのですか?
銀行や商社がメインでした。ちょうどバブルの後半期で、金融業界はまだ華やかな雰囲気が残っていた時代です。ITへの関心はそこまで強くはありませんでしたが、入社後に現場での経験を重ねるうちに、徐々にシステムへの興味が芽生えていきました。
最初は営業で、マンションテナントへの訪問販売営業を担当したり、企業への通信機器を販売しに行ったこともあります。ある時はリース契約が通らず、現金での支払いをお願いし、お預かりした現金を手に、営業車で料金センターに急行して領収書を発行するなど、かなり泥臭い仕事も経験しました。正直「本当にこれで自分のキャリアは大丈夫かな」と不安になることもありましたが、今振り返ると、すべてが貴重な学びでした。
そこからシステムやIT領域に進まれた経緯は?
営業をする中で、他社サービスと組み合わせた提案や、部門内のシステム企画に携わる機会が増えていきました。徐々に「これは面白い」と感じるようになり、自発的に資格を取得したり、システム管理にも挑戦しました。ITが面白く感じたこと、当時の上司から「英語とITは絶対にやったほうが良い」と言われたこともあり、自分のキャリアの方向性としてIT領域に進む決意を固めました。
“逃げ場のない環境”が語学と技術を磨いた──GAP時代の挑戦と飛躍
NTTから米ファッションブランドのGAP(ギャップ)に入社された当時は、どのような環境だったのですか?
外資系企業は初めてで、英語力もほぼゼロに近い状態でした。会話を録音しても単語力が不足して内容を理解できず、毎日寝汗をかくほどの緊張感を感じていました。また、英語での3文字略語になれるのにも苦労しました。最初の配属は、店舗で使用するポータルサイトの改善やインフラ整備。リテールオペレーション部門と密接に連携しながら、現場の課題に向き合っていました。
日本企業から外資系へ、大きなカルチャーギャップもあったのでは?
そうですね、まさに「GAP」そのものでした(笑)。言葉の壁だけでなく、「結果が出なければすぐに解雇されるのでは」という漠然とした不安感もありました。自分の強みをどう発揮すればいいのかも分からず、まずは覚える、書く、実践する、の繰り返し。がむしゃらに努力する日々でした。
英語力はどのようにして身につけていかれたのですか?
英会話教室に通い、通勤中はずっと英語を聞き、シャドーイング。テレビは副音声、ニュースは海外チャンネル。社内ではサンフランシスコの本社とのやり取りもあり、あえてメールではなく電話でコミュニケーションを取るようにしていました。インターネット上で日本語と英語を教え合う交流も始め、英語を添削してくれるオーストラリアの知人までできました。
仕事でも英語での業務が求められました。資料作成、会議運営、プロジェクトマネジメントまで英語。電話会議で話しながらチャットでプロジェクトのGo/No Go判定をするぎりぎりまでの情報収集をしたり、海外とのカンファレンスの議事録もすべて自分で書いていました。2年ほど経ち、英語で仕事ができるようになり、言葉の壁を越えたやり取りができるといった手応えを得られました。
変革の現場で磨いた“やり切る力”──テクノロジー×現場のリアリティ
GAPにおいて、特に印象に残っているミッションはありますか?
