求められるのは自分なりの考えを発信できるHRタレント
GEヘルスケア・ジャパンに入社するまでのご経歴を教えてください。
高校で英語科に入って、玉川大学の英語教育学科に進み、英・エセックス大学大学院で「日本人はなぜ英語のヒアリングが苦手なのか?」を研究し、教授職に就くことを目指していました。帰国後は、法人研修コンサルティング企業で、ビジネス英語の講師に。一貫して英語教育に興味があり、教員免許も持っていた私にとっては、自然の流れでした。ところが、研修でお会いする受講生は大企業の執行役員などの方々も多く、英語を教える以前に自分自身が事業組織の中でもっと経験を積まなければ本当に意義のあるコンテンツは提供できない!と、痛切しました。そのようなモチベーションから、2006年にGEフリートサービス(旧・GEキャピタル、現・三井住友ファイナンス&リース)に転職しました。
GEフリートサービスでの私のミッションは、トレーナーとして世界標準のコンサルティングによる営業活動やマーケティングメソッドを、日本法人の営業やマーケターに展開することでした。在籍した2年で全国の営業200名ほどとGEグループ全体では、240名ほどのマーケターにトレーニングを行いました。後者のマーケティングトレーニングの展開においては、私のキャリアで最も大変だった出来事が記憶としてよみがえります。そのトレーナー養成コースでのことです。入社3週間後の私は突然、上海へ研修に行くことになりました。マーケティングをまるっきり知らない私が、世界各国の第一線で活躍するマーケターのプロたちとともに席を並べ、数日間のグループワークを受けることになったのです。当然当時の私は、4Pも3CもセグメントもプラットフォームもSWOT分析もPEST分析も、何の用語も全く分からない状態。無謀な挑戦で、最初の10分の自己紹介の後は、口を積極的に開く機会にも恵まれず、次第にグループワークにも全くついていけなくなりました。泣きそうになりながらも、1日目が終わった時に今の自分に何が出来るのかを必死で考え、そのなかで出した答えは、議論の内容をひたすらメモして、とにかくワーク終了後にホテルの部屋で知らない言葉をマーケティング辞典で一生懸命に調べることでした。それを数日間繰り返した結果、最後のトレーナーとしてのテストがあった時、参加者の約半分のみ合格した一人として残り、無事トレーナー資格を取得できました。これは自信になりました。マーケティングについては全くの素人でしたが、きっと人にわかり易く教えるために理解して伝えるスキルが身についていたことが良かったのだと思います。
その後も同社では、営業企画・推進、トレーニング、営業支援、マーケティングと様々なキャリアの経験を積ませてもらいました。ただし皆さんも記憶にあるリーマンショックの余波により、自身のポジション含めてリストラに合うという初めての経験をしました。正直に言うと、そのとき自分が社員として接した中で、人事部とのやり取りやコミュニケーションの内容に疑問を持ちました。そこで「もし自分自身が人事になったら、違った接し方、対応の仕方ができるだろうか。」と思い、一念発起して同社を退職し、転職活動を開始しました。次のロゼッタストーンジャパンには、立ち上げメンバーとしてリテールトレーナーのポジションで入社し、ほどなくして人事マネジャーとなり、私の人事キャリアは念願かなってここから始まりました。もちろん、最初は想像以上に人事という仕事は大変だということがすぐわかりました。ベンチャーのスタートアップという環境で、人事としてのロールモデルや先輩社員がいない状態で事業会社の人事マネジャーとなり、いきなり5人の部下を持つチームリーダーにもなったのですから当然です。また、入社時はいわゆるティール組織に近く、全社員がお互いにあまり分業せず、一丸となってミッションに向かって意思決定を自然としながら仕事を進めていたのですが、組織が急成長するにつれて、組織の形もみるみるうちに変化していき、さまざまな課題が出てきたことにも初めて直面し、組織は人と一緒で生き物のように変化していくことを知りました。苦労や難しい局面もありましたが、私の人事としての礎を作ってくれたのは、この時の経験やチームのおかげです。
