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日本オラクル株式会社 代表取締役社長 新宅 正明氏
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*当インタビューは、「外資系トップの仕事力」の原稿および取材時のコメントより構成しています。
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《新宅正明氏 略歴》
1954年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本IBMに入社。福岡県の西部営業所で13年間にわたり活躍。91年、東京本社で役員補佐に。同年、日本オラクル入社。第三営業部長就任。94年、取締役マーケティング本部長に就任。96年、常務取締役・製品事業本部長に就任。その後、営業統括本部長、事業統括本部長などを歴任。2000年、代表取締役社長兼COO就任。2001年、CEOを兼務。米オラクル・コーポレーション上級副社長就任。

【2006/10/5 公開】

恩返しがしたかった。オラクルに入るのも、入ってからも、考えていたのはそれだけ。

Q.やはりいずれは社長を、とお考えだったのですか?

自分が社長をやるなんてことは、全然考えてなかったです。興味なかったし。やろうとしていたのは、恩返しです。僕は日本IBMにいたんですが、そこで、お世話になったのが、日本オラクルの初代社長だった佐野力さんでした。IBMでも社長になりたいとか、そういう思いは別になかった。ただ、「このままいけば、出世するんだろうな」という感じはあった。当時は、選ばれているということを、本人たちが理解できるように教育していく仕組みがあったから。

30歳のときに佐野さんが上司になったんですが、彼はIBMの育成システムを熟知してたから、将来を見込んだ部下に対しすごい引き上げをするんです。僕がそうだった。それはもう明らかにえこひいき(笑)。何かあると、これは佐野さんが推薦したな、とか。本人は言わないけれども、わかる。だから、それに対する感謝の気持ちが僕にはものすごく強かったんです。しかも、佐野さんはIBMを離れてからも自分を気にかけてくれて。その恩を返したかった。オラクルに入社した動機もそうだし、入ってからも考えていたのは、それだけなんです。

Q.オラクルでは62番目の社員だったそうですね。

オラクルなんて、まだほとんど知られていない頃。まわりからは言われましたよ、さんざん。お前、そんな会社に行って、どないすんねん、と。データベースなんて、IBMに駆逐されるぞ、とかね。僕も思ってましたから、ソフトなんてハードのおまけやん、って(笑)。当時はそういう時代だったんです。だからオラクルについてしっかり研究して入ったわけじゃない。

会社には50人くらいしかいなかったですね。完成された会社から何もない会社に行ったから、それはもうびっくりでした。何も仕組みがないんだから。どうしてかというと、メチャクチャ忙しいんですよ。目が回るような忙しさの中で、瞬く間に一年が経ってた。

でも、IBMというひとつの世界にいたのが、グワッと広がった。例えば僕らの大事なパートナーさんでコンピュータを作ってるメーカーさんがあるわけだけど、IBM時代には考えられないわけですよ、ライバル会社の人と話をするなんて。だから会話することもない。むしろ敵意ですよ、あったのは。家の中の家電は、コンピュータ作ってる会社のものはなかったもん、絶対(笑)。ところが、オラクルでそういうかつてライバルだった会社の人と会話をすると、わかるわけですよ。あ、この人たち、いい人だなぁ、と(笑)。

イメージが違った。これは精神的に開放されました。いかに自分がくだらないところでイライラしてたのか、よくわかった。自分で境目を作ってたわけです。もったいなかった。一方で、そういうことをわからせてくれるオラクルって、特異な会社だと思った。そういう意味でのライバルって、ないから。面白いポジションの会社。すごいなぁと思ったね。

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取締役と社長はまったく違った。社長のしんどさは、やってみないとわからないです。

Q.39歳で取締役、42歳で常務、45歳で社長と、どんどん出世されて。

考えてたのは、佐野さんを支えよう、ということだけですよ。まあ、会社やから、いろんなことがありました。内紛とかね(笑)。昔の話ですよ。個性的な人が多かったから。ホンマに変わったんが集まったから。でも、そういう人でないと、ああいう成長期は乗り切れなかったと思う。あの頃から必要だったから、そういう人が集まったんだと思うね。

社長になったのは、佐野さんと本社のトップだったラリー・エリソンが決めたんですよ。それだけ。その前から、なんとなく雰囲気はありましたよ。でも正直、嫌だなぁと思ってた(笑)。まあ、来たらしゃあないな、と。指名された理由はわかんないです。タイミングだったんじゃないですか。ちょうどこの時期だったら、こいつだろう、と。でも、社長を実際にやってみてわかったのは、しんどいということ。取締役とは、ぜんぜん違う。これは経験してみないとわかんないね。

Q.人材のポテンシャルとしては、どんなところに注目されていますか?

ひとつはコミュニケーション力でしょう。スピードの速い時代に、「黙ってオレについて来い」じゃ、人はついていけない。僕はこういう意識でこういう考え方を持っているんだと、上司や部下とも、あるいは別の部門ともコミュニケーションできないとダメでしょう。しかも、大切なポイントを外さずに。

そもそもビジネスは、例えば我々でも、お客さまやパートナーさんがいないと成立しないんですよ。その意識を、直接お客さまやパートナーさんと接していない部門でも持てるかどうか。これがビジネスの質を決める。例えば研究開発がどんなにいいモノを作っても、最前線の営業現場まではものすごいビジネス工程があるわけ。その間で共通の思いが次の工程へ、次の工程へと伝わっていくからこそ、高いレベルが保てるんです。ここのコミュニケーションがないと、「僕は最大の能力を発揮しました。後は知りません」となりかねない。コミュニケーション、すごく重要なんですよ。

Q.若い人に、キャリアについてのヒントを頂戴できるとすれば?

キャリアというと、普通は出世とか、資産形成とかをイメージするのかもしれない。いろいろ軸はあると思うんですが、やっぱり僕は何に貢献するのか、ということを考えてほしいと思う。その一番は、やっぱり社会に対して、だと思うんですよ。となれば、社会に貢献していく過程で、どんなことを自分は心地よく感じるのか。どんなことをして、その時間を過ごしたいのか。それが僕はポイントだと思う。貢献こそ生き甲斐につながるんです。だからこそ、仕事キャリアは、心地よいキャリアになるわけでしょう。逆に言えば、心地いいことは何かを自分が見つけないと、キャリアは生まれないとも言える。

経営職を求める人は、自分にとって経営職は何が心地いいのか、その答えを持たない限り、悲劇を生むと思いますね。ただ経営者になりたいなんて志じゃね。そういう人は本当は向いていないのかもしれない。逆に、たとえば財務は今すごく重要でしょ。世界のルールを自分が理解して、今後の体制をつくる。それでこの会社を守り、大きくしていくから、社長よりCFOのほうが重要や、という発想があってもいい。そのほうが心地よければ、そっちのほうがいい。みんな経営者を目指す必要なんてないんです。

ありがとうございました。

(書籍では、新宅氏に関するさらに詳しい内容を掲載しています)


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