入社後すぐ、全国約200ある店舗のFAX撤去というプロジェクトを任されました。当時の文化ではFAXが根強く、特に店舗では死活問題。反発も強く、撤去してすぐは、新たな運用方法に慣れず、コンビニエンスストアからFAXを送るケースもあったと聞いています。いまでは当たり前のEメールなども利用が促進、定着していないケースもあり、店舗からは決して歓迎される仕事ではありませんでした。私自身も正直、「ビジネスを非効率にしているのではないだろうか?」と、プロジェクト推進、実行役の立場にありながらも辛い気持ちになることもありました。
ただ、会社としてFAXを撤去する、という方針は決まっていたので、腹を括ってやりきるしかない。相手の立場を想像しながら、丁寧に向き合うしかありませんでした。そうした事情も理解しながら、全体最適の視点で一つずつ対話を重ね、最終的にミッションを成し遂げました。
その後、ITシステムの導入・展開もメインで担当しました。業務継続計画(BCP)の策定や災害時シミュレーションなども経験し、実際にアメリカ・サンブルーノで、災害を想定したトレーラー型仮想オフィスを設置し、業務継続訓練を行いました。クラウドやモバイルが主流になる前の、アナログとデジタルの過渡期に立ち会えた貴重な経験となっています。
“誰もやらないなら、自分がやる”──EC立ち上げで体得したプロジェクトの本質
その後、米アフォーダブルラグジュアリーブランド(現在はExpressive Luxuryと呼称)であるCOACH(コーチ)に入社されています。COACHでは、どのような業務を担当されたのですか?
最初は、店舗システム全般の管理チームをリードしました。POS、在庫管理、ネットワークなど、店舗に関わるすべてのシステムが対象でした。新店出店や改装時には、機器の導入から撤去・再設置まで、現場と二人三脚で進めていきました。
その中で、特に大きな転機となったプロジェクトは?
2008〜2009年頃、日本でEC(Eコマース)を立ち上げるプロジェクトを担当することになりました。当初はアメリカ側と日本側のIT部門メンバー2名(Co-PM)がITを含めた全プロジェクトの指揮を執るとして開始たものの、プロジェクトの進捗が停滞し時間だけが経過、急遽、両名のバトンを引き継ぐことになりました。
引き継いだ当初、日本でECプロジェクトに参画しているメンバーは、EC立ち上げの経験がなく、関係者自体は多いものの旗振り役が不在で、チームとしての一体感が欠けていました。メンバー各々が不安と不満を抱える状況であったと記憶しています。納期は半年後に迫っているのに、正直何も進んでいない状態でした。そんな中で「誰かがやらなければ始まらない」と思い、覚悟を決めてプロジェクトリードを引き受けました。
ECプロジェクトで最も大変だった点は?
テクノロジーだけではなく、業務全体を理解しなければならなかったことです。お客様の注文から決済、物流、店舗受け取りまでの一連の流れを把握する必要がありました。ロジスティクスや店舗オペレーションなど、あらゆる部門と連携し、定例会議で議題を整理・共有し、意思決定が必要な事項はマネジメント会議に上げるなど、地道なコミュニケーションの積み重ねが鍵となりました。
最終的にプロジェクトは成功したのでしょうか?
はい。最初は点と点だった情報が、議論と共有を重ねることで線になり、最終的には全体像が見えるようになりました。初めてのEC立ち上げにもかかわらず、無事に稼働まで持っていけたことは、非常に大きな自信と経験になりました。

グローバルを越えて“エンタープライズ・リーダー”へ──ビジネス視点と技術の融合
2019年にCOACHがタペストリー・ジャパン合同会社へ商号変更しました。会社としても大きな転換期を迎えていたそのころに杉林さんは日本以外のグローバルもマネジメントされていたと伺いました。
まさか日本以外を担当することになるとは、当初まったく想像していませんでした。最初は米国とのやり取りくらいだったのが、やがてアジア全域、さらにヨーロッパまで任せてもらえるようになり、一つひとつの経験が次の機会につながっていきました。本当に恵まれていたと思います。
新たな機会を得る上で、何が評価されていたと感じますか?
明確な答えは分かりませんが、目の前のことをやり切る、その姿勢を見ていてくださった方々がいたからだと思っています。加えて、リーダーとしての知識やトレーニングを受ける機会にも恵まれ、視座が広がったのも大きかったです。
ヨーロッパ担当はご自身の希望もあったと伺いました。
はい。当時、ヨーロッパがやや手薄になっていたと感じ、自分が貢献できるのではと思い手を挙げました。ロンドンやスペインのチームを支えながら、現地リーダーが経営会議の場に同席できるような機会を増やすなど、ガバナンスやリーダーシップの強化にも努めました。
ご自身が海外複数拠点を統括された経験の中で、「今の自分のCTOとしての基盤につながっている」と感じる具体的な学びや原体験はありますか?
