グローバルブランドのマーケティングやオフィス構築、そして「食」を通じた文化づくり。コカ・コーラ、レッドブルを経て、現在はオフィスや工場、学校、高齢者施設等での食堂運営を受託するコンパスグループ・ジャパンで営業開発部門を率いるイアン・ハフ氏。異なる業界を渡り歩きながら、一貫して追求してきたテーマは「人を動かす力」でした。営業の本質とは何か。文化を変えるリーダーとはどんな存在か──「正解をつくるのではなく、正解を“育てる”のがリーダーの仕事」と語るハフ氏に、キャリアの原点から未来へのビジョンまでを伺いました。

「本質を掘る力」が切り拓いたキャリア──代理店からブランドマネジャーに転身
外資系広告代理店のグレイワールドワイドでの経験を経て、コカ・コーラへ入社されたと伺いました。
そうです。実はグレイ時代のクライアントだった企業のブランドマネジャーがコカ・コーラに移られていて、自身の後任を探す際に、「月曜に打ち合わせして金曜までに上司が納得するPOPを作れる担当者がいたな」として私を思い出してくれたのです(笑)。その方からの紹介でお会いしたアメリカ人マネジャーと意気投合し、「君の考え方、うちに合う」と言われ、その後すぐにオファーをもらっていました。
ドラマチックな転機ですね。
本当にそう思います。偶然のようでいて、すべての出会いが繋がっていた。グレイで培った“人を動かす力”と“チームへの献身”が、コカ・コーラという次の舞台を引き寄せたのだと思います。誤魔化しのきかないPOPの世界で学んだ「本質を掘る力」が、次のキャリアへの扉を開けてくれたのです。
代理店からブランドサイドに移り、どんな変化を感じましたか?
「正解を作る側から、正解を判断する側」になったことです。代理店では常に提案し続ける立場でしたが、ブランドサイドでは「どれを採用するか」の決断が求められる。より戦略的で、より冷静な視点が必要でした。あの経験が、今の自分の意思決定スタイル──“情熱と構造の両立”──を形づくったと思います。