その後、HRビジネスパートナーとなられるのですね。
はい。次のアリアンツ火災海上保険では、HRBPとして中身の濃い経験を積みました。HRBPを始めた当初は、ビジネスのことに関しては、リーダーたちに到底敵わないと思い込んでいました。しかし次第に、リーダー自身も正解を持っていないこと、リーダーが求めているのは、自分なりの考えを発したり問いかけたりして、リーダーの思考を深めてくれるビジネスパートナーだと分かりました。それが分かってからは、リーダーに遠慮せず、積極的に意見できるようになりました。
また、2014年からシンガポールアジア本社に赴任したのですが、多様性に富んだシンガポールで働くうちに、「自分の考えを言う」「相手の想いを聞き出す」「相手の意見を確認する」ことが重要だと心から理解し、日常的にその訓練を積むことができました。そのなかでHRBPとして大きく成長できたと感じています。特に、それまでの私は、どうしても「よろずや人事」になってしまう傾向があったのですが、シンガポールには「人事のプロとして価値を最大限に出せる仕事にフォーカスしていいのだよ」と言ってくれるメンバーが多くいました。彼らの意見を聞いているうちに、よろずや人事はサステナブルではないと悟りました。私に求められているのは、ビジネス戦略の実現と成長する組織の実装をするリーダーや社員に伴奏しながら一緒につくる、ビジネスパートナーシップに集中することだ。そのシンプルな事実が腑に落ちました。HRBPに集中する環境、周りの理解やサポートが得られたことが、本当に有難かったです。自分にとって成長する機会となりました。
そして、2016年にGEヘルスケアに入社しました。帰国することを決め、半年以上かけて転職先を探した結果、GEヘルスケアが掲げるミッションに自分自身のミッションが一番しっくり来たからです。でも本当のところは、一度離れることを決めたGEに戻ることに、ある種の抵抗感もありました。決め手は、当時の上司が「桜庭さんが在籍していた頃のGEとはまったく違う会社になったよ。GEは桜庭さんの価値観にぴったり合う会社に変わったことがわかってもらえるはず」と言ってくれたこと。その言葉を信じて、思いきって飛び込みました。その言葉以上に、GEは良い意味で変わっていました。私が以前在籍していた頃に比べ、より真摯にお客様に寄り添うマインドを社内カルチャーとして推進し、個人プレーよりも心理的安全性を感じられる高い信頼をベースとしたチームワークを評価し、互いが弱みを見せられる職場風土を真剣にドライブしていました。いま改めてGEヘルスケアに参画してよかったと思います。
「自分なりの軸」を持つ人材を増やしたい
GEヘルスケアはどのような会社ですか?
GEヘルスケアはいま、代表取締役社長・多田のもとで「プレシジョン・ヘルスの実現」というビジョンを掲げています。プレシジョン・ヘルスとは、より精密・正確な診断を行うことで「個別化診療や治療、予後のケア」を実現することです。私たちはもともとMRIやCTなどの画像診断装置メーカーとして強みを持っていますが、そこにビッグデータの利活用、人工知能の導入、デジタル・プラットフォームの開発などを加えることで、モノ売りからコト売りへと医療課題を解決するソリューションを強化しています。
また、ビジネス面では、「ケアエリア戦略」を推進し、従来は、機器ごとの営業戦略を重視してきたのですが、そこにケアエリア戦略を組み込むことで、アカウントベースでの顧客活動を促進すべく、組織としてもよりホリゾンタル、すなわち、横串の組織立ち上げをしているのです。それにより、顧客の購買行動に合致した思考と行動ができる勝ちにこだわる組織としての遺伝子は引き継ぎながら、ホリゾンタルな連携ができる高い信頼で強固に結びつくチームを作ることに情熱を注いでいます。
人事部はどのようなことを行っているのですか?