国籍やカルチャー、育った環境など、これまでの自分の経験とは異なる環境に身を置く中で、「過去の成功体験に固執しない」「日本での成功体験を他国で強制しない」「直面する課題への判断・決断をする際にメンバーも巻き込む」と言う事を強く意識し実践してきました。この経験は、現職においても、相手を尊重し、自部門の成果に固執せず、会社としての正しい判断を見極めることに大きく寄与していると感じています。
ITなどの技術にとどまらず、ビジネス全体を俯瞰する姿勢ですね。
ITだけを理解していても、それではSIerと変わりません。社内にいるからこそ、ビジネスの流れや状況を踏まえた上で、適切なテクノロジーを提案できる。何かが起きたときの初動も速くなる。そうしたビジネスのプロセスや背景を理解し、先手を打ってテクノロジーを提案できる存在であるべき、ということを常に意識してきました。
その意識はどのように形成されたのでしょうか?
大学時代、経済学部経営学科であったこと、社会人になった最初の会社で最終的には企画部門に所属し、事業計画策定等に関わる経験があったことも影響しているかもしれません。キャリアの中でも、システムだけにとどまらず、ビジネス寄りの言葉でコミュニケーションすることを意識してきました。CTOとしての役割は、単に技術を預かるのではなく、会社全体を見渡し、変革をリードすることにあると思っています。
リーダーとして大切にしてきた考え方とは?
部門の代表であるだけでなく、「会社全体のリーダー」であるという意識です。たとえチームにとって難しい決断であっても、会社としての判断が正しければ、それを支持する。いわゆる“エンタープライズ・リーダーシップ”の重要性を意識するようになりました。
“役職ではなく、人として向き合う”──グローバルチームを束ねるリーダーの哲学
多様な国籍や背景を持つメンバーを束ねる上で、どのようなことを意識されていましたか?
まず大前提として、「役職が上だから偉いわけではない」と常に伝えてきました。自分が分からないこと、できないことは正直に言う。その上で、皆と一緒に考え、進んでいく姿勢を大切にしてきました。フィードバックも積極的に求めていて、匿名で意見を募る場も設けました。あるオフサイトでは「言いたいことは何でも書いてください」と言って一旦席を外し、戻ると紙いっぱいに本音が書かれていたこともあります。
グローバルなリーダーシップにおいて、特に意識された点はありますか?
リーダーたちには「あなたはファンクションのリーダーではなく、テクノロジー部門のリーダーの一員なのだ」と繰り返し伝えてきました。他部署のことを「自分には関係ない」と切り離すのではなく、部門横断的に連携するマインドを持ってほしかった。チーム全体では当時60名ほどの組織でしたが、常に“人”としての関係性を重視していました。
チームメンバーへも「システムだけ理解していてもダメ。ビジネスを知らなければ、ただの“社内のSIer”だ」とよく伝えています。経営状況、事業の優先順位、顧客体験の向上など、ビジネスの根幹に向き合える存在でありたい。だからこそ、社内にいる意味があると思っています。
メンバーから印象に残ったフィードバックなどはありますか?
「成果を自分の手柄にしない方ですね」と複数の方から言われたことがあり、その言葉が強く印象に残っています。チームの成果をチームのものとして扱う姿勢を評価してもらえたのは、何より嬉しかったです。もちろん全員が私を好意的に見ていたわけではありませんが、それも組織として健全な状態だったと思っています。
日本マクドナルドに入社された背景は?