空間に“理念”を込める──プロジェクトマネジメントと文化の再設計
コカ・コーラ時代、ディスペンサープロジェクトに続き、大きなミッションを任されたそうですね。
はい。飲料ディスペンサーの開発と市場導入を率いた直後、突然「オフィスを建て替えるからIanに任せる」と指名されたのです。まさか、自分が建築に関わるプロジェクトの責任者にアサインされるとは思いませんでした。2013年の夏に声がかかり、その年の年末には一時的な本社移転を完了させるという難題・・というか、むちゃぶり(笑)。移転先も決まっていない。設計もゼロから。そんな状態からのスタートでした。
私は本業を続けながら、PM会社(CBRE)や設計事務所と共に、短期間でプランを固め、六本木一丁目への一時的な本社移転を実現しました。その後、プロジェクトは約2年半に及び、2016年に旧本社跡地に新社屋が完成。建築・設計・内装・導線──あらゆる面で、「社員が誇りを持てる空間」を目指しました。
社食(社員食堂)もその象徴だと伺いました。
まさに。旧本社の社食は地下にあり、窓もなく暗い環境でした。社員が働くエネルギーの源となる“食”が、閉ざされた空間にあることに違和感を覚えていたのです。新しいオフィスでは、自然光が差し込み、社員同士が偶発的に出会える“開かれた社食”を設けたいと思いました。
しかし当時、私が提案したアイデアは、社内関係者からそれなりに反論されました。従来の社食とは、「安全・安定・早さ・欠品なし」という機能的な概念に基づいていたので、それ以上の環境を求める必要はなしという固定観点があったのです。けれども私は、社食は“単に栄養を提供する場”ではなく、“カルチャーを醸成する場”だと考えていた。社員が「会社が自分たちのことを考えてくれた」と感じる空間こそが、最高のインターナルブランディングになると感じたのです。
その考えを理解してくれるパートナーはすぐに見つかりましたか?
いいえ。5〜6社にRFP(提案依頼)を出しましたが、どこも同じような“産業給食の延長線”の提案ばかりでした。Aメニュー、Bメニュー、安全性──すべて間違ってはいない。でも、心が動かされない。
唯一、私の意図を理解してくれたのが、あるフードサービス企業の当時24歳の若い担当者の方でした。彼だけが「これまでの常識ではなく、まったく新しい発想で挑戦してみたい」と言ってくれた。頭が柔らかく、固定観念がない。彼との出会いが、このプロジェクトを動かしたのです。
現場レベルの“共感”が、変革の突破口になったのですね。
まさにそうです。どれほど大きな企業でも、変革を起こすのは結局“個人の勇気”なんです。立場や経験ではなく、「話を聞ける人」「わかろうとする人」。その存在があるだけで、組織のダイナミクスは変わる。私はその時に学びました。
彼の提案を軸に、新しい社食は「食べる場所」から「出会う場所」へと変わりました。窓際に配置された長テーブル、木の温もりを感じる内装、季節ごとに変わるメニュー。完成した瞬間の光景は今でも忘れられません。社員が初めてその空間に入った時の表情──“この会社で働いてよかった”と心から思ってもらえた。それだけで十分でした。
オフィスを“建てる”ことが、組織文化を“つくる”ことに繋がったのでしょうか?
はい。建築は単なるハコづくりではなく、“企業の思想を具現化する行為”だと気づきました。誰のための空間か、何を大切にする会社なのか。それを形にする過程で、組織全体が自分たちの価値観を再定義していく。これはブランディングやマネジメントにも通じる本質的な経験でした。
コカ・コーラでのプロジェクトマネジメントを通じて、私は「正解を作るより、正解を育てる」ことの重要性を学びました。環境が変わっても、文化を継続的に育む仕組みがなければ、企業は一瞬で元に戻る。だからこそ、空間・人・食──そのすべてを“つなぐ設計”が大切だと痛感したのです。
この経験が、現在のコンパスグループ・ジャパンでの仕事にどう繋がっていますか?
今の自分の原点は、まさにこの時期にあります。多様な価値観が交錯する中で、いかに一つのビジョンを描き、人を巻き込み、実現していくか。その過程で得た学びが、いまの自分のリーダーシップの核になっています。
企業の成長は、制度や戦略だけではなく、「文化を形づくる小さな意思決定」の積み重ねから生まれる。私は今も、あの時に感じた“空間に理念を宿す”という感覚を大切にしています。
そこから、フードサービスの世界へ興味が移っていった?
はい。あの経験以降、社食という存在が持つ社会的な意味を考えるようになりました。社食は「企業の鏡」であり、「働く人の文化資産」でもある。けれど、日本ではまだ“給食”や“社食”という言葉に“安価で大量に提供されるもの”というイメージが残っている。私はそのイメージを変えたかった。
この業界には、実はすごい技術と努力が詰まっているのです。競合他社も驚くほど高品質な商品を毎日提供している。弊社だけで約1億食。それでも表舞台に出ることは少ない。まさに“縁の下の力持ち”の世界なのです。
フードサービス産業の課題はどんな点にあると思いますか?
正直、いまのままでは価格競争に陥ってしまう危険があります。みんなが“早い・安い・安全”ばかりを追求してしまうと、最終的に業界全体の価値が下がる。これはコカ・コーラ時代にも見てきた構図です。ブランド力を持たない製品ほど価格に依存し、結果的にマーケットが疲弊していく。
フードサービス産業も同じ道を辿らないように、私は“食の情緒価値”を再定義したいと思っています。例えば、社員食堂では単なる栄養供給ではなく、「人と人が繋がる」「職場の文化が育つ」「その企業らしさが滲み出る」──そんな社食を提供できたら、業界の未来はもっと明るい。
まさに今のコンパスグループ・ジャパンでの仕事に繋がる発想ですね。
その通りです。コカ・コーラ時代に得た学びは、今の自分の原点になっています。私たちコンパスグループは、単に食を提供する会社ではない。お客様の企業文化を“食”という体験で表現するパートナーなのです。営業として提案する時も、「社員がどんな気持ちでここに集うか」から考えるようにしています。
日本の働く人口のうち、約6%が外食・給食産業に関わっています。つまり国民の16人に1人が“食を支える人”。そのスケールの大きさに、私は誇りを感じています。だからこそ、食の現場を、もっとクリエイティブで、もっと感情の通った場所にしていく。それが、今の自分の使命だと思っています。
「食」から始まる企業変革──イアンさんのキャリアがまさにその証ですね。
ありがとうございます。振り返ると、広告、ブランディング、本社建替えのプロジェクトもすべて“人と文化をつなぐ”仕事でした。特定の専門分野を極めたというより、どの現場でも「人がどうすれば誇りを持てるか」を考え続けてきました。
社食を通じて、人と組織の関係を再設計する──その思想は、コカ・コーラ時代に生まれ、今、コンパスで具体的な形になっている。これまでのすべての経験が、ここに繋がっていると思います。
その後、コンパスグループ・ジャパンへの出会いが訪れるのですね。
はい。社長との面談ですぐに意気投合しました。私がこれまで培ってきた「空間」「食」「人材」「カルチャー」というキーワードが、すべてコンパスのビジネスモデルに通じていた。これまでのキャリアの点が線になるような感覚でした。偶然のようで、必然のようなタイミングでした。

