グローバル企業への入社で意識した、できるだけたくさんのことをここで経験しよう、という思い。
まずは、航空会社のキャセイ・パシフィックでキャリアをスタートしていらっしゃるんですね?
就職にあたっては、何よりいいトレーニングを受けたいと思っていたんです。キャセイ・パシフィックの親会社のスワイヤーグループは、とてもいいトレーニングを提供していることで有名でした。しかも当時、キャセイ・パシフィックに入るのはとても難しいと言われていました。だから、とても興味を持った。入社したら、きっといろいろな挑戦ができるに違いない。自分の視野も広げられるだろう、と。
僕は大学時代、エンジニアリングを学んでいたんですが、実はエンジニアとして就職したのではないんです。他の人とは違う新しいチャレンジがしたかったから。また当時、一般的にエンジニアから他の職に移るのは難しいと言われていましてね。非連続を求める僕にとっては、これはあまり魅力的なことではなかったんです。
これまでの人生を送る上で大事にしてきたのは、非連続的な変化でした。常に新しいことに興味を持つ。新しいことに挑む。より大きなことにチャレンジする。この姿勢があったから、僕はいろんなチャンスを得ることができたし、いろんな人と出会うことができたと思っています。そしてまた、おそらく他のやり方では難しいような速いスピードで自分自身を成長させることができたのも、非連続的な変化を求めていたからだと思うんですね。
それからカナダに移住し、ビジネススクールに行かれますが、その経緯をお聞かせ下さい。
海外に飛び出してみたい、という気持ちはずっと持っていました。社会に出ると、狭い世界ではなく、もっと広い世界を見たいと思うようになっていって。海外に行くことで、人生をもっと冒険したかったんです。
キャリアを断ち切る不安がなかったわけではありません。でも、それ以上に自分への探索に興味があった。だから、短期的な感情の揺らぎは一時的なものだと思っていました。実際、カナダに渡ってからは不安はまったく考えなくなりましたし。思い切って退職してカナダに渡ったことは、本当に良かったと思いました。外国に行くこと自体、大きな刺激になったし、マーケットの小さな香港では、チャンスは限られていたんです。よりエキサイティングなチャレンジをすることができた。この選択が、大きな価値を、成長の機会を与えてくれた。実際、その後P&Gに出会ったわけですし、後のキャリアのベースになるファイナンスも、P&Gの募集がファイナンス・アナリストだったから、なんです。財務の経験はありませんでしたが、数字の分析という強みが生かせると思ったんです。
P&Gで学んだことは、どのようなことだったのでしょうか。
P&Gでキャリアを積むことができて良かったと思うのは、とてもバランスのいい会社だったということです。まずはカスタマー、消費者に焦点を当てた会社だった。常に消費者を見て、ニーズは何かを理解しようとし、膨大な調査に基づいて商品設計を行っていた。また、消費者だけでなく、従業員にも極めて明快なフォーカスをしていました。さまざまなトレーニングを与えることによって、従業員が自分の能力を最大限に出し切ることができるような環境を作っていた。さらにそれだけではなく、株主にもきちんと目を向ける。
だからこそ、ここで僕がより強く感じるようになったのは、できるだけたくさんのことをここで経験しようという思いでした。そして、できるだけ広い領域で仕事をし、スキルの幅をできるだけ広げたいと。そしてもうひとつ、強く考えるようになったのが、どうすれば、自分の会社への貢献度を最大化できるか、ということでした。会社に貢献するというだけでなく、それを最大化していこうと思ったんです。
それで、貢献を最大化するために何ができるか、と発想したときに大きくなったのが、香港生まれという僕のルーツでした。アジアという領域内で貢献できる機会があれば、ベストではないか、と。これが、日本で働くことにつながっていくんです。
ポストは求めるものではなく、生じるもの。こだわるべきは、どう会社への貢献を最大化するか。
その後日本で、Amazon.co.jpの日本進出創業メンバーに転身をされるた訳をお聞かせ頂けますか。
当時の僕はインターネットというものに、とても強い興味が湧いていました。さまざまに情報収集する過程で知り合った仲間ができていくんですが、そのうちの一人が、アマゾン ドット コムの日本進出に奔走していた創業メンバーの知り合いだったんです。日本語でいえば、知り合いの知り合い、と言うんですよね、これは(笑)。そうやって、アマゾンの人間と出会って、日本のインターネットビジネスについて活発に議論するような場が自然にできていって。エキサイティングでした。非連続的な変化を求めて行動しようとしていた僕には、エキサイティングという言葉では語り尽くせないほどの面白さでした。
そして一緒にやらないかと誘われたんです。引き受けた最大の理由は、社員が持っていた情熱の強さでした。創業者のジェフ・ベゾスのビジョンを信じ、可能性を信じ、日本のカスタマーのために自分たちに何ができるかを必死で考えていた。それまで見たことがないような熱いものでした。これに、心打たれたんです。
小さな、これからのベンチャー企業への転身に不安はありませんでしたか?
大きな会社から小さな会社へ転身したわけですが、よく誤解されることがあります。「よく今までのキャリアを捨てて、新しい挑戦に…」などといった質問をされるんです。でも、これは違う。キャリアはなくなったりしない。実際、僕のそれまでの経験は消えない。そう考えると、リスクというのはそれほど高いものではないんです。
例えば、小さな会社でうまくいかなかったとする。でも、やり直そうとすればできる。それまでの経験があるから。それだけの自信があるから。キャリアというのは、そういうことだと思う。勤務する会社の立て看板がなくても、やっていけるだけの力を持つことです。そうでなければ、キャリアなどと呼ぶべきではない。
逆にいえば、キャリアがある人には、むしろリターンの大きさのほうが魅力だと思う。やるべきは、自分のスキルを高め、活動範囲を拡げ、視野を広げていくこと。それこそが、自分のポテンシャルを高めていく。人生の目的は、心地よいスペースに安住することではないですからね。
若い読者にキャリアづくりのアドバイスをいただけますでしょうか。
自分の得意なものを持つことが必要です。どこで働いても、どこにでも持っていくことのできるスキル。それを身につけるためにも、自分はどこを目指しているのかという最終地点をはっきり掲げておくことが大切だと思います。
伸びる人は、やはり目標がある人ですね。だから、集中して取り組むことができるし、スキルも高まる。そしてそのスキルをさらに伸ばそうと考えたとき、スキルがキャリアを導いてくれるんです。
もうひとつは、常に貢献を意識している人です。まわりの人に、あるいは会社に対して、どれだけ貢献することができるかを常に考えること。高いスキルがあっても、貢献できなければ、ただのスキルです。貢献して初めて、影響を与えることができる。成功につなげていくことができる。
ポストを得たり、出世しても、必要なスキルや能力がなければ、期待される役割は務まらないわけでしょう。実は出世というのは、結果に過ぎないんです。会社への貢献を最大化することを考えていれば、会社に奉仕する過程で自分の能力がアップする。そうすると、結果的により次元の高い仕事ができるようになる。必然的にポストは与えられる。ポストは求めるものではなく、生じるものなんです。だから、どう会社への貢献を最大化するか。そこにこそ、こだわるべきだと僕は思います。
ありがとうございました。
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