17年間在籍した前職では、事業買戻し(自社運営への切り替え)や買収、これに伴う、組織やシステムの統合、大型買収案件への関与なども経験(最終的には買収断念)し、一区切りをつける時期を見極めていたところでした。複数社からお声をかけていただいた中で、最終的に日本マクドナルドを選んだのは、面接でお会いした方々の人柄と、事業に対する熱い想いでした。
日本マクドナルドでやりたいと思ったことは何ですか?
何よりもそのスケール感とスピード感。そして、小売という枠を超えて、キッチンの中までテクノロジーが関わるという構造に大きな魅力を感じました。自分のこれまでの経験を、よりダイナミックな形で活かせる場所だと感じています。
“守り”と“攻め”の両輪で──テクノロジーが牽引する次世代マクドナルド
日本マクドナルド入社にあたり、どのような期待や想いを持たれていましたか?
「これまでできなかったことが、ここならできるかもしれない」という期待がありました。スケールもスピードもまったく違う環境で、自分の経験を試す場になると感じたんです。入社前から「テクノロジーが成長のカギ」と言われていたのも、強い後押しになりました。
現CEOトーマス・コウ氏はどんな方ですか?
非常にフラットで率直な方です。余計な詮索なく、思っていることをダイレクトに伝えてくださるので、私も自分の考えをタイムリーに共有できています。形式的な資料ではなく、手書きのメモで「今こういうことを考えています」と話すこともあります。何より、常に店舗やクルー、フランチャイズオーナーの方々のことを第一に考えている姿勢に共感しています。
会社としては、どのような成長フェーズにあると捉えていますか?
今後も日本で最も愛されるレストランブランドであり続けるために、さらなる成長を目指すフェーズに入っています。先を見越した戦略的アクションを、スピード感をもって実行する──そんな変革の真っ只中にあると感じています。
CTOとしてご自身が果たすべき役割とは?
大きく分けて“守り”と“攻め”の両方があります。守りの面では、日々進化するサイバーセキュリティの脅威から会社の資産を守ること。攻めの面では、テクノロジーを活用して、店舗や本社の業務効率を向上させることです。そして、私たち一人ひとりが「広報部長」であるという意識で、自分たちの取り組みを発信し、社内外の信頼を築いていくことも大切だと考えています。
今後注力されるテクノロジー戦略について教えてください。
デジタルアプリのさらなる進化と、それを支えるサービスの質向上が重要です。グローバルではGoogle社との戦略的提携もあり、AIを活用した店舗テクノロジーの導入に関するビジョンも共有されています。国内約3000店舗・21万人を超えるクルーを抱える環境で、テクノロジーによって“働きやすさ”を支え、それが最終的にお客様体験の向上につながると信じています。
これまでとの一番の違いは何でしょうか?
良くも悪くも、注目される規模感です。小さなトラブルでも報道されるほどの注目度は、他社にはない緊張感です。システムの安定稼働が求められるのは当然のことながら、1秒の効率化が数万人の効果に変わる──このスケールならではの面白さも感じています。
生成AIとリモデリングが拓く、マクドナルドの“次の未来”
いま注力されている業務効率化の取り組みには、どのようなものがありますか?
本社では、生成AIの活用を全社レベルに拡大しつつあります。私が入社した当初は10名ほどに限定されていたライセンスを、まずは一つの部門単位での導入とし、徐々にユーザーを拡大、そして最近では本社のほぼ全員に展開するとういうプランが承認されるまでになっております。メールの要約、業務プロセスの簡略化、会議資料やジョブディスクリプションの作成など、様々な業務で活用されるようになっており、「これがないと仕事が回らない」と言う社員も出てきています。
今後は、どのような展開をお考えですか?
次のステップは自動化です。たとえば、店舗を訪問する前に過去の情報を調べる必要があるマネージャー層に対し、生成AIが自動で必要な情報を統合・要約してレポートとして提示するような仕組みを構想しています。人が手をかけるのではなく、求められた瞬間にデータが整っている。そうした未来の業務スタイルを目指しています。
生成AIの導入にあたり、社内の整備も進めているのでしょうか?
