コロナ禍にゆれる昨今。改めてEngagementに注目が集まっています。今回は、豊富な企業人事経験に加え、現在はグロービス経営大学院でリーダーシップ、ダイバーシティ、人材マネジメント、エンゲージメントなどの領域を中心に講義・企業研修・講演も務められる林恭子氏に「Afterコロナ・Withコロナ時代のEngagement」についてお話をリモートでお伺いしました。
みんなで組織を作っていく喜びをグロービスで学んだ
グロービスに入社するまでのご経歴を教えてください。
私の家系は教員や公務員が多く、学生の頃の私には、会社は未知の存在でした。未知なる世界への興味もあり、企業に就職することにしたのですが、当時、日系企業はまだ女性がバリバリ働く環境ではありませんでした。それなら外資系企業へ、ということでアメリカの電子機器メーカー・モトローラの日本法人に飛びこみました。
最初にモトローラに入ったおかげで、バリューチェーンのすべてを勉強することができました。加えて、研究者、営業職、管理部門、製造現場の従業員など本当にさまざまな職種の社員がおり、多様な方々が会社を形作っていること、社会を成り立たせていることを現場で感じることができました。
次に、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に移りました。第二新卒でまだ社会の本質をわからなかった私にとって、BCGはビジネスを学ぶ学校でした。周りは本当に優秀な方ばかり。特に最初の頃は、彼らからいろんなことを教えていただき、ものすごい勢いで成長している実感がありましたね。人事担当リーダーとして貴重な経験を積ませていただきました。ただ、何年もやっていると、やはり成長カーブが落ちていくのがわかってきました。私が採用した皆さんがぐんぐん伸びていくのを見ると、嬉しい反面、危機感も大きくなってきて。気づくと、入社時は70名ほどだった社員数がいつの間にか250名規模になっており、人事チームもしっかりでき上がっていました。「リーダーの器が組織の成長を決める。私自身がもっと成長しなくては」という気持ちが生まれ、BCGで勤務しながら、筑波大学大学院ビジネス科学研究科に進学し、MBAを取得しました。
大学院修了直後に、絶妙なタイミングで声をかけていただいたのが、グロービスでした。冒頭で触れたとおり、私は先生一家に育ったので、教育に携わることにはまったく違和感がありませんでした。しかも、グロービスならビジネスパーソンとして培ってきた経験も活かせる。さらに、私には運命思考の傾向があって、思いもしないようなオファーをいただくと、これに大きな意味があるかもしれないと考えるタイプなんです。それで決心して、2007年にグロービスにやってきました。
グロービスではどのような経験をしてきたのですか?
入社後はファカルティ・コンテンツ部門のマネジャーとして講師をスカウトして教員組織を作ったり、教育プログラムを開発したりしました。並行して、自ら講師として教壇にも立ちました。講師はいまも続けており、「パワーと影響力」「リーダーシップ開発と倫理・価値観」「組織行動とリーダーシップ」などの科目を担当しています。
この仕事で難しいのは、講師候補の方の発掘です。優秀なビジネスパーソンの方にお声がけするのですが、仕事上の能力と教える能力は別物です。当然ながら適性を見極めなくてはなりません。その上で、グロービスの教壇に立つことを意気に感じ、モチベーションを高めていただく必要もあります。具体的には、模擬セッションを通して適性を拝見したり、モチベーション向上を図ったりするのですが、これが簡単ではありません。苦労はいろいろとありましたが、そのおかげで素晴らしい講師陣を形成できました。
その後、人事ディレクターを経て、2014年から管理部門全体をまとめるマネージング・ディレクターとなりました。人事だけでなく、経理・財務・ITシステムなどの部門も統括していました。振り返ると、人事以外も見ることになったことが、私にとって1つの転機でした。というのは、業務がわからず、ともに働く皆さんに助けていただくほかにないからです。彼らと一緒に働くことで、可能性を信じて任せること、何か起きたときに一緒に問題を解決すること、みんなで組織を作っていくことの喜びを学びました。これが、私がグロービスで学んだ最も大切なことです。もし人事だけを見ていたら、詳しいがゆえに手も足も口も出してしまい、ダメなマネジャーになっていたと思います。
マネージング・ディレクターとしての私は、エンパワーメント型のマネジメントスタイルを取ることが多かったです。普段のミーティングではファシリテーターに徹し、情報共有などのお膳立てをした上で、何事もみんなに意見を出し合ってもらっています。その際、ポジティブサイコロジーを意識して、前向きで楽しい雰囲気を作ることに腐心してきました。管理部門のメンバーの多くは、周囲のために頑張るタイプ。そうした彼らの姿勢や努力を肯定しながら、場を盛り上げることを大事にしたのです。そうすると、メンバーのレジリエンス(適応する弾力性のある力強さ)も高まっていきます。トラブルなどが起こったときにも立ち直れる、しなやかな強さを持てるようになるんです。
従業員が「企業の夢を一緒に実現したい」と思わなければ、エンゲージメントは高まらない
Engagementとは何でしょうか?