文化を変えるのは“人”──エンゲージメントが生む成長の循環
イアンさんの入社後、どのようなことから取り組んでいらっしゃるのですか?
お客様の声をどう聞くか、インサイトをどう形にするか──この「営業の基礎」を、チーム全員で丁寧にやり直しているところです。
社員のエンゲージメントを高めるために、具体的にどんな取り組みを?
マネジメントの役割は「方向を示すこと」よりも、「信じて任せること」だと思っています。自分が何かを決めて押し付けるのではなく、メンバー自身が自らの意思で動けるような環境をつくる。エンゲージメントとは、上から与えるものではなく、内側から生まれるエネルギーだと思っています。
仕組みが人を強くする──“Winning Team”をつくる営業改革
営業改革を行う上で“仕組み化”を進められていると伺いました。
はい。営業活動の見える化と、提案の質の標準化です。たとえば、グローバル本社が作成した営業トレーニングを単に翻訳しただけでは、日本の現場では機能しません。以前、新入社員が本国の作成したマニュアルトレーニング通りに「お客様の一番のビジネス課題は何ですか?」と伺ったら、相手に“うーん、色々あるね”と返された(笑)。オープンクエスチョンすぎるわけで、それは当然の反応ですよね。私は、これをきちんと相手に寄り添った、生きた質問ができるように質を高めたいと思っています。
営業の本質は、相手の「課題」を聞くことではなく、心の奥にある「願い」や「理想」を聴き出すことにある──そう強く感じました。
心理的安全性を高めるための工夫もされていますね。
私は「不満でも愚痴でもいい、まず声に出そう」と常に言っています。発言できる環境があってこそ、チームは成長する。自分の考えを口にすることで、互いの理解が深まり、建設的な議論が生まれるのです。

営業とは“学び続ける力”──人が育つチームをつくる
営業の基本姿勢として意識されていることは?
「やって当たり前のこと」を超えることですね。安全・安心・美味しい──これらはすでに競争の前提条件であり、もはや差別化要素ではありません。その先にあるのは、“自分のエネルギーと想い”をどう伝えるかです。お客様は、商品よりも人の熱を感じて動く。だからこそ、自分の言葉で、自分の考えを語れる人であってほしいと思っています。
新しいメンバーには、どんな育成方針を?
まずは「頭を一度空っぽにすること」をしてほしいと思っています。過去の成功体験をいったん脇に置いて、新しい情報を貪欲にインプットする。「型を学び、型を破る」ことです。
入社直後は、業界の仕組み、会社の仕組みなど、グローバルのトレーニングや各支店の営業との同行、会社の基本衛生、安全研修などを学びつつ、戦略セクターや狙う企業規模を明確にしながら、提案や接点の持ち方を丁寧に教えます。そこから先は、自分の得意分野を見つけていく。飛び込みでも、インサイドセールスとの連携でも、どんな方法を取っても構いません。大事なのは、自分で考え、実践し、失敗から学ぶこと。
私はチームを「多様な個性が刺激し合う場」にしたいと思っています。3人でも4人でも、行動力のあるメンバーがいれば、その姿を見た他のメンバーが触発され、連鎖的に成長していく。人は“成功の隣で学ぶ”ものなのです。だから、全員が完璧である必要はない。挑戦し続ける人がチームの中にいれば、それだけで文化は動き出します。
営業の醍醐味はどこにありますか?
「毎日新しいことを学べる」ことです。私は今でも、お客様と会う前に必ずその業界や周辺ビジネスを調べます。競合がどんな動きをしているのか、現場で何が起きているのか。お客様と質の高い対話をするためには、準備がすべてです。
営業の面白さは、“情報を届ける人”で終わらず、“知識を還元する人”になれること。お客様の話を聞いて、「それならこういう方法もありますよ」と提案できた時、その人の中に小さな変化が起きる。それがまた次の信頼につながる。私は、その“変化を起こす瞬間”に深い喜びを感じます。
営業に苦手意識を持つ人も多いですが、どうアドバイスされますか?
「恥ずかしがらないこと」。これに尽きます。私自身、22歳の頃は日本語も拙く、印刷業界の知識もゼロでした。それでも会社案内をカバンに詰め、神谷町や千代田区を一軒一軒歩いて回った。何百回も断られましたが、その分、学びの量も桁違いでした。経験こそが一番の教師です。
営業を“怖いもの”と捉える人もいますが、実は学びの宝庫なのです。お客様と会話を重ねることで、業界の仕組み、消費者心理、社会の流れがすべて見えてくる。だから私は今でも、「営業とは最高の知的職業だ」と思っています。

リーダーとして、どんなチームを目指していますか?
一人ひとりが自立しながらも、互いに支え合えるチームです。コンパスグループ・ジャパンの営業は、単なる数字の競争ではなく、文化を創る仕事。
営業という仕事は、誰かに勝つことではなく、「お客様にとって最良の選択肢になること」。そのために、学び続ける姿勢を失わず、挑戦を楽しむチームでありたい。メンバーが「この仕事って面白い」と心から思えること。それこそが、私のリーダーとしての最大の使命だと思っています。
ありがとうございました。
Photo by ikuko
Text&Edit by ISSコンサルティング


