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関口 康氏
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ヤンセン ファーマ株式会社 代表取締役社長 関口 康氏
「自分の技が評価される。そういう人生にしないと後悔すると思ったんです。」
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*当インタビューは、「外資系トップの仕事力」の原稿および取材時のコメントより構成しています。
本書では、関口氏に関するさらに詳しい内容を掲載しています。
《関口 康氏 略歴》
1948年、東京都生まれ。東京大学工学部都市工学科卒。73年、三菱商事入社。79年、マサチューセッツ工科大学(MIT)MBA。80年、三菱商事開発建設本部海外建設部。83年、三菱商事香港駐在。90年、ボストン・コンサルティング・グループ入社。96年、ジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカル取締役ステラッド事業部長就任。98年、ヤンセン協和代表取締役社長。2002年、社名変更に伴い、ヤンセンファーマ代表取締役社長。

【2006/10/5 公開】

40歳を過ぎての外資系コンサルティング会社への転職は、面白かったが大変でした。

Q.商社で都市開発や地域開発をなさって、42歳でボストンコンサルティング(BCG)に転職なさっているんですね?

当時社長だった堀紘一さんと留学したボストンで親しくなりまして、ずっと誘われていたんです。ひとまず商社で都市開発や地域開発の仕事をやりきりたいと思っていたんですが、商社を離れて一人でも食べていける自信がつくようになって。

あとは後悔したくない、という思いも強かった。出世にばかり関心があったわけではないけれど、日本の会社の場合、社内で偉くなるには成果だけじゃダメなわけです。自分の技と努力によって生まれる成果が評価される。そういう人生にしないと後悔するかもしれないな、と思って。「本当はオレはもっと偉くなってもよかった人間なのに。上司が悪かった」。そんなグチを言い続けて一生終わったら、これは悲惨ですからね。

40歳を過ぎてからBCGに入った例はかなり少ないでしょう。面白かったけど、大変でした。一番鮮烈な体験だったのは、論点を整理する方法論です。物事には問題の構造があって、原因、結論といったものを整理しないといけない。でも普通、人はあまりそれを意識しない。だから、スライドなんかもダラダラ長くなったりするわけです。たった1枚のスライドでも、整理して考えていくと必ず箇条書きになる。構造ができる。相当に鍛えられました。今もこの方法論は実践していますよ。社員にも箇条書きを求めます。これが意外にできない。訓練が必要です。ところが訓練ができてくると、頭の中に話そうと思うことが箇条書き的な構造で出てくるんです。

Q.やはりいずれは企業経営に、とお考えだったんですか?

BCGにはずっといるつもりはありませんでした。また地域開発の仕事に戻るつもりだった。ところがバブルが崩壊してしまって戻れなくなっちゃって。結果的にBCGに6年いたのは、意地かな(笑)。中途半端では終わらないぞ、という。それである程度、達成感を得られるようになったところに、ヘッドハンティング会社から話が来たんです。

役割は事業部長として新しい製品を本格的に立ち上げること。最初は20億円くらいのビジネスで、メンバーは30人ほど。それを3年で60億円、50人ほどにしたんです。この仕事を3年やって、経営という仕事に改めて興味を持ちました。結果を出すことの面白さもそうですが、人を率いてモチベートしていく面白さも見えてきた。社長になるんだ、と意識したわけではないけれど、自分でやりたいことを自由に決めていく、となると、やっぱり結論としては社長ということになる。

その意味では、恵まれていましたね。権限のあった事業部長という仕事は、ちょうどいいトレーニングだった。小さな規模の事業でいろいろとやって、経営者の近くで経営スタイルも学べて。そして3年後に、今の社長のポストが空いてオファーをもらったんです。なんとも幸運な流れでした。

医薬品業界って、専門性が高いから、本当は経験者を見つけたかったはずです。僕は一度も医薬をやったことがなかったから。冒険だけどこいつにやらせてみるかという思いにさせたのは、社長就任を打診されたときのインタビューだったんじゃないかと思います。僕は言ったんですよ。ときどき切れちゃう人間ですよ、と(笑)。それでいいんだ、と言われましたけど。

もともと建築出身。僕の場合は、ずっとプロとして生きたいと考えていたら、経営のプロという道に出会ったということですね。この仕事は、業種や業態は関係ないですから。

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成功体験は重要。だから成功体験を積みやすい組織を作ることが必要になるんです。

Q.社長に就任されてから、7期連続の二ケタ成長。約300億円だった売上高は3倍以上の1000億円の目前ですね。

最初に1000億円を目指そうと社員に言ったとき、「その予想は当たりますか」なんて質問が返ってきたりしまして(笑)。おい、ちょっと待ってくれ、予想じゃないんだ、と。でも、会社の目標なんてそんなものだったんでしょうね。だから社員のほとんどが、達成を信じていなかったでしょう。でも、僕は間違いなく伸びるという確信がありました。戦略を作ったとき、これはいけるな、と。

Q.成功の最大の要因は、どんなものだったのでしょうか?

もちろん戦略も重要ですが、優れた計画も、やる人のモチベーションで結果は違ったものになる。その意味では、モチベーションが非常に重要なんです。だからコミュニケーションを重視した。全営業現場を回り、懇親会を開いて、社長と話せる機会を作る。会社の新しいビジョンもベースは役員が作りましたが、意見を全職場から出してもらって検討を重ねてつくりました。みんなで合意してつくった。だから思いや志が生まれるんです。

もうひとつは成功体験ですね。だから成功体験を積みやすい組織にする。営業改革でMR全員にパソコンを持たせ、営業のやり方を徹底的に変えたんですが、これも大きな成果を生んだ。製品ごとに、お客さまとなる先生方の正しいターゲティングをしていったんです。今や営業は20%成長が当たり前。だから中途採用で入った人はびっくりしますよ。20%だなんて、と。ところがやってみるとクリアできてしまう。そこでまたびっくりする。

Q.採用のときには、どんな点をご覧になりますか。

僕が面接するのは、幹部クラスですが、正直に言っちゃうと第一印象で80%くらいは決まるかもしれない。では、その第一印象って何かというと、やっぱり好感だと思うんです。相性というか。もうひとつ、好感ということの中には、正直さとか、誠実さとか、そういうものも含まれると僕は思っています。意外に表に出てくるものですから。

あとは、やはり成功体験をお持ちかどうか、ということは聞きますね。これはしつこく聞きます。持っていない人よりも、持っている人のほうがいい。

Q.人の採用は経営でも最重要事項ですよね?

いい人を採用して、その人に活躍の場を与えることが経営者の最も重要な仕事です。その両方が実現できる環境をいかに作れるか、ということだと思っています。会社は、社員に対して責任があるんです。僕が目指すのは、この会社を将来にわたって本当に良い会社にすること。社員が「こんなにいい会社に勤められて良かった。ラッキーだ」と思える会社にしたい。だからこそ、みんなで会社を作っていきたいんです。経営陣だけが作るんじゃなくて。社員が「こんな会社だったらいいよね」という会社が作れれば一番いい。

一番やってはいけないと思うのは、「そういう伝統だから」「上が決めたことだから」と押しつけで前に進めてしまうこと。これはダメですね。社員みんなが当事者になる。そういう会社にしたいんです。

ありがとうございました。

(書籍では、関口氏に関するさらに詳しい内容を掲載しています)



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