ある定義では、エンゲージメントとは「従業員一人ひとりが、企業の掲げる目標や戦略を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲」を指します。ただ私としては、「婚約」あるいは「結婚」をイメージするのがわかりやすいのではないかと思っています。将来にわたって、お互いが共創する何かにコミットできる状態、約束できる状態が、エンゲージメントが高まっている状態と捉えるのがよいと思います。
エンゲージメントを高めるには、前提として企業の夢(理念・ビジョン)への共鳴が欠かせません。従業員が「企業の夢を一緒に実現したい」と思わなければ、エンゲージメントは決して高まらないんです。夫婦も、お互いの人生観や夢・目標に共鳴できないと、決してうまくいかないでしょう。それと同じです。先日、「コロナ禍で業績が落ち込んでいるからエンゲージメントも下がっている」という声を聞きましたが、それは根本的に違います。エンゲージメントが高ければ、企業の夢に共鳴しているわけですから、会社が危機に陥ったときは、むしろいまの状況をなんとかしたいと思って頑張るはずなんですね。ということで、エンゲージメントが低いことに、単純に業績不振を言い訳に使うことはできないと思います。
ところで、日本には、従業員のエンゲージメントが低いにもかかわらず、離職率が低い企業が多いという話をよく耳にします。実はこれは危機的な状況です。貢献意欲が低く、パフォーマンスが十分に上がっていない従業員がたくさんいる、ということだからです。結婚のメタファーで言えば、「本当はもう愛しておらず、文句もいっぱいあるけれど、離婚は面倒だから結婚生活は続けている」ということです。あまり健全とは言えないのではないでしょうか。私の考えでは、それら企業のエンゲージメントが低い要因の1つは、会社と従業員が真のパートナーになれていないからです。会社と従業員が、対等なパートナーとしてともに同じ夢を叶えていくのだ、という双方向の姿勢を持たなければ、従業員のエンゲージメントは決して高まらないのです。
Engagementを高めるために、人事は何ができるでしょうか?
ウィリス・タワーズワトソン社によれば、次の3つを実現できれば、社員のエンゲージメントを高めることができると言われています。
- 理知的な理解(企業の目標・戦略を理解すること)
- 感情的共感(企業の夢に共鳴し、それをともに叶える喜びを知ること)
- 行動意欲の向上(企業の夢の実現のためにチーム・個人が何をすべきかを考え、行動を起こそうとすること)
そこで重要なのが「ミドルマネジメント層」ではないでしょうか。ミドルリーダーが、チームメンバーにトップのメッセージを的確に翻訳し、この3つを促すようなコミュニケーションを取ることができれば、メンバーのエンゲージメントはきっと高まります。いま、ミドルリーダーの翻訳力や問う力が大いに問われています。
少し話題を先取りしますが、私は、今後のAfterコロナ・Withコロナ期で、企業の浮沈の鍵を握るのは「ミドルマネジメント層」だと考えています。なぜなら、若い世代はリモートワークやステイホームをあまり苦にしていないからです。反対に、中高年にはデジタル弱者が多く、自宅に居場所がないことも珍しくありません。ミドルリーダーたちがリモートワークやデジタル・トランスフォーメーションに悪戦苦闘する姿を見て、若手従業員はきっと不安を感じているはずです。なかでも一番の不安は、「自分たちは正しく評価してもらえるのだろうか」ということでしょう。
ですから、人事は、まずミドルリーダーのサポートをしていくことが必要だと感じています。彼らたちの多くはいま、コロナ禍でのビジネス環境の変化、突然のリモートワークやデジタル・トランスフォーメーションにショックを受け、防衛的になっているはずです。どうやって、目の前にいないチームメンバーをマネジメントし、評価したらよいのかわからずに悩んでいるはずです。彼らがその状態を乗り越え、新たな状況に慣れていくために、人事がサポートに入ることをお勧めします。
