正しいことを正しいやり方でやる。答えは社内にあった。
大学卒業後のキャリアについてお聞かせください。
大学では化学工学という機械系と化学系の二つを橋渡しするような学問を学び、大学院に進んだあとは沸騰現象に関わる研究で修士課程を修了しました。その後、日産自動車に入社しましたが、専門分野から考えると研究所に配属されるものと考えていました。ところが、最初に配属されたのはエンジンの部品設計部でした。部品の設計を3年経験した後車両設計部門に異動し、2年後再びエンジン設計に戻りまして、エンジンの開発プロジェクト全般を取りまとめる業務を担当しました。その後、エンジンの将来計画の企画担当を経て、2001年から課長としてV型6気筒エンジンの開発まとめを5年間担当しました。ここで、社内で一回目のキャリアチェンジがありまして、商品企画部の次席プログラムダイレクターとして車両の商品性や収益性、販売価格などの企画立案と、性能・コスト・納期等を管理する仕事をしました。さらに、2010年に二回目のキャリアチェンジで人事部へ異動してきました。固定費の管理、労務費管理をどうするかというリソースマネージメントに携わるところからスタートし、最近は人事制度や組合、従業員コミュニケーションの仕事も担当するようになりました。人事部では、開発や商品企画の現場での経験や感覚が非常に有効に使えるようになりましたね。
1999年、日産はルノーと資本参加を含むグローバルな提携契約に調印されました。当時は、実際に働いていていかがでしたか。
ルノーとのアライアンス以前、従業員のそれぞれの層で「このままでは会社はいけないのではないか?」という想いはあったと思います。しかし、現実には大きく変われずに業績が芳しくない時代が続いていました。当時は、「部門の壁」という言葉があったのを記憶しています。複雑で難易度の高いタスクに対しては、部門横断的に解決していく必要があるわけですが、この横の連携が十分ではない印象がありました。部門の最適解で業務を進めるこのシステムは、市場が安定的に成長している時代では、うまく機能するときもあったのだと思いますが、競争が激しくなり市場が厳しくなってくると、もっと有機的にスピーディーに組織が動いて意思決定をしなければなりません。過去に成功体験があると、変えた方がいいと思ってもなかなか実際に行動するのは難しいものだと思います。そこに、ルノーからゴーンさんを初めとする経営者の皆さんがいらして、別の会社といってもいいほど会社は変わりました。
例えば、新型車の販売目標台数、販売価格を決定する会議において、多少無理があるような提案でも却下されるということは、以前はほとんどなかったようです。しかし、ゴーンさんをトップとする新しい経営体制になってしばらくしてから、会議に提出された提案が5分で却下された、というニュースを聞きました。その時に、『(日産は)これで変われるかもしれない』と私は感じたのを今でも覚えています。ゴーンさんの指導力は重要な成功要因であったわけですが、同時に重要な点は、改革を実行してきたのはほとんどが以前から日産で働いていた従業員だったということです。当時、若手の部課長がゴーンさんの直属でチームを編成し、難しい課題に対し次々とソルーションを提案し、効果のある改革案がどんどん採用されていきました。このような変化は、『変われる』という直感から、従業員それぞれが『変わるんだ』という能動的な姿勢に変化していくために、非常に重要なステップであったと思います。
具体的にはどんなところが変わったのでしょうか。
会社としてのパフォーマンスが出ていないときは、”Doing wrong things right”「間違ったことを正しくやる」という感じになっているケースが多いと思います。オペレーション自体が正確でも、間違った方策を選択している場合です。正しいことを間違った方法でやっている場合は、方法を直せばいいのですが、当時の日産はまず正しい方策を選ぶということが必要でした。時代が変わり、市場、お客様、競争環境が変われば、今まで正しかったことがそうでなくなる時もある。そのことにうまく気づけなかったのです。ルノーとのアライアンスのタイミングをとらえて、一部ショック療法的な取捨選択もしつつ、本質的に変わっていくことが我々にとって必要でした。あれだけ大きな組織を一斉に変革する時には、その当事者である従業員にとってはつらいこともたくさんありました。しかし、結果的には早く正しく方向転換できたのではないかと思います。
当時を振り返って教訓になったことは二つあります。一つは、問題に対する答えは必ず社内にあるということ。社内がうまくいかなくなると、どうしても外部の人の意見を尊重しがちになってしまいますが、本当の答えは社内にある。それをうまく引き出す方法がないかを、最初に探すことが大事だと思います。二つめは、正しいことを選ぶこと。どうやるかということ以前に、何が正しい戦略なのかを従業員全員が理解することが非常に大切です。正しいことをやれば、正しい結果が出る確率は高くなります。この二つの原則を大事にできれば、困難な課題にもうまく対処できると感じます。
どこまで相手の幸せを思って作れるかが日本の競争力の源泉
日産の強さ、優位性はどういったところにあると思われますか?
