深い専門性と、高いビジネスの視点を備え磨き続ける人がプロフェッショナル
大学を卒業してトヨタ自動車に就職。なぜトヨタだったのでしょうか?
地元にある国際的な企業ですから、これにチャレンジしない手はないと思って、思い切って受けたんです。当時の事務系の求人は意外と人数がしぼられており、かなりの難関でしたが、勉学のかたわら陸上に打ち込んでいたことと、好きな英語を生かした仕事をしたいという2点をアピールし、なんとか入ることができました。トヨタには約13年いて、海外生産統括部を皮切りに、財務部で外国為替、経理部で原価企画をそれぞれ担当しました。
トヨタでは多くの事を経験させていただき、今でもトヨタのDNAは私のキャリアの根底にあるものです。例えば、現地・現物主義といって、問題が起きている現場に行って五感を総動員し、問題を本質的に理解し、問題解決をするという手法です。問題解決は問題発見から始まりますが、最初の判断を間違えると後のプロセスがすべてムダになります。そのために投入した資源もムダになる。だから紙面やデータだけでなく、現場でデータの裏づけや、実態を確認・把握し、問題を正しく理解することが何よりも重要で、トヨタはその教育が徹底していました。この基本姿勢は、いまでも大いに役立っています。
浅賀さんのキャリアの中で、ターニングポイントと思える事があればお聞かせ下さい。
勤務5年目のときに社内の海外留学制度を利用して、インディアナ大学でMBAを取得しました。まず留学資格を取り、それからMBAコースのある大学の試験に合格しなくてはならないので、休日に大阪の学校に通い、勉強と情報収集に努めました。この留学は社会人になって最初のターニングポイントだったと思います。というのは、トヨタのような大企業はゼネラリストとして人を育成しようとしますが、MBAのクラスではいろいろな国から来た優秀な留学生が、それぞれのキャリアビジョンを持ってスペシャリストを目指し、真剣に授業を受けている。そのスペシャリスト志向や姿勢に私も強く触発されました。加えて、自分をストレッチすることの大切さや、価値観の多様性を学びました。それらは自分の視野をさらに広めてくれ、帰国してからの仕事の仕方やキャリアプランに大きく影響しました。
転職先の外資系自動車メーカーではアジア太平洋地域グループオフィスに入り、工場進出のフィージビリティ・スタディなどを担当しました。机上で考えるだけでなく、現地に行って自分の目と耳で実態を確認する、現地・現物主義、がこの仕事でも役立ちました。その後、携わっていた事業部が分離独立することになり、私は日本側の代表として分離プロジェクトをリードしました。このときに、経理財務の担当であっても経営の視点というか、トップと同じ目線で全体を見ることの大切さに気づいたのです。ちょっと遅いかもしれませんが(笑)。
その後、2005年に日本ミシュランタイヤに移られました。どのような会社ですか。
ミシュランはヨーロッパの会社でアメリカ系の会社と比較するとビジネスを育てる風土もある、そこに魅力を感じましたし、私のバックボーンである自動車産業とマッチし、経理財務全般を見るポジションということで、転職を決めました。面接のとき、採用になったら半年から1年は研修のためにフランス本社に行ってもらうと言われ、そこまで人に投資をするのかと驚きました。
日本ミシュランタイヤは、ミシュラングループのグローバル戦略を実現するための重要拠点であり、研究開発から製造、販売、輸出入まで、すべての機能を備えています。製品であるタイヤにしても、乗用車からトラック、バス、建設機械、農業機械、飛行機に至るまで、ミシュランがやっているすべてのエリアをカバーしています。現在は、2010年までに達成すべき戦略的数値の実現を目指しているところです。
企業文化の特徴としては、ビジネスを育てること以外にも、とてもバランス感覚に優れていて、仕事も徹底的にやるけれど家庭も大切にするとか、厳しいなかにも優しさが感じられます。
与えられた以上の事をやった時、自分が伸びるチャンスが生まれる
現職である、経理・財務部 執行役員のミッションと仕事の内容をお聞かせ下さい。
私の役割は社長のナビゲーターとして、時にサポートし、時にナビゲートしながら、グローバルな戦略目標の達成に貢献することです。経理財務出身者はどうしても過去の数字ばかりに目を向けがちですが、私は一段高い視点でビジネスを見て会社の将来を考える、未来志向のナビゲーターを心がけています。
具体的な仕事としては、日々の財務会計から、予算関係の管理会計、原価計算、各種金融リスクの管理、資金繰り、債権管理まで、かなり広範囲で深い経理財務全般をコーディネートし、ビジネスの意思決定をサポートしています。
浅賀さんがお考えになるプロフェッショナルとは、どのような人材ですか?
仕事にコミットして、期限までに成果をきっちり出せる人。それも創造性のあるソリューションを出せて、他のグローバル企業でも同じように力を発揮できる人ですね。そういう人材はバランス感覚があり、ベースに深い専門性と、幅広く高いビジネスの視点を持っています。高い視点で考えたり判断したりすることの重要性を口で言うのは簡単ですが、実際に行えるようになるには相当の自助努力が必要です。ですからそれのできる人は、地位や年齢に関係なくすごいな、と思います。自分の部署の利害よりも、会社全体の利益を考えられる人でないと、上のポジションに就いてもなかなか成長できず、すぐに限界が来てしまうと思います。
経理財務のプロフェッショナル、と言う観点で考えると、財務会計、管理会計、税務会計、財務、債権管理等の知識・経験をベースとしてもち、その時勢での市場ニーズに合った知識、経験をキャッチアップしていける人かと思います。例えば最近では、内部統制、コーポレートガバナンスのニーズが高まっているので、それに強い人は今後、いろいろな企業で需要が高まると思いますね。
経理財務のプロフェッショナルになりたい、または将来は経営者に、と考えている人たちへアドバイスをお願いします。
転機やチャンスが来たとき、それをものにできるかどうかは、日々の積み重ねにかかっていると思います。キャリアプランを作っても、なかなかその通りにはいかない。だから種まきというか、日々、目の前の仕事に全力を尽くして結果を出すことが大切なんです。その積み重ねが自信につながり、次のチャレンジに向かうことができる。その繰り返しが自分の成長や、新しい気付きにより次のステージに繋がると思います。
同時に大事なのは、一つ高い視点で仕事を考える習慣を身につけること。そういう姿勢で仕事に向かえば、次のポジションに上がったとき、より自然に入っていけます。ジョブ・ディスクリプションに書かれているのは必要最低限のことで、与えられた以上のことをやったときに自分が伸びるチャンスが生まれる。もうちょっとのことをやるのはけっこう大変ですが、そのチャレンジこそが創造性や付加価値につながり、プロフェッショナルへの道かと考えます。
そして、そのチャレンジに限界はないと私は考えています。これ以上はダメだって思うのは、自分で心の中に壁をつくっているだけ。実際には限界はなくて、どこまでもやれるはずだと。トヨタでも、創意工夫はエンドレスだと強調していました。