はい。法務部門と連携しながら、日本国内での使用における規約やガイドラインの整備をしています。AI活用において最も重要なのは“倫理”です。便利だからといって全てを任せるのではなく、最終的な責任と判断は人間が持つという意識が不可欠です。
店舗レベルでのテクノロジー活用についてはいかがですか?
グローバルの視点では、AIを活用した音声オーダーやシフトスケジューリングの自動化といった取り組み等が構想されています。また、キッチン機器のIoT化による稼働状況のモニタリングや予防保全、温度、鮮度管理といった構想もあり、すでに実証段階に入っているものもあります。
店舗の改装についても触れられていましたね。
はい。当社では中期経営計画において、3年間で約1000店舗の改装を進める計画を発表しています。その中には、キオスク端末をあらかじめ設置する前提でデザインされた店舗設計や、キッチン内の動線を見直した新しいレイアウトや、これをサポートするシステムの導入等も含まれます。これは単に設備を新しくするということではなく、クルーやお客様の体験をより良いものにするための、未来を見据えた投資です。

「人がいないと、テクノロジーも動かない」──成長の鍵は“人”にある
AI以外にも、今後注力されるテクノロジー分野はありますか?
やるべきことは本当にたくさんあります。たとえば、全国3000店舗のPOSシステムのバージョンアップを完了、統一したこともその一つです。今後は、これを土台にさまざまな新技術を展開できるインフラを構築していきたいと考えています。また、データ基盤の整備も急務で、「意味のあるデータ」を迅速に経営判断に活用できる体制づくりに取り組んでいます。私の着任以降、新たに立ち上げた「データストラテジープログラム」がその象徴ですね。
サイバーセキュリティへの取り組みについても教えてください。
日々、さまざまなサイバー攻撃にさらされている状況を前提に、24時間365日体制でリスクに備えています。情報漏洩やランサムウェアの被害は、ブランドや企業存続に直結する深刻な脅威です。そのため、サイバーセキュリティチームを増強し、機動的に対応できる体制を整備しました。グローバルとの連携を活かしつつ、国内でも主体的に対策を講じています。
ヒューマンエラーへの対策はどのように進めていますか?
テクノロジーチームだけで完結する話ではありません。危機管理委員会やリスクマネジメント体制の中で、全社的に対応しています。ただ、現場の誰かが気づいたことに対しては、即座に行動する柔軟性も大切です。情報セキュリティは“全員の課題”という意識を浸透させていきたいと考えています。
人材育成の観点では、どのような想いをお持ちですか?
私自身、チームのメンバーが育つことに強い喜びを感じています。マクドナルドは本質的に「ピープルビジネス」です。人がいなければ、プロセスも自動化も実現できません。だからこそ、全社員にもっとテクノロジーへの関心を持ってもらい、自律的に行動できる組織にしていきたいのです。
環境変化への対応において、最も重視されることは何ですか?
いまは変化のスピードがかつてないほど速い時代です。かつて競合ではなかった存在が突如競合になる可能性もありますし、世代ごとに購買行動の価値観も変化しています。そのなかで企業として成長を続けるには、「スピード」が求められます。そして、そのスピードを生み出すのは“人”です。良いサイクルを生むための「学びの機会」や「挑戦の場」をこれからも提供していきたいですね。
カルチャー変革は「仕組み」ではなく「姿勢」から始まる
カルチャー変革に取り組まれるうえで、最も大切にされていることは何ですか?
カルチャーというのは、誰かが「こう変えよう」と決めて変わるものではありません。でも、だからといって何もしないのでは変わらない。だからこそ、「自分がどういうカルチャーを作りたいのか」をまず自分自身が明確にし、その意志を周囲に伝えることが大切だと考えています。私自身も、マクドナルドに入ってから、その想いをメンバーに繰り返し共有してきました。
具体的にどのようなカルチャーを意識されているのでしょうか?