人事部では、VUCAな時代において当社が事業として成長を遂げられるような人材&組織開発を、人づくり、リーダーづくり、組織づくりという3本柱で取り組んでいます。リーダーづくりにおいては、特にグローバルとジャパンの連携を自らの手で主体的に強めていけるリーダーや、メンバーの横連携やチームワークを高く評価し、各自が自分らしく個として最大限のパフォーマンスが出せるようなインクルーシブな職場環境を意識的に作り出し、結果として勝ちにこだわるチームを醸成できるようなピープルリーダーを育てようとしています。
そのようなリーダーシップを推進するために、GEでは数年前から「パフォーマンス・デベロップメント」を導入しました。2016年、私たちは「ノーレイティング」を実現するため、パフォーマンス・デベロップメントツールを導入し、日常的にチームメンバーの仕事に対して、応援フィードバック(コンティニュー)や改善フィードバック(コンシダー)をタイムリーに伝え合うツールや仕組みを導入しました。ただし、ここにきて私たちは次の課題にぶち当たっています。ツールや制度を導入しただけでは、当たり前ですが、人の行動はすぐには変容しないということです。パフォーマンス・デベロップメントは、元々はピープルリーダーがチームメンバーに正しい行動変容を促す上で、タイムリーに成長を促すフィードバックをしタッチポイント(対話をする機会)を年間を通じて増やすもの。互いに信頼度の高いチーム、組織を作り上げることを目指した、パフォーマンス・デベロップメントを改めて見直し、メンバーと日常的に質の良い対話を実施できるようなマインドセットとスキルをまずはピープルリーダーに身につけてもらうことが必要です。今年は行動変容を促すことができるコーチとしてのリーダーシップも育んでいくことに焦点をあてています。
二つ目の取り組みとしては、他部署や社外の企業と積極的に連携し、ホリゾンタルなマインドセットとスキルを身につけたタレントを増やすべく、「越境体験」をいくつかローンチしたことです。具体的には、まず部門間の異動をどんどん増やし、「社内越境」の事例を促進しています。また、昨年から「留職プログラム」を導入し、他社から留職社員を受け入れる試みも始めました。2019年は、私たちのほうが他社に社員を留職させたいと考えていますし、客観的に外から自社を見つめなおすことで、内省を通して気づきを持ってもらうためです。
最後に、全体を通して当社の人事の哲学として、「個としての軸を鍛える施策」に力を入れています。昨今のビジネスの現場では、各メンバーがその場で判断・決定しなければならないケースが増えています。「上司に稟議を上げて、判断・命令を仰ぐ」ために時間を要することが、通用しなくなってきていますし、上司もすべての答えは持っていない解のない出来事も起こりうるのです。自分で判断・決定するには、自分なりのしっかりとした判断軸が必要です。それにより決定スピードも上がるだけではなく、企業として目指すべき志とそれを実現するために求められる心を組織の一人ひとりが育んでいけば、自分で判断・決定できる人材が増え、インテグリティやコンプライアンスのクオリティレベルを担保しながら、決定スピードも上がり結果につながりやすくなります。当社では、人事がリーダーと共に主導して、自分なりの軸を決められる社員を増やすべく、私たちがロールモデルとなっていくべきと考えています。
具体的な取組み事例もぜひ教えてください。
2019年2月、私たちは恐らく数十年ぶりに全国から1200名ほどの社員を集めて、全社員ミーティングを実施しました。テーマは「Reflect & Grow ~その先の未来へ~」でした。今ココに集中するためマインドフルネスの実践から始め、初対面の社員同士の席順を意識して、今の各自の想いを語り合い、ドコへ私たちは向かっていくべきか、会社のビジョンや方向性がドコへ向かっているか、自分なりのビジョンとどう繋がっていくかについて真剣に考えました。最後に、各自ナニをするかのアクションをカードに書き記して、1200名分のセルフィーをGEのロゴにモザイク画として作り上げました。ここでの大切なポイントは、自分なりの軸を立てるには、日常的な深い内省が欠かせないということです。その第一歩を経験してもらうためのイベントでした。また、中間層のリーダー向けには、グローバルで業務連携しているロシュ・ダイアグノスティックス(株)と「ピアコーチングプログラム」を実施中です。これは、半年にわたって、ロシュとGEヘルスケアのリーダー社員がペアでコーチングしあうプログラムですが、最初のキックオフと途中のリフレクションセッション、最後のまとめセッション以外は、人事や彼らの上司は一切内容に介入しません。自律した個としてのリーダーを深い内省をピアコーチングで行い、人材を育てる試みを始めています。
組織において、中間層ピープルリーダーを変えることで、自分なりの軸を持ち、先述のカルチャーを体現できるロールモデルを増やし、チームメンバーもリーダーのある姿に感化されることで、しいては勝ちにこだわることができるチームを作る一番の近道だと確信しています。自分なりのしっかりとした軸と高い内省力・自律心を備えた志と心を育んだ「人として品格の高いリーダー」が増えれば、部下たちも自然と同じように内省するようになり、自分なりの軸を持つようになっていくと信じています。
GEはいま事業再編が進んでいますが、その点はどのように考えていますか?