では、何をどう評価すれば良いのか。ホワイトカラーであれば、もはや当然「何時間オフィスに座っていたか」ではありません。どんなアウトプットが出せたか、でしょう。でも、全ての業務が同じもの指しで測れるわけでもありません。ですかから、短期的な業績だけを見る「結果主義」に陥らず、プロセスの難度や中長期的な貢献も含めて評価する、本当の意味での「成果主義」を採ることです。リモートワーク時代であっても、適切な成果主義を実現できれば、チームメンバーの不満は小さくなるはずです。正しい成果主義を実現するにあたっては、期待役割を明確に伝え、結果に至るプロセスを理解するためにも1~2週間に一度、30分でもよいので「1on1」の時間を持つことが効果的です。対話によって、各メンバーの進捗状況・悩み・仕事内容・難度などをよく知ることが、成果を適切に評価する第一歩だからです。
また、効果的な組織づくりや生産性の高い組織整備なども、エンゲージメントを高める上で有効です。そのために新たな制度を用意するのもよいでしょう。ただし、カフェテリアプランなどの福利厚生は、衛生要因(未整備だと不満足につながるが、整っていても満足にはつながらない要因)であり、エンゲージメント向上にはほとんど効果がありません。そうではなくて、例えば働き方改革や評価制度改革、ダイバーシティ&インクルージョンなどのように、企業の目標や戦略に合わせた制度づくりをすることが、エンゲージメント向上を後押しします。
非常時はまず、限られた情報のなかでトップが明確に方向を示すこと
Afterコロナ・Withコロナ期のEngagementをどう捉えたらよいでしょうか?
第一に大切なのが、非常時の「クライシスマネジメント」と、非常時に備える平時の「リスクマネジメント」をわけることです。
クライシスマネジメントの初期、つまり非常時に陥ったら、まずは「不安の解消」に全力を注ぎましょう。その際に効果的なのが、「限られた情報のなかでトップが明確に方向を示すこと」です。情報が全部集まるのを待っていてはいけません。なぜなら、そもそも非常時に完璧に情報が集まることなどあり得ませんし、大枠での方向を示してもらうだけで、多くの従業員はいったん落ち着くからです。彼らも情報が足りないことはわかっていますから、状況が変わったときには、都度、迅速に方針を修正していけばよいのです。
少し落ち着いてきたら、今度は従業員に自主的に動いてもらう番です。トップの方針にどう呼応するかを各々に考えてもらい、「何か行動を起こしたい」「お客様のために何かしたい」という気持ちを発露させるよう、ミドルリーダーが促していくんですね。以上が、クライシスマネジメントの基本です。クライシスマネジメントがうまくいけば、エンゲージメントを高められることもある。ピンチがチャンスになる可能性を秘めているわけです。
付け加えると、自主性を発揮してもらうには、「チーム・個人の自己効力感」を高めておくのが効果的です。自己効力感は、次のような施策で高めることができます。
- 自分の、あるいは自分たちのチームの「達成体験」を思い出してもらう(小さなものでもOK)。
- 「優れた他者体験」を共有して、自分たちも同じことができるはずだと感じてもらう。
- 「お客様はこんなに喜んでいる」「君たちならできる」などと、言語で伝えて説得する。
- 心身の状態を整える(非常時には特に重要です)。
リスクマネジメントについても教えてください。
リスクマネジメントは平時の備えです。次のような準備が可能です。こうした準備が、いざというときのクライシスマネジメントの成否を左右します。
- トップやミドルリーダーが、普段の言動によって従業員から信頼を得ておく。
- 理念・バリュー・方向性などを、日常的に組織内に浸透させておく(非常時にも、現場での行動軸、判断軸になるからです)。
- 情報の透明化、非常時マニュアルの整備、有事の代理意思決定者の選定、バックアッププランなどの準備をしておく。
- 従業員のエンゲージメントを高めておく。
最近、以前読んだ本を見返し、『[新版]アフターショック』(ダイヤモンド社)の中に、「CSEサポート・システム」という記載を再発見しました。変化に対する従業員の「痛み」を解決するためには、従業員の思いや願望を明らかにして共感を示す「クラリファイ」、変化の情報を共有する「シェア」、主体的に変化に参画させる「エンゲージ」の3つをサポートすることが大切だ、という考え方です。つまり、ミドルリーダーは、従業員の声に耳を傾け、彼らの苦しみや辛さを受け止めながら、変化についての情報を共有し、最終的に従業員たちが自ら考えたり、行動したりできるように促すのがよい、というんですね。まさに私の考えと同じで、ビックリしました。
いまだからこそできることもあると感じています。私自身も真摯に取り組んでいきたいと思います。