グローバル企業でありながら、日本に軸足があるということに優位性があると思います。グローバル企業の日本法人の場合は、欧米本社の方針に従って、特定領域のみのオペレーションになってしまうというケースも多いのですが、弊社の場合、日本発のグローバル企業なので、日本本社でグローバル方針を決定します。仲間がグローバルにいて、日本から方針を発信していく。日本に軸足があるがゆえの仕事の面白さは、グローバル企業の日本支社の業務では味わえない部分だといえるでしょう。
また、グローバル企業であっても、世界の各地域に商品を最適化していくと、ブランドは一つにも関わらず領域ごとにそれぞれ独自ビジネスを行っている、という企業もあります。弊社の場合は、昇給率やタレントマネジメントなどの細かい部分は地域ごとに対応していますが、人事施策の基本骨格となる方針は、日本本社で立案、決定しています。収益をあげるための商品競争力の源泉はやはり日本にあり、日本製の自動車であるが故に世界中のお客様にその価値を提供できていると考えています。日本で作った製品と同じ考え、同じ基準、同じ人事方針で働く世界中の従業員が、それぞれの地域の工場で製品の企画、開発、生産、販売を行うことで、日本のモノづくりのよさを世界中の製品に反映させられるというプロセスが、日産独自の強さの源泉になっています。
日本のモノづくりのよさ、というのはどんなところなのでしょうか。
世界各国で現地の生活にフィットした商品を提供し、それがお客様に受け入れられている、というところだと思います。新卒採用で帰国子女の方の面接の際に志望動機を聞くと、「幼いときに住んでいた地域で、日本車が現地の人々に愛されていた。自分もそのような日本製品を製造する会社で仕事をして、日本の良さを世界中に広めたい」という話が出ることがよくあります。日本以外の国の方が「日本の製品は安いのに丈夫でいい」と言ってくれる。そのことで日本人である自分までもが認められたような、誇らしい気持ちになるようです。
日本の製品が受け入れられるのは様々な理由があると思うのですが、当社では、たとえばアメリカで売る車と日本で売る車は、別の商品として企画、開発、生産、販売を行っています。日本市場で出す車と同じものを売るのではなく、現地の市場に適した形にそれぞれ全て専用の設計にしております。「おもてなし」の心にも通じるのかもしれませんが、どこまで相手の幸せを考えながら作れるか、日本の製品を海外で売るときには、実際に使う人の利便性を考えて作るということが大切だと思います。これが日本の競争力の源泉なのではないでしょうか。
同じ日本発のグローバル企業であるトヨタ自動車との違いは、どんなところにあると思われますか。
トヨタ自動車さんは、日本のシステムの強みや優れた生産方式を、海外でも安定して発揮するために、日本人がそのノウハウを携えて海外に派遣されていると伺っています。おそらく、トヨタ自動車さんは、これが一番強みを具現化できると考えてらっしゃっているのではないかと推測します。日本のモノづくりのシステムを現地に持ち込んで指導し、トヨタ流生産方式を世界中に展開しているのだと思います。一方、日産は人材やマネジメントを基本は現地化しようとしています。もちろん生産開始時点で、製品の立上げ指導に行くケースは多いですが、基本的に現地のことは現地で対応するという考え方です。トップ層も現地の人材を採用し、継続的に優秀な成果を出し続ける人財であれば、いずれ本社の役員に着任するというケースもあります。この2つの例は、どちらがよい悪いというのではなく考え方、ポリシーの違いだと思います。
「和魂多才」で日本人のビジネスリーダー育成を目指す
御社が進めている「日本人のビジネスリーダー育成の新たなスキーム構築」というのは、どのようなものですか。
新卒、中途での人財採用から、育成、アサインメント、ローテーション、フィードバックそして責任あるポジションへの任命まで、いくつかのステップがありますが、これらを一貫した方針でマネジメントしていくというものです。22歳から40歳くらいまでのそれぞれの世代に対して、ある共通の考えでアプローチをしていきます。そのキーワードとなるのが「和魂多才」です。「和魂」とは、主体性、チームワーク、実行力。柔軟な対応力をもって、何事にも主体的に取り組み、高いチームワークで確実に最後までやりきること。これらは日本人が誇れる強みです。一方で「多才」とは、グローバル志向、ダイバーシティ。事実やデータに基づいたロジカルな思考で、多様性を尊重しながらも、リーダーシップをもって、あらゆる環境において成果を出し続ける、ということを意味します。これらは日本人が更に身に付けて行くべきスキルです。