私はチームに対して、常に意識してもらいたい4つのキーワードを掲げています。
1つ目は、「できない理由を探すのではなく、“どうやったらできるか”を考える」という姿勢です。たとえ困難に見える課題であっても、最初から諦めるのではなく、可能性を探り続けることが大切だと考えています。Impossibleを“I’m possible”に変える——そんな前向きな姿勢を共有しています。
2つ目は、「確信が持てないなら、何度でもコミュニケーションをとろう」ということ。1回話しただけで“伝わったつもり”にならず、納得感を得るまで粘り強く対話を続けることを重視しています。
3つ目は、「複雑な状況をシンプルにし、標準化し、自動化する」こと。現状を俯瞰して捉え、本質的に必要なものとそうでないものを見極め、無駄をそぎ落としていく視点が不可欠です。
そして4つ目は、「プロジェクトは“OTOBOS(オトボス)”で推進する」。これは “On Time, On Budget, On Scope” の頭文字をとった造語で、目標・予算・スコープのすべてを確実に期日内に守るという、プロフェッショナルとしての基本姿勢を表しています。
こうした価値観を、日々の対話やマネジメントの場を通じて、繰り返しチームに伝え続けています。
実際に、カルチャーの変化を感じる場面はありましたか?
社内の方々から「チームの雰囲気が良くなった」「変わってきていると感じる」と言っていただけるようになりました。特に他部門との連携において、「会社のために何ができるのか考える」姿勢が徐々にと広がってきたと感じています。もちろん、これで終わりではなく、継続的に働きかけていくことが大切です。
カルチャー形成はCTOとしての大きな役割でもありますね。
CTOは単にテクノロジーの専門家というだけではなく、経営における“攻め”と“守り”の両輪を推進する立場です。最近ではCIOやCDOとの役割の違いが話題になりますが、私は「両方の視点を持っているからこそ強い」と思っています。情報活用とテクノロジー活用を戦略的に統合し、組織をより良くするためのリーダーでありたいですね。
「挑戦し続ける人材こそ、未来のリーダーになる」──次世代へのメッセージ
近年、企業のビジネスモデルも大きく変わりつつあります。そのような変化をどのように捉えていらっしゃいますか?
いまや、業界の垣根を越えて競合が現れる時代です。私たちマクドナルドも、単に「ハンバーガーを売っている会社」としてだけでなく、コンビニエンスストアや軽食サービス、百貨店のいわゆるデパ地下など、多様な業態と対峙しています。業界再編が進むなかで、私たちも変化に敏感であり続けなければなりません。企業が生き残るには、「どう成長するか」を常に問い直す姿勢が求められています。
若手人材の育成にも強い関心をお持ちだと伺いました。
はい。自身のキャリアを振り返ると、グローバルでの経験や失敗の積み重ねが今につながっています。そのような機会を、次世代にも提供したいという想いが年々強まってきました。自分の会社でも、若手が挑戦できる場をつくることを意識しています。
若手ビジネスパーソンに向けて、どんなメッセージを伝えたいですか?
「失敗を恐れず、挑戦し続けてほしい」。世の中では「成功=正解」「失敗=間違い」と捉えられがちですが、私にとってはどちらも“経験”です。挑戦とそこからの学びの連続こそが、キャリアを押し上げてくれるものだと思っています。現状維持ではなく、自分から一歩を踏み出すこと。そうしたマインドを持つ人が、これからの時代をリードしていくと信じています。
最後に、杉林さんご自身がキャリアを重ねるうえでの「きっかけ」とは?
やはり最初のチャレンジですね。言語の壁を超え、海外プロジェクトに飛び込み、そこから道が開けました。偶然の要素もありましたが、挑戦を選び続けた結果、道がつながってきたのだと思います。次世代にも、そんな「挑戦を恐れない姿勢」を伝えていきたいです。
ありがとうございました。
Photo by ikuko
Text&Edit by ISSコンサルティング