洋の東西を問わず、医療用医薬品の処方権は、基本的に医師が持つ。そのため、医療用医薬品のマーケティングのターゲットは、医師である。
マーケティング手法も、MR(Medical Representatives)と名づけられた営業担当者によるアプローチが主流とされてきた。このMRによるアプローチを「ディテーリング」と呼ぶ(詳細説明という意味の動詞detailの名詞形)。ターゲットとする医師との接触頻度(回数×時間)がそのまま、処方量(医療用医薬品の売上げ)に比例するというのが従来の医薬品マーケティングの原則なのである。
そのため、製薬企業は大量のMRを擁し、担当者ごとにターゲットとする医師を割り振り、繰り返しアプローチを掛ける。医師側からの問い合わせや質問に対応することもあるが、通常はMR側が各種パンフレットや資料を持参したり、学会情報などを報告したり、四方山話をしたりすることも珍しくない。顔を見せ、自社の製品名を繰り返し伝えることが重要なのである。最近では病院側の規制などで減ってきたが、大病院へ行くと、いまでも廊下に大きな鞄を持って立っているMRを見かけることがある。
また、日本では、大学医学部の医局を頂点とするピラミッド構造が長らく続いてきた。地域ごとに医局の系列病院があり、医局(教授)の処方パターンが地域の病院へ、さらに開業医へと広がっていく傾向が見られる。そのため、製薬企業はとりわけ大学医学部や大規模病院の有力医師(教授や部科長など)を主要ターゲットとし、逆に開業医については処方量も比較的少ないことから、医薬品専門商社である卸(おろし)の担当者がカバーするケースが多かった。
以上が、大雑把ではあるが、長年続いてきた国内の医薬品マーケティングの姿である(欧米では、試供品が用いられるなど違いもあるが、MRを中心にする点は基本的には同じといえる)。
しかし、最近、こうした図式に変化が見られる。
第一に、薬効の強い医療用医薬品が増え、副作用に対する社会の目も厳しくなり、MRの活動の中で、市販後調査などを含め情報活動の比重が高まってきた。病院など医療機関側も、専門情報の提供を求めるようになり、単純に医師のもとを訪れる「顔見世」マーケティングが難しくなっている。外資系を中心に、疾患領域や特定製品について、専門MRを配置する動きが目立っているのもその現われだ。
第二に、3年前から大学医学部卒業後、2年間の初期臨床研修が義務化された。これにより、研修体制の充実した民間病院に若手医師が流れる現象が拡大。大学医学の医局を頂点とする医療界のピラミッド構造が各地で揺らぎ始め、系列病院、関連病院から医師を引き上げるケースが全国で続発している。マーケティング的には、特定の有力医師を重点的にカバーする方法の有効性がやや薄れてきた。
第三に、疾病構造が変化し、生活習慣病が増加。多剤の長期服用が増えてきた。急速に進む少子高齢化から医療費抑制の圧力も高まり、患者負担の増大、包括払いの導入など、医師の処方に様々な影響が及び始めている。
こうした変化の中で、国内では各社ともまず売上げの確保を目指してMRを増強する動きが顕著だ。10年ほど前には、MR不要論さえ語られたことが嘘のようである。現在、外資系最大手は3000人を超えるMR部門を有する。国内系も1000人を超える企業は10社近くに達し、また、派遣MR業も急成長している。
通常、市場構造が変化するとき、マーケティング手法も見直すことは、消費財の世界では珍しくないだろう。
しかし、医薬品はやはり特殊な商品。法律での規制が厳しく、流通の仕組みも独特。そのため、従来の手法(MRによるディテーリング)を強化し、そのブラッシュアップや改善に重点を置く流れが強まっているといえる。 DTC広告が目覚しく普及した米国でさえ、製薬企業の製品プロモーションの中心は、依然としてMRによるアプローチであり、プロモーション関連支出の約80%を占めるといわれる。DTC広告関連の支出は約15%程度に過ぎない。
ただ、MRを増やすだけでは、限界がある。MRのディテーリングを軸としながら、他の手法をどう組み合わせるかが重要なのだ。DTC広告単独では、複雑な医療用医薬品のマーケティングとしては十分な効果は期待できない。医師、患者、医療機関などの関係者を巻き込んだ複合的なマーケティングの一貫として、DTC広告の役割があると考えられる。
実際、米国でのDTC広告は、そうした狙いから展開された。前回も触れたように、FDA(連邦食品医薬品安全局)が基準を緩和したことから、90年代後半にDTC広告が爆発的に拡大。特に96年から2000年にかけて、テレビCMでのDTC広告は70%増加したといわれる(反対に医学専門誌への広告掲載は減少)。DTC広告で取り上げられるのは、通常、対象となる患者(潜在患者を含む)が多く、価格も高い新製品である。2000年のデータでは、DTC広告の上位20品目でDTC広告全体の支出の60%を占めた。
ただ、DTC広告に対しては、表のような賛否両論が見られる。米国では、DTC広告で頻繁に取り上げられていた新製品で副作用問題が発生したことから、自主規制への流れが生じていることも、前回紹介した通りだ。また、DTC広告への支出は、治療分野ごとの売上げ増には貢献するが、個々の医薬品の売上げへの貢献は確定できないとする報告が多い。つまり、疾病に関する啓蒙には効果があるが、特定製品の売上げ増には結びつかないことも、医療用医薬品ならではの特殊性だと思われる。
いずれにしろ、DTC広告のより有効な利用法はまだまだ開発途上といえる。たとえば、米国では、DTC広告を見た後、フリーダイヤルよりはウェブサイトを訪れる人が多いとされる。インターネットとの連動には、工夫の余地があろう。日本でももちろん、日本の社会や医療界の状況に合わせた医薬品マーケティングの一貫として、DTC広告の可能性には大きなものがあるはずだ。
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<好意的な見解>
・ 医薬品や疾病についての情報を患者に与える
・ 患者が医師に積極的に相談するようになる
・ 患者が自ら治療方針の決定などに積極的に関わるようになる
・ 医師と患者の間のコミュニケーションがスムーズになる
・ 疾患の早期発見、早期治療が進み、医療費削減に貢献する
<否定的な見解>
・ 偏った情報でかえって患者を混乱させる
・ 広告を通して、当該医薬品の安全性などについて誤解を与える
・ 患者が特定の医薬品の処方を医師に要求し、適切な処方が妨げられる
・ その結果、医師と患者の関係がかえって悪化する
・ 広告されるのは高価な新薬であり、医療費がむしろ増大する
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