おっしゃるとおりで、GEヘルスケアも分社化されると発表されたり、その計画が一旦様子見になったり、日々大きく動いていますが、私も社員の皆さんも、こうした状況で心が揺らがないわけがありません。ただし、それによって明日の私たちがすべき仕事は変わりません。お客様は変わりません。私たちが成し遂げるべきミッションを忘れずに、自分なりの軸をぶらさないことが大切です。私個人としても「Stay calm, and carry on(落ち着いて、やるべきことを続けよう)」というメッセージを伝えるようにしています。
人事はセクシーな仕事
HRBPとして何を大切にされていますか?
「先入観」や「バイアス」を極力持たずにあるがままを捉えることです。たとえば日頃から、「この人はこうだから」「日系企業出身だから、外資系企業の風土にはきっと合わないだろう」といった思い込みをしないことです。そうすると、HRBPとか、大企業の一員とかといったこと以前に、一人のヒトとして「鎧」を簡単に脱げるようになってきます。それらの鎧を脱いで、一人の人として相手と信頼関係を築き、化学反応を起こすことが、HRBPとして何よりも大切だと考えていますし、HRBPとして成功する大きな資質だと思います。自分自身に照らしてみても、自分のあるがままでいられることがいま何よりも心地よく、好きなことです。最近面白いな、と思うのは、自分の鎧を脱ぎ、バイアスをなくせばなくすほど、人との繋がりが爆発的に広がっていくことを実感している点です。思ってもみなかったような人が、自分の人生に舞い込んできて、繋がっていき、化学反応が起きるのが面白くてしょうがないです。
人としてあるがままでいる上で自分個人として大切にしているものは、大きく2つあります。1つは趣味の「ダイビング」。ダイビングは、一緒に潜るバディを心から信じ、バディに命を預けなくてはうまくいきません。私は、ダイビングを繰り返すなかで、一人の人として相手と信頼関係を築く重要さを知ることができました。もう1つは、アリアンツのシンガポール勤務時代でのことです。その職場環境では、誰もが人事の桜庭というよりも桜庭理奈という「一人の個」として扱ってくれました。その環境で働いていたら、あるがままでいられ、人事というのはこうあるべき、振舞うべき、するべき、といった「べき論」を捨てられました。代わりに、これもありかもしれない、ああいったやりかたもあるかもしれない、「かもね論」を自分のものとした時に、相手に弱みを見せられるようになり、人事という鎧を脱ぎ捨てられました。これは私にとって大きなブレークスルーでした。
私は、人事はとても「セクシーな仕事」だと思っています。ワークもプライベートもすべてひっくるめての人生を過ごしていく上で、いつもの自分でいることが良い仕事をする上でのサクセスファクターになる仕事の代表格は、人事なのではないか、人事なら、自分らしさがそのままタレントとしての強みに自然にできると感じます。組織のカルチャーを形作っていくロールモデルでも、トレンドリーダーとでもなりうる人事という仕事を、より多くの人にキャリアの選択として魅力に感じて興味を持ってもらえたら、人事冥利に尽きます。