世界に受け入れられるモノづくりを継続していくためには、根底に日本人の優れたスピリットを保有していて、たとえば英語でコミュニケーションができる、交渉ができる、マネジメントができる、リーダーシップを発揮できる、コーチングができる、心に響くプレセンテーションができる、ロジカルシンキングができて、論理展開に無理がない、そういう人材を育てるために必要なことを検討、企画し、実行しています。バブル時代では、一年に900人以上の新卒採用をしてこともありましたが、現在の採用規模は新卒350名程度です。ですから、きちんと設計された育成プログラムで人を育てていくことが重要です。これをやっていかないと、これからの時代は人財開発が追いつかないと考えています。日本人の良さを根底に持っていることに加えて、実際に海外で生活することで日本人としてのアイデンティティに目覚めたり、ディベートができるようになったりと、一回りも二回りも成長するケースが実際にあります。そのような将来有望な従業員には、他の会社では経験できないプログラムを準備しようと考えています。
そして、ビジネスリーダーになるために必要な要素は、なんといっても「マネジメント経験」です。トレーニングも必要ですが、たとえば28歳で部下を100人従えて、国外の会社で3年間社長を務めたならば、その経験から得られる成果はどんなトレーニングで得られる成果より大きいのです。そういった経験をどんどんしていけるよう、種々のプログラムを準備しています。日本人でもグローバルビジネスリーダーになれますか?と問われれば、もちろんなれると答えます。一方で、現状でなかなか難しいことがあるとすれば、20代後半の若い時代に、大規模組織をマネジメントする経験する機会が、なかなか得られないことです。ここは、圧倒的に足りないです。理由は色々ありますが、社会的風潮、先輩後輩の関係等、一企業だけでは解決できない文化的側面もあります。超優秀な人材を輩出し、社会へ貢献してもらう仕組みについては、日本全体で取り組まないといけない課題ではないかと、考えています。
今後、日本での採用についてはどのようにしていきたいとお考えですか。
日本の採用において変えていかなければならない一番の問題は、応募者に来ていただいてフィルタリングをするという選別方法から、いかに新しい方法にシフトするかです。たくさんの応募者の皆様に来ていただいて、個別に面接を繰り返すというやり方では限界がくるように感じています。われわれが必要としている人財がどこにいるのか、その人財にダイレクトにアプローチするにはどうしなければならないのか、それを考えなければならないと思います。本日ご説明したような求める人財像や、育成プログラムの準備、実際の職務を経験することにより専門性、こういう戦略的な首尾一貫したアナウンスは、人財の採用にもかならずプラスに貢献できると考えています。
採用に際しては、「日産自動車が好きかどうか?自動車ビジネスに興味があるか?」を重視しています。日本の工業製品を世界中に広めたい、エンドユーザー向けの商品開発をやってみたいという方々には、弊社からアプローチしたいです。また、当社で活躍している方々は、オープンマインドで、率直で、気取らない人が多いです。世界中のいろんな言語的文化的背景を持った人と話すのが好きな方、チャレンジングなタスクでも、困難さを楽しめるタイプの方が活躍しています。後手に回らないように物事を進め、大変なことがあっても楽しみながらできるタイプの方々です。
最後に、転職を考えていて、今後キャリアをどう伸ばしていこうか考えている人へアドバイスをお願いします。
『自分は、人事業界の課題を担う商品であり戦力である』、という認識を持つことが良いと思います。これは、経営者の感覚と共通する点がありますが、ご自身が自分のCEOだったら、どういうマーケティングプランを考えて、どういう商品展開をするでしょうか?キャリアを振り返り、自分が一番得意とする領域、情熱をもって打ち込める専門性をじっくり考えてみることは、将来設計のヒントになると思います。そういう戦略を踏まえて転職活動を始める前に、経歴の棚卸しをして、自分はどの領域なら日本一になれそうか、というのを冷静に考えてみるのはいかがでしょうか。課題解決のヒントは常に自分の中にあるというのは、企業も個人も同様だと私は思います。